3、不気味な存在(side.G)
「君がいるだけで僕は……」
何だってしてみせる。
君を、君の生命を奪った……そして、また奪おうとしている奴らを全員消すことだって私は出来る。
それが親だろうと、奪われるぐらいなら他の全てを棄てる。
自分の中に、黒い気持ちが渦巻くのを感じていた。
抑えられなくなりそうな程に、とても強くて、怖いもの。
触れて、この温もりを感じて、柔らかさを知って、抑えていられる自分を褒めたいよ。
純粋だったのはいつまでだったかも分からない。
始めから違ったのかもしれないし。
黒い気持ちは欲求なのだろうか。
欲しくて、欲しくて、堪らなくなるけど、君を……傷付ける方が余程怖い。
【危ない魔法使い】
「やられた……」
一歩下がった場所で苦々しく言うジェリーに頷き、私も同じ言葉を心の中で繰り返した。
やられた。
そして、何故今になって、とも思う。
数ヵ月前に、ディナを拐った男が……殺された。鋭い獣の爪で抉られた様な深い傷をその身に刻み、苦痛を表していたであろう顔も無惨に裂かれていた。部屋の中を濁った赤で、染めて。
名前、身分、目的。
男自身のことは尋問で聞けたが、ディナの言っていた、もう一人については何一つ吐かなかった。
男の使っていた魔道具は特殊な物で誰にでも手に入れられる代物ではない。
恐らく、もう一人が用意したのだろう。
貴族か、それに準ずる者か、高い技術を持つ魔法使いか。何れにしても、危険な存在だ。
またディナが襲われる可能性もある。
早い内に知っておかねばならない。
吐かせる為に、尋問を繰り返していた。
その最中、だったのだ。
口を塞ぐなら、私達に捕まってすぐにしても可笑しくはなかった。
数ヵ月経った今になって何故?
男が自分のことを話しても問題無いと考えていたとしたなら、消す理由は無い。
話さないと分かっていたなら、尚更。
閉じ込めていた場所が分からなった?
高い技術を駆使した魔道具を用意出来るなら、探すことも簡単に出来た筈。
「やった者の痕跡は?」
「無いな。異様な程、何も……」
「じゃあ、私達が関わったことを隠して片付けて」
「了解」
痕跡も残さない、か。
ディナの周囲にもっと強力な守護魔法、重ねた方が良いかな。
後は、ジェリー達に任せた。
医師として正規の手順で弔ってくれるだろう。
事件にするかもジェリーの匙加減かな。
私がいても邪魔になるだけだし、第二妃や貴族連中に気付かれる訳にはいかないから、帰らせてもらった。
戴冠式の少し前に起こったことだった。
ディナを不安にさせたくないから言っていないけど、言うべきなのか?
ここからが現在の話。
王太子の頃から政には関わってきたが、王となれば政を取り仕切る立場になる。
見る書類も以前の比ではない。
ディナと逢う時間も減らさなきゃいけないだろうと思ったんだけど……。
「この書類を、私にどう処理してほしいのかな?」
嘘で塗り固められた書類の束を放った。
舞って、散る様子を眺めながら笑ってしまう。
「ばら蒔かないで下さい。誰が拾うとお思いで?」
「次の書類を持って来る奴にでも拾わせたら良いよ」
そう言えば、ニュイテトワレがわざわざ拾うことはなかった。本当に次に来た人に拾わせるからなぁ、この側近は。
処理する気も無くなる嘘だらけのそれに時間を費やす意味は無い。
王になってからの数ヵ月、そういう無駄な時間が増えたから外に出て書類を塵とする証拠を集めているけど、たまにここで仕事をしないと側近が怖いんだよね。
書類相手に仕事って何?と言いたくなるけど。
人形に後を任せて、外に出たい。
ディナに逢いたい。
彼女だけが、私を癒してくれる。
「今日は、勝手に抜け出さないで下さい」
「くどいなぁ」
「言っても聞いて下さらない方なので」
「安心してよ。今日は、いるから」
わざわざ王太后が謁見を求めて来たからね。
誰かを紹介したいのかな?
正規の手順を踏む時は、そこで紹介した者を国の重要位置に据えていた。
今は私が王だから、勝手に置くことは出来ない。
とはいっても、王太后の中では置くことは決定していそうだが……。
更に、都合の良い者を入れて、魔導大国を喰い潰す気でいる。
このまま続けたら、国が亡ぶことも解らないのか。
それとも、亡ぼすことが目的なのか。
王を殺し、王妃を殺し、その血筋も絶やしてきた。
他の貴族達は分からないが、王太后はそうしたい様に思えてならない。
元は他国の王族だった。
その為に、送り込まれたのかもしれない。
他国による土地の搾取は昔からあること。
魔導大国の土地が欲しくて、王族を根絶やし、乗っ取りを?
王太后の様子からしたら、土地を求めて、というより……王族を消すことが重要に見える。
「エト、君から見てグリーズとブランシュはどう思う?信頼出来る?」
「我々三家の関係はこの十五、六年の間に大きく変わりました。信頼する程の間柄には有りません」
確かに、記録にも残っている三家の調和は現在は無い様に思う。交流もまったく無いし。
「……じゃあ、私が信頼して良い相手だと思う?」
「私が信頼出来ない者を、貴方に勧めるとでも?」
だよね。
解ったから、睨まないでほしいよ。
ノワールは元から公爵位を持っているとして、グリーズは当時第二妃であった王太后に忠誠を誓い貴族の地位と公爵位を手に入れた。
三家で唯一ブランシュだけが貴族の地位も無いまま。
グリーズが貴族になったことで、一見したらブランシュは王族に背を向けた為に片田舎に放置され見放されている様に見えるが、ブランシュの領地は豊かだ。
東の土地の気候は元からある程度は良いとしても、雨がまったく降らない年もあった。反対に水害に見舞われることも。
しかし、ブランシュの領地だけは被害が無い。周辺は被害を受けているのに、だ。
ブランシュが幾ら優れていても、広大な領地を保つことは難しい。少ない領民と協力しても一切被害を出さないなんてことは出来ない。大魔導の主並みの魔法使いがいなければ……。
姿を見せない大魔導の主が協力している可能性もあるが、明らかに魔法や魔道具の支援があったのは確かだろう。
国から、であれば……ブランシュを信頼してしまうのは危険だ。
ディナの今の家だから、信じたいんだけどね。
時を見て彼らに話すからと先送りにしているから結論を出さないとディナにまで不審に思われるかもしれない。信じない選択をしても、彼女からは嫌われてしまうかも……。
護れるなら、嫌われることも仕方がないと覚悟はしていても、避けたいとは思う。
私の、甘さだ。まだ、抜け切らない。
一応、書類に目を通すこと数時間。
ニュイテトワレに「時間です」と声を掛けられ、謁見の間に向かう。
既に謁見の間には王太后と、魔法使いと思われる者がいた。
玉座に座り、ニュイテトワレを脇に立たせて、彼らに言葉を許す。
「陛下にご挨拶申し上げます」
顔はフードを目深に被り分からない。
が、首から下は随分と開放的で露出の高い物を着て、女だと分かる。声も高めで十代の少女の様だ。
「名はニドラ。優秀な魔法使いだ」
王太后から紹介を受け、改めて頭を下げる魔法使い。
貴族を紹介されたことは何度もあったが、魔法使いは初めてだ。
いったい、どういう……。
「この者を、大魔導主に据える。お前の良き力となろう」
は?
大魔導の主に?
「何を言っているのです、母上。大魔導主は好きに人員を配置出来るものではありませんよ」
「これまでが可笑しかっただけだ。国防を取り仕切る者だというのに、信頼出来る者を配置しないなどあり得ぬ」
「……ならば、尚更、容認出来ませんね。私は、その者を信頼していないのだから」
「私が紹介しているのだぞ」
あり得ないのは、言葉一つでそう出来ると思っていることだ。
「私にとっては、今逢ったばかりの者です。それに何一つ、大魔導主になるに相応しい存在であることを示していない」
「ならば、これからお前の傍に置き、見ていけば良い」
「信頼していない者を傍に置く気はありません」
「ミオン!それでは話が進まぬであろう!」
本当にこれが自分の母親で、一国の王太后とは、哀しくなるな。
「最低条件は満たせば良いだけですよ」
「最低条件?」
「お忘れですか。当代の大魔導主より強いこと、です。歴代がやってきた試合をして示せば良い」
……あぁ、成る程。
先代の大魔導の主は第二妃だった王太后肝煎りだったな。先王が亡くなってすぐに入れ代わった。
それがたった数年で幼い子供に奪われた。
そう、幼い子供に……王と同等の権限が奪われた。
王不在だ。全権、渡ってしまったと言っても良いぐらいの事態。
まぁ、これまで次期王となる私の代わり好き勝手してきても、口出しされなかったのだが。
ずっと、取り返したいと思ってきたのだろう。
気位だけは高いから、子供に全権を奪われたことが屈辱だったに違いない。
それで新しい、優秀な魔法使いを育てたか。
体制が自分の思い通りになり、息子が王となったことで権限を取り戻したと思い、大魔導の主もその権限で無理矢理変えようとしてきたのだ。
「当代?そんな者何処にいる。力だけはあった様だが、どうせ卑しい孤児だ。あの試合の後、我々の前に一度も姿を現しておらぬ。何処ぞで野垂れ死んだのであろう」
確かに姿は見ていないが、だからといって死んだと判断するのは軽率だよ。
「何処にいるか。見つけ出すのも素質ですよ。……大魔導主になりたいなら、捜せ。死んでいるなら明確な証拠を、生きているなら試合をし力を示せ。話はそれからだ」
話は終わり。
執務室に戻る。
王太后が何か言っていたが、ニュイテトワレに止めてもらったから聞いていない。
魔法使いは何も言わず、もう一度私に頭を下げていた。
その時に見えた、フードから垂れた髪が赤かったのは気のせいか。
不気味な存在だ。
ディナに、何も無ければ良いけど……。