2、みんな幸せ(side.S)
「姉様、またお城に行くのですか?……こんな時刻に」
お兄様に会いに王宮に行こうと、屋敷を出ようとしたところで弟が声をかけてきました。
もうじき、七つになりますが、同年代の子達よりずっと賢い子でこの歳ですでに多くのご令嬢達の心を掴む見目でもありますから、私の自慢の弟なのです。
甘えん坊なところもあって、私が王宮に行こうとすると寂しがって、こうして声を掛けて来るのですよね。可愛い子。
「えぇ、今日はミオンお兄様が夕食に誘って下さったの。……帰りは少し遅くなるかもしれません」
お仕事の都合で二人ゆっくり出来る時間は夕方からなりました。
夕食を一緒にと言って下さっていますが、その後も一緒にいることを望んで下さるかもしれません。
また二週間ほど薬を飲んで頂きましたから、洗脳はほとんど解けているとお兄様を診た医師は言いました。今は魔女の影響を受ける前に戻っているということ。私とお兄様が以前のように想い合っている頃に戻れたということです。
私が妃になることをお伝えするのは王太后様の許可がおりてからになりますが、喜んで下さるでしょう。
ですが、想い合っていることはお兄様も気付いていると思いますから、夫婦になる前に関係を深めることになっても可笑しくありません。いえ、そう望まれているから、この時間に誘って下さったのかもしません。関係を深めたことを理由に私をご自分の妃に、と。
ふふ……お兄様の為に閨教育もしっかりしていますから、問題ありません。
つい、笑いを溢してしまって、弟が怪訝そうな表情をします。ごめんなさい、今のお姉様は少しはしたなかったわ。
「……姉様はどう考えているかは知らないけど、陛下に姉様はふさわしくないです」
「え?」
何を言ってるの?
お兄様に私は相応しくない?
そんなことはないのに……。
ああ、この子はお兄様に嫉妬しているのですね。大好きなお姉様がとられてしまいそうだから。それに、お兄様が少し前まで別の女と婚約していたことも知っているもの。
弟は悪い魔女のことを知らないから、不誠実に見えてしまっているのでしょうね。
「アット、そんな風に言わないで。もう少しでみんな幸せになれるのよ」
そう、みんな幸せになれるのです。
何か言いたそうですけど、お兄様との約束に遅れる訳にはいきませんから王宮に向かいます。
馬車の中であの子の言葉を思い返して、ため息を洩らしてしまいました。後はミュロス公爵の名を継ぐ子が甘えん坊では先が思いやられます。可愛い弟ではあるのですがね。
お兄様は世界の英雄たる聖ルドルフの生まれ変わりと云われるような尊い方で、私はこの魔導の頂点にある国で初めて生まれた聖女。王太后様は私のことを清らかで美しい聖ルドルフの妃となったシジルの初代皇妃様に似ていると言っていましたから、相応しくないどころか、これ以上ないほどに……いいえ、私たちは結ばれるべくして生まれてきた二人と言えるのです。もしかしたら、そのお二人が再び結ばれることを願って生まれ変わったのが私たちかもしれません。
ならば、宿敵エマの子孫であるディアーナが私たちの邪魔をするのも運命なのでしょう。
ですが、邪魔をするのは今世までです。
かつての聖ルドルフと妃様の時のように勝手はさせません。私には聖女としての力があるのですから、私がお兄様を守ります。
王宮に着くとお兄様が直接出迎えて下さり、お兄様も楽しみして下さっていると改めてわかり今晩は素敵な夜になりそうな予感がします。
夕食にはまだ早いようで、庭園を散歩に誘って下さいました。お茶を淹れて差し上げることにもなりましたから、準備をお願いして庭園に向かいます。
光の魔法で照らされた美しい庭園。
そこに二人きりになれたらどれだけ幸せでしょう。相変わらず、空気を読めないノワール家の後継が傍にいて本当に煩わしいです。
一度、お兄様が離れた時に苦言を呈しましたが、「未婚の…婚約者でもないご令嬢と二人きりにさせる訳にはいきません」と言ってきました。王太后様も認めた未来の王妃に失礼な態度です。そう教えて差し上げても、「公的な関係ではありませんから」と冷たく返してくるのですよ。
私が王妃になったら、まずこのノワール家の後継をお兄様の護衛から外させます。王妃になっても、きっと私を蔑ろにしてきそうですもの。
この分では、素敵な夜になりそうな私たちの邪魔をしてきますね。……でも、二人きりになることはいずれお兄様が望まれるでしょうから下がるしかありません。大丈夫でしょう。
今はまだ二人きりは叶わなくともお兄様といる時間を楽しみます。
【危ない魔法使い】