7、林檎に負ける
彼は、「ヘリオ」と言う。
あの男と似た格好をしているので、こちらも名乗らなかったらどうしようかと思った。肩書きの無い人間が名乗らなかったら呼び方に悩むもの。
私達が村を訪れる少し前から、村を出入りしているリュミの孫みたいな存在らしい。実際の孫ではない様だ。村の人達には説明が面倒臭いから、孫ということにしていると言っていた。
孫としているということは私も同じなので必然的に兄弟か従兄弟となるのだが……。
初めて逢った時、つまりは初めてこの村を訪れた時は運が悪く、村を調べに領主の遣いの騎士達が来ていた。
どうするか、肝を冷やしたが、真っ先に私達に気付いたのがヘリオだった。
声を掛けられた瞬間は知り合いを装ってくれると思ったが、まさか「妹よ!」と言われるとは思わなかった。
共にいたお兄様との関係性を問われた時に勝手にヘリオが「妹婿」と言ったので、表向きはヘリオの妹に、お兄様とは夫婦になってしまったのだ。領主が管理していた村の住民票もかなり古い物だったこともあり、誤魔化せた。感謝はしたくはないが、杜撰な管理に心の中で笑って「ありがとう」と言っておいた。
それはそうと、後に聞けば、ヘリオは同じ歳だった。誕生日は私より半年近く後だった。私の方が姉であるべきじゃない?同じ歳だから双子となり、「どっちがどっちでも良いだろ」と言われたが、それなら私が上でも良い筈。
私は、自分が姉だと主張し続けるわ!
後、兄妹というなら顔を見せなさいよ。
何度も言っているのに見せない。
兄妹なのに、双子なのに、似てないと怪しまれるからと頑なに顔を見せないのだ。
室内で訳を知る私達しかいないのに?
必ず、その鬱陶しいローブを剥ぎ取ってあげる。
定位置になった、先に座るお兄様の隣に腰を下ろして、器に汁を注ぐ。お兄様の分と私の分を。
「あなた、魔力が使えたのね」
「その辺の似非国民と一緒にすんな。育ちは国外だが、血は魔導大国で最も古い血統だ」
「そと?国外から来たの?入出国にはとんでもない手数料が掛かるのに……」
貴族と縁のある比較的豊かな商人ぐらいの一年分の生活費に出来る様な大金だ。
ほぼ自給自足で、稼ぎもまったく無い、この村の人間には一生掛かっても用意出来ないだろう。領主の家とはいえ、節約生活をしていた我が家でも簡単には揃えられない。
他国との交流を閉ざしている魔導大国では民が出入りすることも良しとはしていなかった。ガンの話では、取り締まっている高位貴族達自身は何の対価も払わず出入りしているのだから可笑しな話だ。しかも、国内で採取した物資を他国に売り、大きな利益を得ているという。その利益が民に還元されることも無く。
ヘリオもそんな理不尽な手数料を払ったのかと心配したが……。
「自分の国に帰ってくるのに、害虫の肥やしが必要なんだよ」
害虫呼ばわり……。
「でも、お国の為には手数料は必要だろうから、金品の代わりに野菜の種をこの村に払っておいた」
立派な不法入国者じゃない。
見付かったら不味いのは彼も同じだから、私達を巻き込んだのかしら?
「リュミは知っているの?」
「ルミ婆は言わなくても知っている。この国のことであの人が知らないことはないからな」
そう言って、扉に目を向けた。
程無くして開き、リュミが入って来た。
もっと話したいが、リュミのいるところで私達の事情を掘り下げる会話はしたくなかった。
この国のことで知らないことはない、という言葉は気になったけれど……。
リュミを見て、あれ?と思う。
「りんご?」
抱えた籠に入れられた赤い果実は紛れもなく、林檎だった。
温室代わりの小屋は一通り見せてもらっていたが、林檎の木は無かった筈。
「お祖母ちゃん、この林檎どうしたの?」
「苗を貰ったからね」
「ヘリオから?」
「あぁ。おかげで良い林檎が実った」
「……そう、なんだ」
先程言っていた手数料代わり?
でも、苗から実るまで早過ぎないだろうか。
これも魔法なのか?
いや、いつも食べている野菜も種を植えてから数日で採れることを考えるとそうなのだろう。
林檎が幾つも入った籠はリュミには重いと思い、受け取る。
ずっしりとした重みに少しフラついてしまったが、後ろからお兄様が支えて下さり、横から少し強引にヘリオが籠を奪い取った。
「お嬢様育ちが無理すんな」
「そ、それぐらい何でもないわよ!」
さっさと籠を抱えて元いた場所に戻るヘリオの後を、私にくっついていたグランがあっさりとついて行き、媚びて林檎を貰う姿に裏切られた気分になる。
私に一番に懐いていたクセに……!
【危ない魔法使い】