6、空気感の違い(side.G)
“器”が、空になっていた。
“扉”を開ける為の専用の魔力の貯蔵部たる“器”は、十ある“扉”の内、一の“扉”を整備をする壁の内部の更に奥深くにある。古い魔法が施されており、王と王が認めた者しか入ることが許されない場所だ。
“扉”を完全に手中に収めたい王太后やミュロス一派も入りたい、もう一つの国の中枢。
だが、奴らには入れない。
王に許されないのだから当たり前。
王とは、私のことではない。
国が出来てから脈々と継がれてきた“血”を持つ者達のこと。
そして、王に許された者は建国から王に支え続けてきた三家の当主とその後継一人のみ。
それでも、私は入れたから……許された一人なのだろう。知れば知る程に、私に王家の“血”が入っているとは考えられないからね。
幼い頃にたった一度、兄上が連れて行ってくれた。その後も入ることが出来たから、恐らく兄上が許してくれたのだ。
それを知らない王太后やミュロスらは私も王になったのだと思い期待したが、私が許しても私以外の余所者が入ることは出来なかった。残念がる奴らを見て、少し安心する自分がいたことを覚えている。……あの頃はまだ、王太后のことも好きだった筈なのに不思議だよね。
ただ、気になるのは……王太后だけは“扉”の所有権より、そこに在る何かを求めている様に思う。変わった物は無かったか、隠し部屋の様な場所は無かったか、と頻繁に聞いて来た。時には探す様にとも、何度も言われた。
その都度、無い、見付からない、と答えた。
在る訳もない。
何故なら、そこには“器”しかないから。
……だが、昔、兄上が教えてくれたことを思い出すと、王太后が探している物はこれなのだろう。
この“器”こそが始まりの“扉”、でもあるから。
他の“扉”はこれを基に作られた。
何処に繋がっているかまでは教えてはくれなかったが、国の根幹には関わるだろうことは理解出来る。国を乗っ取った王太后が必ず在ると確信を持って、求めているのだから。
“器”の中身が空になっている以上は、この“扉”も開くことはないだろう。
「それより、やはり“扉”が使えないとなると……」
自給率の少ない王都だけの問題ではない。
東と南は実り在る土地なので大事にはならないだろうが、愚かな貴族の所為で荒れた西と寒冷地であり石山ばかりで育つ作物は少ない北も食糧を中心に物資が不足する。
少ない物資は貴族が独占するに違いなく、只でさえ疲弊した民を更に苦しめてしまう。
“扉”と同じ魔力が込められた魔道具もあるにはあるが、その場凌ぎにしかならない。
「イグニス、代わりは無理か?」
この事態に始めに気付いたのは、グリーズの後継であるイグニスだ。
定期的に“器”の残量を確認しており、今日もその確認で来て見たら、失くなっていたことに気付いたのだという。
前に私が確認した時から考えても、零になるには早過ぎる。誰かが故意に失くしたとしか思えない。思えないが……ここに入れる者は限られ、“器”の蓋を開けられるのは魔力を注ぐ者だけとされる。
違うとしたら、使い切る?
考え無しに貴族が使っていたとしても、早過ぎるのだ。
だから、蓋を開けたとしか考えられなかった。
しかし、考えても無いものは無い。
脇に控えていた、“扉”の代わりになりそうな力を持つイグニスに聞いた。
出来るのであれば頼みたいが……。
「“器”は小さいから、距離があり、量の嵩む物は頻繁には難しい……です」
だろうね。
人各々、身体に留められる魔力量が違う。
それもまた“器”と称し、計る。
イグニスは特異で、優れた魔力を持つが、身体に留めておける魔力は少なかった。
故に、留めておける魔力が少ないということは一度に使える魔力も少ないということでもあった。
ついでにいうと、生み出す魔力量も彼は少ないらしく、連続して魔法が使えないのだとニュイテトワレが昔こっそり教えてくれた。何故こっそりなのかというと、特に彼らの様な騎士にとっては大きな弱点になるから知られては不味いのだ。……勝手に他人に教えたニュイテトワレは彼が嫌いなのかな?と思ったよ。今は違うのだろう思うが。
「貴様の“器”の小ささは今更だな」
余計な茶々を入れないでほしいなぁ、今は。
たぶん、違う“器”の話だ。
ニュイテトワレはそういうタイプじゃないでしょ?
「うるせぇ餓鬼。お前も似た様なもんだろ」
「中身の成長も無い男に言われる筋合いはない」
「あ"?」
なんで、いつも顔を合わせるだけで子供の喧嘩みたいな言い合いを始めるかな。
生粋の魔導大国の民である彼らを見ていたら、“扉”のことはまるで些細なことの様に思えてくる。
いや、実際に周章てるのは“扉”に頼り切っている貴族とその関係者だけ、か……?
【危ない魔法使い】