4、愚か者の気付き(side.G)
「あぁ~……吐いて良いかな?」
我ながら頑張っていると思う。
すでに見限っている相手に愛想を振り撒くなんてね。
「気付かれたくなければ我慢して下さい」
「……解っているよ」
解っているが……。
呼びに来た彼と共に私は庭園を出たのだが、付いてくるニュイテトワレは相変わらず優しくない。
正直、気持ちが悪くて仕方がないのだ。
ソフィアが淹れるお茶に混ぜる薬が。
あの子は自身が何を入れているかを解っていない様に思える。何度向き合ってもソフィアからは罪悪感をまったく感じないからね。私を救っているつもりが、害しているとも知らず幼い頃と変わらない笑顔を向けてくる。
反対に私が悪いことをしている気分になってくるよ。まるで、純粋な少女を誑かす詐欺師の様な……。
それだったら笑えるけど、実際は笑えないし、笑いたくない状況。
盛られた薬は所謂惚れ薬だ。
この国にしか自生していない稀少な魔法草に身体の一部を混ぜるだけで簡単に出来てしまうもの。
簡単だが、効果は絶大。それを、意中の相手に飲ませれば、惚れてくれる。驚く程簡単に、心を奪える。
惚れ薬としてではなく、対象を操る為にも使われていた。時には国と国との交渉にも。または、より上位の地位を手に入れる為に王や王族に飲ませた結果傾国……なんてことも起こったという。
だから、魔導大国ではその草の採取さえ禁止した。……まぁ、魔導大国の民は只の雑草としか見ておらず、扱いも知っているから身近に生えていたら他の雑草と一緒に抜いて燃やしているらしいが。
問題は扱い方を正しく知らない余所者……先王が亡くなり、中枢に居座る貴族達だ。
今も表向きには禁止したまま、裏では好き放題使い、他国にも流している金儲けをしている。その危険性も理解せずに。
熟、腐った奴らだよ。その筆頭が王太后なのだから、呆れて物も言えない。……何れは、償ってもらうけどね。
まぁ、つまりは私のお茶に混ぜた惚れ薬には、ソフィアと関係を深めさせる為にソフィアの身体の一部……恐らく体液、血かな?が入っている訳。
普通に考えて、気持ちが悪い。
ディナのなら気にならないけど、好いてもいない女のを飲まさせている状況なんだよ?気持ち悪さしかない。
でも、向こうを欺く為には飲むしか選択肢が無かった。
敵が多過ぎるからね。
下手なことをしたら、何をされるか……。
彼から預かった、魔法草と同じ性質の魔力が込められたペンダントのおかげで惚れ薬の効果を無効に出来たのは有難い。
ディナを想うこの気持ちが無くなることも、ディナを忘れてソフィアを愛してしまうことも、考えただけでゾッとする。
薬を入れられる前に接触してくれた彼には感謝している。
彼はディナが無事であることを教えてくれた。
でなきゃ、こんなところで馬鹿な貴族達の人形遊びに付き合っていない。私さえ表情に出さなければ薬が効いていると思い、相手は油断していてくれる。
だけど、このままだと近日中にソフィアと婚約し直すことになるだろう。
「何か考えているところ悪いが、こっちに集中しろよ」
「あぁ、そうだね」
彼が呼びに来たのは、只私をあの場から離す為じゃあない。
「で、本当なの?“扉”の魔力が飛散したって」
「その場凌ぎの嘘は吐かねーよ。調べりゃすぐに分かっちまうだろ」
「まぁ……ね」
“扉”の魔力は、“扉”を起動させる為の魔力だ。
飛散……溜めてあった魔力が失われたということであり、国内の要所とを繋ぐ重要なものが使えなくなったということでもある。
今は何も無くとも、次に“扉”を開く日に開かないとなると各地で混乱が起こるだろう。
流通の要になっているのだ。
王都は各地から物資を取り寄せるから余計に。特に食材は九割以上が、だから“扉”が使えないとなると不足するのは必定。近くから、馬車で運んでもらうとしても人口の多い王都ではやはり量は足りない。足りないだけではなく、王都周辺は土地が荒れているから、届くまでに時間が掛かる上、賊に襲われる可能性も高くなる。
だから、この周辺の土地もしっかり整備しろと言ったのだ。馬鹿な貴族共は“扉”があるから必要無いと私腹を肥やしていただけ。
このツケは誰が払うのだろう。
少なくとも、私は嫌だよ。ちゃんと言ったからね。何度も何度も。
聞かなかったのは土地の管理者である彼らだ。
「大事にはなるが、馬鹿共を一掃出来るかもしれないね?」
「ハッ……そういうとこ好きだぜ」
「光栄だよ」
彼は笑うから、正しいのだろう。
だが、“扉”のことは問題だ。
数十年に一度しか充填出来ない“扉”。
それは、数十年も持つ魔力を貯めるのに掛かる時間の問題なのか、その魔力を持つ者が生まれないからか。
こうして途中で失われれば、充填する術はない。他の性質の魔力では代用出来ないのだから。
便利なものに頼り過ぎると人は堕落する。
彼らはその典型。
私自身も、無くなるものとは頭の片隅では思っていた気がする。
いつだって、一度、失くしてしまわないと……私達みたいな愚か者は気付くことが出来ない。
【危ない魔法使い】