8、際限の無い感情
ヘリオはよく何処かへ出掛けて行く。
下手をすれば、二、三日は帰っては来ない。
「逃がさないわよ」
「逃げねーよ」
朝から出掛けて行こうとしたヘリオのローブを掴んで止める。
逃げかもしれないけれど、次いつ頼めるか解らないのだから、今捕まえておかなければ。
私には限られた時間しかない。
いつ終わるか解らない、今世を生き抜く為に私にも出来そうな魔力の使い方を教えてもらうのよ!
「じゃあ、教えて!」
「教えてもらう奴の態度じゃねーなぁ」
「良いでしょ!あなた、私の兄なんだから妹に付き合いなさいよ」
「可愛げ身に付けてから言え!」
これでも、ガンもお兄様も可愛いと言ってくれるのに。
ぐいぐいとローブを引っ張ると、「引っ張んな!」と引っ張り返される。
年下のくせに生意気!
「ひん剝かれなくなかったら、早く!」
「おい、男をひん剝くって痴女かよ!俺がこの下、裸だったらどうすんだ!?」
「何、裸なの?」
「んな訳あるか!凍死するわ!」
「じゃあ、剝いても問題ないじゃない!」
そういう話をしたいのではない。
このローブは取ってやるとは思っていたけれど、今、大事なことは違う。
「話が逸れたわ。……で、教えてくれるのよね?魔力の使い方を」
「知りたいならな」
「知りたい!」
「威勢が良いねぇ」
こっちに来い、という様に手をひらりと振るヘリオのローブを掴んだまま付いて行く。
逃がさない為ではなく、足場の悪い雪の上で転ばない様に支えにする為だ。
ヘリオも、お兄様程ではなくともしっかりしているから。それに万が一、私だけ転んだら、間違い無く大笑いされる。なら、転ぶ時は二人で。そうしたら、私の方が笑ってやるわ。
「態と転ぶなよ」
「転ばないわよ!」
流石に態とはしない。失礼ね!
……というか、私の考えていることが何故解ったのかしら?
こちらを見ていないのに。
雪深い森を進む。
魔力の練習?をする為に村から離れるのだろう。
魔力や魔法の鍛練では暴発もある。
騎士の鍛練場ならば、他に被害が出ない様に防御壁などの魔道具が使用されているが、ここにはそんな貴重な物は無い。
だから、村から離れた場所に移動しているのだ。
普段薪を拾いに行く、魔獣が殆ど現れないところとは反対側。私が来たことのない森の中。
人に踏み荒らされていない真白い、道ではない雪道に二人分の足跡を残して行く。
「魔獣はいるのよね?」
「いても、昨日みたいなことは稀だ。元来、この国の民は魔獣と共存して暮らしてきた。その均衡を崩したのは現在国の民の顔をして好き勝手している他国民の所為だ」
「自然を荒らしたから?」
「それもあるが……お前の目にも見えただろ?黒い靄……いや、黒い霧というべきか。昨日の魔獣の身体に纏わり付いているのを」
「可笑しいとは思ったけど、あれが関係しているの?」
「あぁ。あれが見えるのは稀だから、気付かないだけだ。あれは人の心が生み出す“負”……強欲、傲慢、嫉妬とかな。言葉で表すには足りない。軽く思うだけなら問題無いが、強く強く際限無く思う、そういった感情が黒い霧となる。何故、そんなモノが生まれるのかは解らない。大昔から存在している。漂っているだけなら良い。あれは生物や物に入り込む。生物なら、昨日の魔獣の様に意思が欠如し、欲を満たそうとするだけの存在になる。大半は食だが、睡眠や性を満たそうとする奴もいる。人の場合はより複雑な思考を持つから、金や地位、名声、あらゆる情を求めることもあるな。物は何に入るかで変わってくるから一言には言えないが……火に宿れば火事が起こる、土に宿れば土砂崩れや地震か。小さな物であるなら大事にはならないだろうが、自然であるなら大災害が起こる」
「そんな……」
「この国……正確にはこの国の土地は他国の者からしたら、金の湧く土地だ。だから、奴らはこの土地を欲して居座ってきた。だが、その感情がこの土地を狂わせている。特にこの土地だから、かもしれねぇけど……」
「どういうこと?」
「それはまた追々な。着いた」
話している内に、目的地に着いた様だ。
もっと聞きたいけれど、また話してくれるなら良いわ。
私は、今は強くなることを優先しないといけないもの。
その、追々も無くなってしまうから。
【危ない魔法使い】