2、可愛いこの仔
これからどうするか。
薪になりそうな枝を広いながら考える。
約半年前に襲われ、今日まで逃げ続けて来た。
お兄様にお父様にはだけはどうにかして連絡をしたらと相談したら、危険だと言われた。お父様と古くから親しくある者が裏切っていたから、連絡が無事に出来てもお父様が信頼して話した相手が裏切り者の可能性もあると。確かにそうだ。今以上に追い込まれるかもしれない。
お兄様と二人、現状を変えられずにいるのはその為だ。
三月程前に……情報の入り難い山奥の村にいるのでそこから一月後に知ったことだが、ガンと私の婚約は破棄されていた。しかも、私が「王を傀儡とし、国を乗っ取ろうとした魔女」とも明言し、国に仇なす咎人にされてしまい、動き難くなってしまった。姿絵まで出回っている。王の婚約者となった時に書いてもらった物を転写し広めた様だ。
幸い、村の人達は実際に逢い、知った私の人となりから信じてくれた。本当に優しい人達……。
ただ、気になるのは私との婚約を破棄すると同時に新たな婚約者が立てられたこと。発表は全て王太后がしたというので、王太后の独断なのだろうが……ガンはどうしたのか。無事なら良いのだけれど。
後、婚約者がソフィア嬢ではなくキャロライン嬢だった。ガンの妃候補、ニルド侯爵家のご令嬢。どういうこと?ソフィア嬢は王太后のお気に入りの筈なのに、彼女ではなかった。
村に入る情報は極一部な為に、入って来なかった情報の方にソフィア嬢に関するものがあったかもしれない。
もっと簡単に情報が得られたら動き易くなるのに……。
「せめて、ガンが今どうしているか知りたいわね」
また一本枝を拾ってから、真っ白な息を吐き出した。
次いで出るのは、「寒い」という言葉。
実際にも寒いが、心まで凍ってしまいそうな気分になる。
ガンの温かさが恋しい。身体だけではなく、心も温めてくれる彼の温もり。
目を閉じて思い出す程に、今感じる寒さが一層強くなる。
また一つ息を吐き出そうとしたら、脚に何かが触れた。
見やれば、鮮やかな赤い毛玉……と言いたくなるぐらいに温かそうな冬毛に覆われた、恐らく狼型の魔獣だろう獣が擦り寄っていた。
大きさからして、子供の様にも見えるソレは足元に落としてしまっていた一本の枝を口に咥えて見上げてくる。
北の地に入ってすぐの頃に何故か懐かれ、付いて来る様になり。今は飼い犬の如く、薪を集める私の手伝いをこうしてしてくれる。拾うのは私が落とした枝だけだが。
「ありがとう、グラン」と言えば、大振りの尾を元気良く揺らして、後を付いて来た。
北の寒さに寂しさが増して、つい魔獣にガンの名前の一部を拝借して付けてしまった。色は違えど、彼と同じ薔薇の眸だったからだ。
このグランの赤毛は以前ガンと話した“神獣”を彷彿とさせるが、まさかコレではないだろう。威厳も神秘性も何も感じない、子犬と見間違えても可笑しくはない姿とは思えない。書物や絵画に描かれる“神獣”はそれはそれは美しく偉大なのだ。
魔獣の亜種と思うぐらいが丁度良さそうなコレでは……ない、と思う。こんなにあっさりと出逢えたら、誰も苦労していない。
いや、むしろ、神秘性を求め過ぎて見付からないのか?
足元を付いて来るグランをじっと見下ろし、普通の子犬と変わらない仕草に少し心癒される。……とても愛らしい。
今は、魔獣でも“神獣”でもどちらでも良いか。
「帰ってご飯にするわよ」
薪もそれなりに集まったので、グランに声を掛けると一度私を見上げた後、早くと催促する様に家に向かって跳ねては私を見てを繰り返して進んで行く。
可愛いけれど、この仔にあなたの名前を付けたけれど、あなたの代わりにはならない。
早く、早くあなたに逢いたい。
【危ない魔法使い】