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危ない魔法使い  作者: 一之瀬 椛
三章
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12、祝福の光


天井に、大きな魚が泳いでいるのが見えた。


……あぁ、海底都市(メラネス)に来ているのだった。

静かで穏やかな目覚めなんて、久しぶりだ。

護衛はいても、使用人は連れて来ていない。

身の回りのことは自分でするのが楽だから。

顔を洗い、着替えを済ませながら、二日目の予定を頭の中で並べていく。


主な予定(メイン)は、海底散歩!

水の中では息が出来ないのに、地上を散歩する様に海底を散歩する。

それでしか見ることの出来ないものもあるというので、とても楽しみだわ。









【危ない魔法使い】









海底の為か、少し肌寒さのある朝。

温かな魚介のスープが身に沁みる。

出汁にも種類があり、貝で取った出汁だという。魚以外からも出汁が取れるのね。

ご飯が美味しいから、王都に戻るまでの二週間で肥ったらどうしようかしら。

美味しいものを食べる度に言っている気がするわ。


海底散歩は昼からになる。

馬車で移動し、時間になるまで近くを散策した。

海との境になる場所。

特に何かがある様には見えない。

海にこのまま出られちゃうのかしら?

試しに出られるか、手を突っ込んでみようとしたが、手の動きに合わせて境が形を変えて外……海の中には出られなかった。

一度引いて、勢いをつけても駄目だった。

護衛に「お嬢様!危ないですから止めて下さい!」と怒られたわ。

危ないかしら?海には出られないわよ?

ガンの話では、空間魔法が使われているらしいから。

解っていてもやってみたくなるじゃない?こういった魔法に触れるのは初めてなのだから。

魔導大国(フィゴナ)では割りと新しい都市ではあっても、主要な都市の一つに数えられるので詳しい魔法の構造は機密事項になっていて、空間魔法ということしか公開されていない。構造が解ったところで都市を一つ覆う規模の大きな魔法をどうこう出来る魔法使いはそういないだろうが。


海底散歩の前に昼食を軽く摂り、散歩用の道の入り口へ。

海底散歩は、都市を覆う魔法と同じ魔法で海底に作られた一本道があり、そこを歩くのだ。

都市とは違い、天井も手を伸ばせば海に出られそうな低さになる。出られないけれどね。

元から海底にあるもの……“自然”を害すること無く避けて作られた、曲がりくねった道。

害することが無いからこそ、直ぐ横に巨大な、そして美しい珊瑚礁が聳えている。

都市の中にも珊瑚はあったが、その比ではない。

太陽は無いが、都市の光が届く為にこうした大きなものが出来たという。


「お兄様がこれを見られないのが、とても残念」

「そうだね。私の代わりに、しっかり目に焼き付けておいてくれ」

「はい……」


魚の群れ、珊瑚や海草を住み処にする小魚、“自然”に生きる姿を間近で見る。

観光客の多い様に思う海底都市(メラネス)で、海底散歩に人数制限があるのは納得だった。人が押し寄せ、せっかくの雄大な“自然”を堪能することが出来なくなるもの。ただ流し見るには勿体無い。

この時間を得る為に、多少の金銭が必要になるもの仕方がないだろう。


珊瑚に隠れた色鮮やかな魚が可愛くて、足を止めて覗き込んでいたら、大きな影が差す。

こんな海の底で?

見上げた先に何かがいた。

一帯を覆う様な巨体が図上を泳いでいく。

数分は掛かった様に思う。漸く影が退き、目で追って行った先には驚く程大きな魚?が。

大きくはあるが、荒々しさは感じない。尾を揺らし、ゆっくりと真白い巨体が悠然と泳いでいる。

それでも、見たことの無い大きな存在に護衛達は少し緊張した面持ちだった。

お兄様は……と見上げようとした時、声が掛かる。


「お嬢さん達は運が良いね」


他の、海底散歩をしていた者だろう。

爽やかな紳士は、私達から大きな魚?に視線を移して言った。


「あれは鯨さ」

「くじら?」


魚の一種かしら?図鑑にも乗っていなかった気がするけれど……。

首を傾げた私に紳士は気付く。


「お嬢さん達は知らない?」

「魚……なのですか?」

「そう思っている人も多いが、哺乳類さ。世界で最も大きなね」


哺乳類?私達と同じ?

お兄様に名を呼ばれ、近くに来る様に促される。

手を握ると、お兄様も握り返してきた。


「ここで鯨が見れたら幸せになれる、と云われいるぐらいに珍しい」


幸せに……。

何と無く、理解出来る。

これ程、美しく、悠々とした雰囲気の存在を見たなら、心が満たされ穏やかになる。


お兄様は私が鯨を見れたので、教えてくれた。

この海底散歩で鯨を見せたかったのだと。

運ではあるが、見れたなら……自分の手元を離れてもきっと幸せになってくれるだろうと。

そんな、気持ちを教えてくれた。

……お兄様、ありがとうございます。

言葉にしたら、照れ臭くなった。

手を握ったまま、鯨を眺める。


私は必ず…………。


「珍しいどころではないね」


紳士が呟いた。

何が、とは思わない。

白い鯨が淡く光を帯びる。

ゆっくりと旋回し、私達の頭上に白金(プラチナ)に輝く光の粒を降らせた。

まるで、祝福する様に……。


「まさか、光の魔種とは……」


魔種とは、一般的に魔獣と呼ばれる獣のことだ。

魔導大国(フィゴナ)では珍しくはないが、魔導大国(フィゴナ)の外では獣の中にたまにしか生まれない“魔”を操れる獣。

大抵は姿も通常とは異なる。

紳士は輝くまで気付かなかったということは通常と変わりは無いのだろうか?

しかも、光。

六種類の魔力の中では光と闇は人間でも持つ者は少ない。獣でも同じなのだろう。


只でさえ珍しい鯨が見れ、それが魔種で、光の性質となれば奇跡的なのだと紳士は驚いている。

そんな存在を目にしたなら、幸せにならない訳が無いわよね。

ガンに、とても良い土産話が出来た。

まだ二日目よ?

残りも良いことが有るのではと思ってしまう。

暗い海の向こうへと泳いでいく輝く鯨の姿に、この先も生き抜く為に戦う勇気を貰った気がした。


海底散歩は、最高の気分で終わった。

鯨のことを教えてくれた紳士は、別に私が鯨を見せた訳ではないのにお礼を言われた。そして、「お嬢さんに良いことが有ります様に」と手の甲に口付けをして、去って行った。

紳士もなかなかの美形だったわね。ガンには負けるけれど。


その後、近くで魚への餌やりを体験をした。

小魚は可愛かったけれど、大きな魚はなかなか衝撃的だったわね。

それから、鮫も見たわ。

鯨を見た後だから、あまり大きく感じなかった。歯は鋭く、咬まれたら一溜まりもない。


ホテルに戻る前に、書店に寄った。

鯨についてはまったく知らなかったので、関連する書を幾つか選んだ。

流石、海底都市(メラネス)ね、海に纏わる書が多い。

恋物語(ラブロマンス)や冒険物といった物語から、生き物の生態、海で起こる現象など様々。実際にいるか分からない未確認生物の書なんてものもあった。


魔導大国(フィゴナ)で海に面しているのは南だけ。

大陸続きに世界を旅する想像はしたことがあっても、海を渡る想像はしたことは無い。

船に乗り、海を渡って国の外を見て回るのも良いかもしれないわね。


この旅では残念ながら、船には乗らず馬車になるけれど。

馬車と馬に、水上を走れる魔法が施されているから、わざわざ船に乗り換える必要は無いのだ。

始めの予定では船だったが、国王(ガン)が自分の婚約者だからと城で一番良い馬車を用意させたという。私が乗る直前まで、信頼出来る者に馬車に何の異常も無いか確認させたもの。

明日には、海上に上がり、数日馬車で島を渡る旅になる。

それはそれで楽しみ。海の旅には違いないから。


書店以外にも少し周り道をして目に付いたところにも寄りながら、ホテルに向かう。

欲しいかは別として宝飾品を見るのは好きだもの。珊瑚や真珠、鼈甲など海のもので作られた宝飾品を売る店にも立ち寄った。

良い馬車に乗って来たから店員の態度があからさまで気持ち良いものではなかったけれど、品は見事なもので目を惹かれた。

身に付けるなら髪飾りが良いかもしれない。

以前、ガンが魔道具ではあったが髪飾りを贈ってきた時に「君の綺麗な黒にはよく映える」と楽しげに私の黒い髪を弄っていたのを思い出した。

特に貴族達は黒や暗い色は好まないので、貴族達の明るい色の髪を飾るのも明るい色の宝飾品だ。

ガンは「贈りがいがないんだよね」とぼやいていた。誰に贈ってきたのかは聞きたくはないし、大体想像は出来る。母親である王太后と幼い頃から親交のあるソフィア嬢は間違いないだろう。

贈ってきた物を思い返すとガンの好むものは二人の髪色には確かに合わない物の様に思える二人が付けたら、髪色に溶け込んでしまいそうな物だから。

一つぐらい買っても良かったが、止めた。

代わりに別の店の民芸品に幸運を表すという鯨の尾を象った御守りを買った。旅の無事を祈るものでもあるから、今の私には丁度良い。


海底都市(メラネス)で過ごす最後の夜。

ホテルの敷地内から、外を見上げた。

太陽の様に輝いていた頭上の光は、月の様に優しい光を都市に注いでいる。

昼間は楽しくはあったが、海底都市(メラネス)には温まりがあまり感じられず、夜の静けさに寂しさを感じた。

早く、海の上に出て、本物の太陽を見たい。月が見たい。ガンが今、見ているものを……感じたい。


三日目。

朝市に出掛けた。

水揚げされたばかりの魚介の並ぶ市。

その中にある、食事処で新鮮な魚料理を頂いた。

これは毎日でも食べたいわね。

持って帰れないのも残念。

また必ず食べに来ましょ、今後はガンと。


市を少し歩いてから、馬車へと向かう。


「あれは……」


昨日の鯨の紳士を人混みの中で見た。

海底散歩もしていたし、彼も観光をしているのだろう。

こんな広い都市で二度も遭遇したのだ。

つい視線で追ってしまった。

紳士は誰かと待ち合わせていたのか、ふいに手を上げた。そこに近付く小柄な……。


「……エオ?」


後ろ姿が似ていた。

ほんの僅かな瞬間に見えた横顔も似ていた。

しかし、そんなことはある訳が無い。


記憶のまま、変わらない姿をしていたのだから。






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