15、いつか見た光景
謂れの無い罪で引き摺り出された私に向けられたのは、悪意のある視線と出自を蔑む言葉。
いったい私が何をしたとかいうの?
第二妃に毒を盛った?
王の子を殺した?
そんなことはしない。
する理由が私には無い。
だって、嫉妬なんてしないもの。
だって、私を見るあなたは……。
【危ない魔法使い】
頭が覚醒し切らず、ぼーとする。
身体を起こしてから暫くそのままで過ごした。
覚醒してきてから、自分が夢を見ていたことを思い出す。
普段の寝起きは良い筈が、時間が経っても気分が晴れないのはその所為。
あんな過去のこと、今更見る夢ではないのに……。
旅は楽しくもあるけれど、魔導大国の現状も少し見えて気が沈んだこともあるし、慣れない環境だから疲れが溜まってしまっているのだろう。
そう、きっと疲れ。
直にこの旅も終わるから、気にすることはない。あんなことは、もう繰り返されないのだから。
ただ、嫌な夢という感じではなかった。
玉座に座るガンの顔がはっきりと見えていた。
今より成長した彼が、私を心配する様に見詰めていた。私も、困惑はしていたが、彼の気持ちを感じて心は穏やかだった。
これまで過去を思い出して、私が思っていた感情とは違って戸惑いはある。
けれど、これが事実であればと思ってしまう。
都合が良過ぎるかしら?
支度をして、お兄様の元に向かう。
小さな村の宿で摂った朝食も美味しかった。
城の料理だけ何故あんなにも無駄に濃いのかしら?
南から西に上がって来ても、どれもそれ程濃くはなかった。王太后や城を出入りする貴族達の好みに合わせて?それにしても濃過ぎるのよね。ガンの健康の為にも改善させなきゃ。
美味しい料理のおかげで少し気が紛れた。
後二つ程村を通ることになる。
王都に行くのが嫌だった数年前が嘘の様。早く王都に帰りたいと今は思っているのだから。ガンと逢いたくて。
離れている間もずっとあなたのことばかり考えていた、と言ったら喜ぶでしょうね。調子に乗らせてしまいそうだから、言わない方が良いかしら。
土産話はここまでで沢山出来た。良い話も悪い話も微妙な話も色々。
せっかく、以前ガンが話していた“神獣”のことも何処かで聞けるのではないかと期待したが、情報は得られなかった。三代大王が治めていた頃までは王都にいたのではと云われている。千年近く経っているのだから期待は出来ない。
彼が王族と知ってから改めて“神獣”について聞いてみても、国の者だと認められてはいないと言った。王太后は元は他国の者だから別として、ガンは先王の子なのに何故認められないのだろう。
それを口にしたら、苦笑していた。
そんな表情をしてほしい訳ではなかった。
もしかしたら、例の噂の所為なのだろうか。
……王太后の子が先王の子ではないのでは、という噂。
けれど、苦笑しながら「認められていないことに安心しているんだ」とも言った。
何故、そんなことを言うの?
先王の子ではないと不安を抱いているのではないのか。
その時、彼が何を考えていたのかが解らず……寂しさを感じた。
共に歩むのだから、もっと話してほしい。
抱えている重荷があるなら、私も共に抱えていくから。
次の村までの道程、荒れた土地を眺めながら彼のことを考えていた。
黙って外を眺めていた私に何か感じたのか、お兄様が「どうかしたのか?」と聞いてきた。
見えなくても、解ってしまうのね。
詳しくは話すことは出来ないけれど……。
「陛下のことを考えていました」
これぐらいは良いだろう。
「そうか。ディアーナはあの方とのことをあまり話さないが、関係は良好だと聞いている」
「はい、優しい方ですから」
「だが、何か不安はある様だな」
「それは……」
無い、とは言えない。
ガンのことというより、私自身のことでだが。
「只の領主の娘として育ったお前が王妃になるんだ。王太后や貴族達がディアーナを良く思っていないのも知っている。幾ら図太くとも不安を感じるだろう」
気を遣って下さっているのだろうが、図太……の下りはいらないのではなくて?決して繊細とは言わないし、言えないけれど。
汐らしく頷いておく。
「そんな時は、遠慮せずに私にも話せ」
「はい、お兄様」
かつては言われなかった言葉が心に沁みる。
ありがとうございます。
今世では頼って良いのだと解ったことに安心した。
のも、束の間。
馬車が一際大きく揺れた。
体勢を崩して前のめりになり、お兄様に支えてもらう。
揺れが治まり、馬車も止まると空かさず、外に向かって「何があった!?」と聞いた。
馬で並走していた筈の護衛から返ってきた報告では、車輪が破損し壊れたという。
王族の使う質の良い馬車でも長く続く悪路には敵わなかった様だ。
傾きが戻らないのは、岩とかに乗り上げた訳ではないのね。
次の村に着いたら、質は落ちるが新しい車輪に付け直せる。それまで車輪を保たせる為に応急措置をしなければならず、一度馬車を降りることになった。
お兄様の手を借りて、傾いた馬車から降りた。
辺りは荒れた草原といった雰囲気だろう。近くに森が見える。
措置をし終えるまで、お兄様と二人で辺りを散策して時間を潰すことにした。
時間を潰すのは良いが、足場が悪い。
躓き、思わず「きゃっ!」と声をあげて倒れそうになった。お兄様が倒れる前に支えてくれなかったら、怪我をしていただろう。
整備されていないので、少し背の高い草に隠れた石が其処彼処にあり、普通に歩くだけでも大変。
お兄様が何事も無く歩いているのは、普段から見えていないから草に隠れていようと敏感に察知することが出来るのかもしれない。
その後も何度も躓く私を見兼ねて……いや、見えてはいないのだけれど、「捕まっていろ」と腕を差し出してくれた。
毎回毎回助けるのが面倒になった様だ。
この旅の間、何度もお兄様と腕を組んできた。人混みに飲まれない様に。
こうして歩けるのも後僅かね。
結婚すれば、この役はガンがしてくれるから。
腕を組み歩きながら笑いが零れる。寄り掛かると「楽しそうだな」と呆れる様な声が降って来た。
今は、少しぐらい甘えても良いでしょう?
近くに見える森の手前をゆっくりと歩く。
外から見ただけだが、ブランシュの領地にある森の雰囲気に似ていた。何十メートルかになるだろう木々が繁り、人を寄せ付けない雰囲気が漂う。
昼夜問わず、獣の鳴き声や金属音の様な何か解らない音が聞こえてくるあちらと異なり、とても静かだ。
静かではあるが魔獣がいるからということなので、万に一つ森から飛び出して来ても対処が出来る様にと森側にお兄様が立ってくれている。
こちらの森も人は好んでは入らないのだと歩きながら聞いた。
森に入ること自体が危険なのは、魔獣の存在より霧だった。いつの間にか霧が立ち込め、方向感覚が無くなってしまい、帰れなくなる。
東の森も少し理由は違うが、一度入れば出られないと言われているので、魔導大国を囲う森は全体的にそういう何かしらの力が働いているのかもしれない。
森の中には興味はあっても、軽はずみなことは出来ないと思う。ガンの元に早く帰りたいから。
「若、お嬢様も馬車の応急措置が終わりました」
応急措置だけだから、あまり時間は掛からなかった様で数人の騎士が呼びに来る。
戻る時もお兄様の腕を貸してもらうつもりでいたが、年配の騎士……確か、お父様とも親しいボルテール殿が声を掛けてきた。お兄様に話があると。
仕方が無く、他の騎士と先に馬車に戻ることに。
ボルテール殿の話とは何か。
馬車まで共に戻ってくれる騎士達に聞いてみると、予定が変わったことでの護衛の態勢について話しているのだろうと言う。
ボルテール殿が騎士達を纏めてはくれているが、騎士は皆ブランシュに属する者達。つまり、次期当主のお兄様がここでは一番立場が上になるので、何をするにしてもお兄様に確認しなければならないということだ。
何かあれば、馬車に戻ってから話があるだろう。
それにしても、手を貸してくれる騎士には悪いが、お兄様が腕を貸してくれていた時の方が安心して掴まっていられた。安定していたからだ。
今更ながら、話が終わるまで傍で待っていても良かったのではないかと思ってしまう。
「…………っ」
どれ程お兄様と離れたか見ようと振り返ろうとすると、手を貸してくれている騎士が私の手を強く握る。痛いぐらいに。
いったい何のつもりなのか、問うより先に視界の端に見えたものの方が信じられなかった。
私の後ろを歩いていた騎士が剣を振り翳していたのだ。私に向かって。
ブランシュの騎士が何故……。
それ以上にざわつく胸。
覚えが無い筈なのに、目の前の光景が、かつて見た光景の様に被る。
そして、無意識に呟いていた。
「助けて、兄様……」
第三章……完