10、黒い魔女(side.S)
お兄様はあんな人ではありませんでした。
きっと、ディアーナの影響なのでしょう。
だって、ディアーナと会うまではお兄様は私にはどんな時でも優しい方でしたから。
周りの方々も言っています。
私と距離を置くように彼女がお兄様に釘を刺しているのだろうと。
そうでなければ、お兄様が私を無視するような真似しませんもの。
私達の仲を知ったら、嫉妬したくなる気持ちはわかりますけど。
そんなことばかりしていたらお兄様に愛想を尽かされてしまうとわからないのでしょうか?
【危ない魔法使い】
せっかく会いに行ったのに、冷たく追い返されてしまいました。
ディアーナのいないところでまで彼女に気を使う必要はありませんのに……。
ディアーナはどうにかしなければなりません。
そもそも、貴族でもないブランシュ家が王妃候補に選ばれたこと自体に問題があったようです。
王太后様とお父様の話では、国防の要という立場を使い、ディアーナを候補にしなければ敵国から国を守らないというような脅しで無理矢理候補に入ってきたのだと聞きました。
国を盾に脅すなんて最低です。
仕方なく候補にしたら、次は才能も無いのに同じように脅しをかけて王妃になったと。
私が怪我の療養のために離れている間に、汚い真似をされて悔しい……。
あの黒い炎のことも有耶無耶にされてしまいましたが、ディアーナがしたことに間違いないのです。彼女は怪我もしていないのですから。
しかも、小箱まで奪われました。
お兄様の、小箱。
結局、あれが何なのか分からないまま。
ディアーナは可笑しなことを言っていましたね。
炎はあの小箱から出たものだから、小箱は城の魔法使いに処分を頼んだと。
小箱から?
そんなことあり得ません。お兄様の小箱なのだから。
お兄様まで陥れようとするなんて、本当に最低な人です。
どうにかして、お兄様をあのディアーナから解放して差し上げねば。
お力になって下さるのは、やはり王太后様しかいません。
お兄様が部屋に戻られたのですから、会議も終わったのでしょう。
王太后様も部屋に戻られたでしょうか。
もうすぐ、王太后様の部屋というところまで来て、王太后様を見つけました。
「王太后様?」
どうしたのでしょう?
侍女に支えられて歩いています。
お気分が悪いのでしょうか……。
「王太后様、大丈夫ですか?」
私の声で顔を上げられた王太后様の顔色はとても悪いです。
それなのに、優しい笑顔を向けて下さいます。
「ソフィ……来てくれたのか」
もちろんです。
立ち話は王太后様には良くないので、王太后様の部屋に行きました。
横になる王太后様の手はいつもより冷たくなっています。
私が握って温めますね。
私の魔法なら、すぐに元気になります。
「優しい娘……貴女の様な娘がミオンの妃なら良かったのに」
「王太后様」
ぽつりぽつりと会議であったことを話して下さいました。
お兄様が王太后様にそんな酷いことを言うなんて信じられませんでしたが、先ほどの様子を思い出すとあり得ないことではありません。
ディアーナのせいで王太后様までこんな風に苦しまれることになるなんて……。
「お兄様はきっとすぐに気付かれます。これまで近くにはいなかったタイプの女性なので、少し逆上せているだけですよ。また、優しいお兄様に戻ります」
お兄様は賢い方ですからね、間違いありません。
ですが……王太后様が驚くべき事実を口にします。
「違う、ミオンが悪いのではない。全ては、あの女が……あの魔女が、悪いのだっ!」
え、魔女?
「魔女とは……」
「お前も知っているだろう。黒の象徴……呪いの権化、“黒呪”のエマを」
「はい、“世界三大悪”の一人ですよね?」
「そうだ。あの女……ミオンを惑わすディアーナはそのエマの血を引く魔女。今になるまで気付かぬとは」
“世界三大悪”は、とても有名な悪い人達のこと。
その中の“黒呪”のエマは、嫉妬に狂って人を呪い殺していた怖い魔女で、人を呪う呪術を生み出した人とも言われています。
混沌とした時代の救世主であった、まじないの国シジルを建国された“聖帝”ルドルフ陛下に倒されたらしいのですが……王太后様の話では、命辛々エマは逃げ出し、後にこの魔導大国に隠れ住み、裏側から国を自在に操っていたそうです。魔導大国の世界的にも貴重な土地を独占していたと。
王太后様は、まじないの国の皇族で、“聖帝”の子孫。
かつて“聖帝”が逃してしまったせいで、苦しむことになった魔導大国を救う為に嫁いで来たのです。
先王の王妃も、実は悪い魔女エマの子孫で先王を操っていたと話して下さいました。王太后様が退治しましたが、悪い魔女の子孫は今度はお兄様に目を付け、近付いて来ました……それが、ディアーナ。
魔女の力を使って、ブランシュ家を乗っ取り、接触してきたのですね。
確かにあの家の人間の特徴を持っていません。
ブランシュ家は白い髪にアイスブルーの目を持ちますから、髪の色が黒の時点で可笑しいと思うべきでした。当主の亡くなった奥方も明るい髪色と聞きます。
本当に悪い人だったのですね、彼女は。
お兄様は、“聖帝”の生き写しのような尊い方だと王太后様は言います。
だから、魔女は汚い手を使ってまでお兄様を手に入れようとしているのです。
いえ、お兄様は、すでに悪い魔女に操られてしまっているから、あんな酷いことをされたということです。
こんなことは許されません。
お兄様が正気を取り戻したら、どれだけ苦しまれるか……。もう苦しまれているかと思うと、私も胸が苦しいです。
「お兄様が可哀想です」
「あぁ、あの子は可哀想な子だ。魔女に目を付けられただけではなく、かつて魔女エマが“聖帝”ルドルフと妃を呪った所為で子孫である我々まで未だにその呪いに苦しめられている」
そんな古くからの悪い魔女の呪いがまだ残っているだなんて。
世界に名が知れ渡る存在だけはあるということですね。なんて恐ろしい。
「だが、ソフィア、お前は聖女と呼ばれる程に清らかな力がある。あの子を救ってくれ、お前になら……いや、お前にしか出来ないことだ」
握っていた王太后様の手が、力強く私の手を握り返して下さいました。
えぇ、えぇ、もちろんです。
「私がお兄様をお救いします」
「……あぁ、頼もしいな。私も出来る限り、力を貸そう」
悪い魔女を退治して、必ずお兄様をお救いします。
私はお父様にも相談しなくてはと思い、王太后様に断り、急ぎました。
はしたなく走ってしまいましたが、これは急務でもありますから仕方がありません。
まだ、王宮にお父様はいました。
真面目な方で良かった。
「お父様!お父様!」
「ソフィー、そんなに周章ててどうしたんだい?」
「お父様、お願い!お兄様を助けて!」
助けを求める私を優しく抱き止めて、お父様は執務室の方へと連れて行って下さいました。
温かく甘いミルクを淹れて下さり、落ち着いて王太后様から聞いた話をします。
聞き終えたお父様は納得したように頷きました。何か、覚えがあるようです。
聞くと、怪しい動きを以前からしていたと言います。
悪い魔女の部屋に怪しい魔法使いらしき者や他にも男がこそこそと出入りしていました。先王の王妃と同じで、汚らわしい女でもあるのですね。
美しいお兄様まで汚されてしまう前にどうにかしなくては。
すぐに、お父様は計画を立てて下さいました。
王太后様とも何度も話して、進めていきます。
悪い魔女は、もうすぐ王都を一度離れます。お兄様とも離れてくれます。
その後は結婚式となりますから、お兄様から離れる最後の機会かもしれません。
結婚なんてさせてはいけませんから、最後の機会ですね。失敗は許されません。
お兄様から離れてくれるので、王宮でお兄様はしっかりと騎士と魔法使いで保護します。操られたお兄様にも邪魔はされなくなりますし、盾にされることもないので安心です。
その上で、遠く離れた場所で悪い魔女を私のミュロス公爵家で用意した騎士と魔法使いで倒してしまうのです。
ミュロス公爵家の騎士も魔法使いも国で一番優秀なので、成功するでしょう。
私は、お兄様の傍にいて、もし呪いで苦しまれることがあれば癒して差し上げるのです。
王太后様は部屋を出る前に言っていました。
悪い魔女エマの子孫達がいなくなりさえすれば、お兄様や王太后様を苦しめている古い呪いも、今お兄様を苦しめている悪い魔女の呪いも綺麗に消えて解放されるのだと。
王太后様の調べによれば、後はお兄様に近付く悪い魔女と数人だけと言いますから、お兄様も王太后様の為にこの計画中に退治してしまいましょう。。
大丈夫です。
私が、みんなを救います。
私は選ばれた聖女ですもの。
悪い魔女なんかには負ける訳がありません。
そして、元の優しさを取り戻したお兄様と幸せになります。