1、北の地で
凍った岩壁から吹き下ろす風は冷たい。
幾つもの継ぎ接ぎのある古着に、草臥れた毛皮では寒さを防ぎ切ることは出来ず、身震いする。晒された顔は赤くなっていることだろう。凍てつく空気を吸い込むと喉や胸も痛く感じる。
それでも、生きる為には外に出なければならない。
私は今、火を焚く為の薪を拾っていた。
お兄様は「全て私がやるから」と言って、私を少しでも暖かな場所に居させてくれようとするけれど、甘えてばかりはいたくはない。
ここは、魔導大国の北の地。
凍った岩山と、白い樹木に囲まれた小さな村で身を潜めていた。
あれから……もう時期王都に帰れると思った矢先、ブランシュの騎士達に襲われてから、半年近く経っている。
何があったのか途中から記憶がない。
見知った騎士が私に向けて剣を振り下ろそうとしているところまで。次に気付いた時には、お兄様に抱き抱えられて森の中にいた。
白いシャツを紅く染め、表情を失くしたお兄様。
私の目が覚めたことに気付くと、柔らかに微笑み「大丈夫か?」と聞いて下さった。
その場では「大丈夫です」と答えたけれど、いざ降ろしてもらい自分の足で歩こうとすると何故か全身が筋肉痛の様な痛みに襲われた。致し方無く、またお兄様に抱き抱えてもらうことに。
考えても解らなかった。お兄様に何かあったのかと聞いても、解らないのか首を横に振られるだけ。
いったいあれは何だったのかしら?
王都に帰るのは危険。
味方だと思っていた者達からの裏切りを考えれば、誰かを安易に頼ることも出来ず。
追っ手もまた来るかもしれないと、北へ向かうことにした。
荒れ地ばかりの西には町も少なくすぐに気付かれる。南は群島、見付かっても島から島へは簡単には移動出来ず逃げられない可能性がある。東は遠い上、裏切ったブランシュの騎士達の本拠地も近く危険が伴われる。当然、中央の王都には向かうことは出来ない。となれば、向かう先は北しか無かった。
北は他の土地より隠れ易く、人が好んで向かう場所ではないからでもあった。追っ手があっても、土地や気候が味方をしてくれる。その分、こちらの生命も危ぶまれるが。
驚いたのは、お兄様がとてつもなく稀少な魔道具を持っていたこと。
北まで距離があり、険しい道だからとそれを使って下さった。
“扉”と同じ性質を持つ魔道具だ。
一気に北の地まで来ることが出来た。
まず、平民の衣装と防寒具を買った。
貴族としての衣装は別の大きな町で売り、また別の町へ。
そして、渡って行った先の、小さな村に身を寄せた。
古くから魔導大国に暮らす民の村だった。
貧しいながらも、魔法を駆使し細々と生活していた。
余所者である私達のことを快く受け入れ、たまに来る他の余所者から私達を隠してくれている。詳しく説明していないのに。
生活が苦しい中で私達に貴重な食料も惜しむことなく、分けてくれる。常に満たされた貴族達はパンの一つも困窮する民に分け与えることもしないというのに……。
魔導大国の、本当の民はなんて心が豊かなのだろう。
今の王太后が棄てさせたものであり、先代までの王達が護ってきたもの。そして、当代の王が護りたいものが、今もまだここに在る。
追われたことは不本意だが、魔導大国の民のことを知れたのは良かった。
この村だけではなく、国の各所にこうした混じり物の無い純粋な民の暮らす村や町があるかもしれないという希望が見えた。
王太后の政策で犠牲になってきた民は、憎しみを募らせること無くここに。
【危ない魔法使い】