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危ない魔法使い  作者: 一之瀬 椛
三章
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13、見える世界


エオに似た子供は、紳士と共に人混みに消えた。


本当によく似ていた。

あれから、二年近くが経っているのだから、当時と同じ姿をしているということは無い。

青みのある黒髪(ブルージュ)に見えたのも、ここが海底の所為だろう。他のものも青っぽく見える時があるもの。

それに、エオは北の地にいる筈なのだから。

今、エオは元気にしているのかしら?

北に、私から逢いに行けたら良いのに……。









【危ない魔法使い】









馬車は決まった場所から、水の魔法で海の水を避けて、風の魔法で浮上させる。

海底都市(メラネス)を浮上していく馬車から見下ろした。距離が開く程にその姿は見えなくなる。本当に深い海の底に造られているのだと今更ながら実感した。


久しぶりの太陽は眩しかった。

二、三日だけとはいえ、あの明るさに慣れてしまっていた様。魔法の光より、太陽の方が眩しいのね。……勉強になったわ。

間も無く、予定している島に向けて、馬車は水上を走り出した。

風も感じられたら、気持ち良さそう。小さな水飛沫も上がっているから、それを浴びるのも楽しそうだし、海上に上がった空気を肌で感じたかった。

馬で走れたら良かったのだが、言っていたならきっと叱られただろう。

領地での暮らしが如何に開放的だったか……。

あの頃に戻りたいと思わない訳ではない。生命(いのち)の危険も考えずに長閑な田舎生活、最高だったではないか。

ただ、ガンとの再会が無かったことになるのは、今はもう考えられなかった。

大人しく、海を眺めながら島に着くのを待つ。


海上からでも海は十分に楽しめた。

着いた島は、通り過ぎてきた他の島より少し大きい様で、ホテルもあった。

久しぶりの緑のある大地を踏み締められ、ほっとする気持ちになる。

ここから先は小さな島が続き、宿屋さえ無いところも多い。海の様子によっては馬車で夜を過ごすことになるので休めるところでしっかり休める様にと、この島を選んでくれたのだ。


ホテルで少し休んだ後に、海底都市(メラネス)では見ることのなかった船を港まで見に行った。馬車で走っている時に遠目に見て、もっと近くから見たいと好奇心が湧いたから。

領地にも川や池はあるから勿論船はあるけれど、海の船には数十メートルにもなる大きなものがあるというから直に見てみたかった。残念なことに、ここにはそれ程の規模のものは無かったが。島の小さな港ではあまり大きなものは入れないのだ。

大陸にある都市なら、見れるだろうと付いて来てくれた護衛から聞いたから、そちらに行った時の楽しみにしておこう。

とはいえ、領地で見る船よりはここにある船は大きい。これで、あの美味しい魚介を捕っているのよね。乗せてもらって、見たいところだが……無理ね。

書で読んだことや人から聞いたことは自分の目でも確かめたくなってしまう。

出来たら、海でも泳いでみたい。

……()()()

川や池で泳いだことがあったかしら?

泳ぐ機会なんて無かった筈なのに……。

服を着たままで泳げる筈は無いし、脱いで泳ぐなんて流石にそんなはしたないことは私でもしないわ。

なのに、何故泳いだことがある様な……?

そもそも自分が泳げるかも分からないのに、可笑しなことを考えたものね。


休息を十分に、島から島へと渡る数日。

立ち寄った島の人々と触れ合い、文化に触れた。

海に纏わる伝説を地元の者から聞くのは楽しい。

特に魔導大国(フィゴナ)の二代大王の、この諸島を巡る中で出逢った海賊との恋物語は良かった。

何度も対峙しながら惹かれ合い、更に他国からも狙われた大王を敵対していた海賊が助けるという。歴史書にも、二代大王の伴侶は賊だったと記されていたから、その海賊がなのだろうか。

魔導大国(フィゴナ)の王族のことは多くは記された物は無く、歴代の王の名さえ分からない。意図して残していない様にも思う程。

しかし、こうして直に足を運んだ先では聞ける話もある。事実かは知れないが。

他の地に行けば、もっと他にも聞けるかもしれない。

例えば、先王のこと。ガンの父親に当たる方。

私が生まれる前に亡くなられた。ガンも当時は赤ん坊で、覚えていないだろう。

もう人伝にしか知ることが出来ないなら、何か先王に纏わる話は聞けないか。

思っても、今一先王の時代の話は皆したがらない。

年配のご婦人が耳打ちしてくれた。「下手なことを言って王太后に知られたら首が飛ぶことになる。お嬢さんも気を付けなよ」と。

当時第二妃だった王太后が貴族優先に変えてから、異を唱える民に見せ付けの為に先王の時代の忠臣達を次々に処刑していったということがあったわね。

未だに、怖れている。こんなにも王都から離れた場所で暮らしている者達まで。

注意深く見ていたら、観光に来ている貴族や身形の良い商人の視線を気にしている様だった。

ああいう者達が密告するのだろうか?

私も結構良い身形なのだけど……。

ガンにも話さなければならないことね。地方の者の現状は。

楽しい土産話だけしたかったのに……。

こっそりとそんな話を行く先々で繰り返しながら、観光も楽しんでいた。


大陸に入る一つ前の島でついに件のものと出逢う。

そう、踊り食いよ。

捕れたばかりの生きた魚。

透き通った綺麗な小魚が器の中で沢山入れられて出てきた。

お兄様は何も言わなかったけれど、共に来た護衛が「本当に食べられるので?」と心配気に見てくる。未知のものに不安があるのは仕方がないわ。

それに普通のご令嬢はこんなこと試そうとも思わないもの。気持ちが悪いと顔を顰めるでしょうね。

私がそんな御淑やかなご令嬢ではないとまだ解っていないのかしら?

さぁ、未知の体験いくわよ。

器を手にして、迷うこと無く口を付ける。

口の中に流し込むという感じね。

あ、これは沢山口に入れたらいけない。

……ふふ、確かに踊り食いだわ。

まるで踊っている様だもの。

口を手で覆った。しっかり閉じていないと出てきてしまいそう。零すのは笑いだけにしないと。

さて、噛んでも良いのかしら?

そのまま飲み込む?

……うん、美味しいというより面白さの方が大きいわね。お腹の中で踊っている感覚も無いし。

隣に座っているお兄様を見たら、平然と飲んでおられた。流石お兄様は強者。

何とも言えない表情をしていたのは護衛達だけで、私は笑った。

ガンにもいつか体験してもらいましょ。


楽しい時間を過ごした後に、大きな港街のある大陸に上がった。

少し離れたところを走っていても港を出入りする船が見上げる程で、途中に寄った島の港には入れないだろうと納得出来た。

魔法は使わず、あんなにも大きな物が浮くのが不思議。帆を張り、風は任せて動くことも。

街の中に入っても、魔法による魔力の動きを感じない。

魔法など無くとも、“自然”の恩恵を受けて十分生活が出来るのだと実感する。

そういえば、途中の島でも魔法を見ていない。

常に魔法と共になければならない海底都市(メラネス)とは異なる文化だ。

同じ南でも随分違う。

旅は、こういう違いも楽しむべきなのだろう。


予定している約二週間の半分は過ぎていた。

大陸に上がったので、これからは西に向かう。

魔導大国(フィゴナ)の西は少し特殊で大部分が霧に覆われ何があるか解らない。なので、西の地と一般的に言われるのは霧の掛かっていない狭い範囲だけ。

その範囲内で最も大きな街が、私達の最終目的地だ。地図の上で見れば、魔導大国フィゴナの南西部になる。

“扉”という国一の魔道具が置かれていることで街は発展している様だが、西に向かう程に道と呼ぶにはあまりに酷く荒れていく。

馬車の揺れも大きくなり、お兄様も気になった様で……。


「道が荒れているな。ディアーナ、大丈夫か?」

「私は大丈夫です。お兄様も大丈夫ですか?」

「私も問題はない」


ガンが用意してくれたこの良い馬車でなければ、もっとお尻が痛くなっていたかもしれないわ。悪路の所為で何度も大きく揺れて跳ねるもの。硬い座席だったら耐えられなくて、歩くと我が儘を言っていたに違いない。


「……それにしても、こんなにも荒れているなんて何かあったのでしょうか?」

「先王が亡くなってから、多くの土地は管理者が代わった。その管理者……貴族共が資金を出し渋っているだけだ。魔力や魔法を使える者達であれば金など必要無く整備出来るが、奴らの大半が魔法を使えないから金を出して人を雇うしかない」


お金、沢山持っているだろうに……。

お兄様の話では、その上で金儲けの為に自分達の土地だからと好き勝手資源を採るだけ採って放置してしているのではないという。しかも、採った物は他国に流しているとか。

それは犯罪ではなかったか?


「貴族も大きな商会も金があるから“扉”を使える。だから、道がどれだけ荒れようと構わないのだろうな。多くはそんな金を払えず、こういう道を使うしかないが……」


道はどんどん荒れていく、という訳だ。

地元の者で整備出来るのではと思ったが、そんな簡単な話でもない。

管理者は貴族。自尊心(プライド)だけは人一倍高い。勝手に整備しても、断りを入れても、自分達の尊厳を傷付けられたと重い罰を与えてくる。

先王までの時代は、金など必要とはせず、人と人との繋がりで行われていたので民は何の問題も無く暮らせていた。

貴族優先になってから、何につけても金が必要となる様になり、貴族の気分を少しでも害すれば不敬罪が唱えられる。

荒れていく道を進むのに人手を増やすことになり、一人が得られる利益も減れば民は疲弊し、一人の力が弱まれば人手は更に必要となる。悪循環が出来てしまっていた。

貧富の差がどんどん広がっている原因の一つだ。

貴族達に逆らう気力も、力も無い状態でもある。

疲弊した民は生み出せる魔力も減っていた。蓄積出来る魔力量は少ない者も多い。

金で雇われた力に満ちた魔法使いを相手には出来ない。


恵まれた中にいて、見えていなかったものを今見れたのは良かった。

私と、ガンがしなければならないことが明確になっていく。






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