2、生きる理由
聞こえた声は、まったく知らない声。
けれど、何故かしら……。
何処か懐かしさを感じた。
昔から感じていた寂しさの様な、空虚を埋めてくれた。
知らない筈なのに、私を満たす。
あなたは、誰なの……?
【危ない魔法使い】
「昔も言っていたね。声が聞こえるんだって」
そうだった?
ガンと二人になれた時に、聞こえてきた声の話をした。
返ってきたのは、私の覚えていない昔の話。
「その声だけがこの寂しさを埋めてくれるんだって。それを聞いた当時の僕も嫉妬したよ」
何故かずっと感じていた寂しさを埋めてくれたのは、ガンだと思っていたのに。
随分、可愛くないことを私は言っていたのね。
昔も聞こえていたの?その声が。
覚えていないわ。
昔からなら、お父様やお兄様にも話していたのかしら?
聞こえなくなったのは、いつから?
「そんな不思議なら覚えていても可笑しくないのに……何故、忘れてしまったのかしら?」
「……四、五歳だから、忘れても可笑しくないよ?」
一度、二十歳を越えたし、死も体験した。
可笑しくはないのか……。
年齢だけなら十年前でも、実質その倍以上が私の中で過ぎているものね。
「そうね」と返した。
ガンには、私が一度死んで、時間をやり直していることを話すべきかしら……。
このままだと自分は死ぬことを話したけれど、何も言っては来ないし。心配はしてくれているから、身を守れる物を用意してくれるのだろうけど、それは私が不安に感じているからかもしれない。
無神経なところがあるから、始めは笑われてしまいそうだが、真剣に話せば、きっと信じてくれる。
……精神がオバサンだと思われないかしら?そこは少し心配だわ。
「どうしたの?浮かない表情しているけど」
それに、ガンを責めることにもなりそう。
「別に……ガンは覚えていることが多いのに、私は沢山忘れているから」
「何?拗ねてるの?」
そういうことにしておくわ。
もう少し、考えるべきね。
私の知らない、かつてのガンのこと。現在のガンをもっと知っていけば、分かることもあるかもしれない。
だって、かつてのガンは……陛下は、私を殺さなかったのだから。
隣に座るガンに凭れる。
拗ねている風を装うなら、唇を尖らせた方が良いかしら。
と思ってしたら、「可愛いなぁ」と抱き締められた。可愛くないわよ。
米神や頬には口付けられる。
……婚約者なのだから、口にしたって良いのにしないのよね。触れ合いは多いし、口以外には沢山キスをしてくるクセに。
少しだけ、遠慮がある気がする。
私からしてやろうかしら。……心の準備が出来たら。
私達の関係が深まったことは、たまにしか行かない酒場の者達にも気付かれていた。
ディルは自衛能力を強くされているらしいから、私を一人で行かせるより安心だと任せてしまっている。
念の為に、と酒場の近くに暮らしているジェリーとジュジュに送り迎えを頼んでいるのだが、皆からは恋人が護衛に雇った者達と認識されていたのだ。
私は前に襲われたので、ガンが行ける時だけと約束させられた。
それであなたに何かあったらどうするのよ。他の誰より安心ではあるけれど……。
たまに二人で行くと、冷やかしの嵐に襲われる。
私が行く時にしか彼も来ないものね。
冷やかしは無視が出来るから、かまわないわ。
セィからの過度な触れ合いがガンのおかげで無くなったから。
当初見たガンは、物凄い笑顔だった。
笑顔で、私の……胸を触るセィの頭を鷲掴んだ。その手に力が入っているのが目に見えて分かる程。握り潰す勢いとはああいうのを言うのだと知った。
酒場にセィの痛みを訴える叫びが暫く響いていた。
女にも容赦しないタイプだったのね。私には甘いから、知らなかった。
それ以降、セィからの過度な触れ合いは無く、他の客に肩を引き寄せられそうになることも、尻を触られそうになることも無い。
「ディアーナさぁん、恋人さん超怖いんだけどぉ」
料理を運んだ後に近寄って来たセィが内緒話をする様に言ってくる。
あれ以来、ガンはセィを警戒し、セィもガンを警戒していた。
特に私にセィが近付くとガンが威嚇?をしている状態。
隙を見て、こうして声を掛けてくるしか話が出来なくなっていた。
セィは根本的に悪い子ではないのに……。
ガンの視線が此方に向いて、いそいそと離れるセィ。笑顔で私に手を振るガン。
仲良く出来ないかしら?
関係が良くない理由が、私の所為なんて言われたくないもの。
仕事が終わって、いつもなら店の前でセィとは別れるのだが……。
「今日はぁ!この後ぉご飯ご一緒しましょぉ~!」
腕に抱き付いてきた。
夕食の誘い?
「駄目だよ。帰りが遅くなる」
「良いじゃないですかぁ~!恋人さんばっかぁズルイですぅ!!」
「残念、恋人じゃなくて婚約者だよ」
「だったら、その内一人占めするんですからあ!一日ぐらい譲ってくださいよぉ!」
「え?嫌だけど?」
「ぶぅ~!」
何のやり取りかしら?これは……。
どちらも成人しているのに、子供っぽい。
私を挟んで止めてほしいわ。
まぁ、一日ぐらいなら良いのではないか、とは思った。
いつの間にか友人になっていたセィだけれど、女の友人から誘われての食事は初めてなので行ってみたかった。
「行ったら、駄目かしら?」
「ディナ……」
「遅くならない様にするから」
「僕が付いて行って良いなら、良いよ」
セィに目を向けたら、笑顔が返ってきた。
良い、らしい。……良かった。
三人で向かったのは、夕食時から開かれる屋台街。
食べ歩きも、席に座っても、食べられる場所。
セィはよく来る様で、一つ一つ店を紹介してくれる。どんな料理が名物だとか、これは止めた方が良いとか、聞いているだけでも楽しい。
各土地の郷土料理などもあって、目移りしてしまう。
見て回っている内に人も増えていき、自然とガンと手を繋いでいた。
「仲良しさんだなぁ」とセィには笑われてしまった。
はぐれる程の人の量ではないが、安心するのだから、冷やかしは甘んじて受ける。
セィのお勧めのは、魔導大国の西の土地の果物をソースに使った風味が良い肉料理。ソースの仄かな甘さとの組み合わせで風味の良さが引き立てられて美味しかった。
ガンのお勧めは、魔導大国の南の土地の特産を使ったスープ。出汁が効いて、少し辛みのある味付けがクセになりそう。こちらも美味しかった。
別の土地の料理を同時に味わえるのも良いわね。
ブランシュの領地は東側にあって、草原と森林の多く、魔道具の普及率を除けば魔導大国では一番住み易い環境。農業が盛んで、食材が豊かだから食も一番だと思っていたのだけれど……他の土地の料理も美味しい。もっと試したくなる。
実際にもその土地に行って現地の空気を感じながら食べてみたくもなった。
そんな話もして、楽しく、夕食を堪能した。
屋台だから、軽く早く済ませてしまうのかと思ったけれど、長く居座ってしまった。
女の子を一人で帰す訳にはいかないから、ガンと送ると言ったが、「あたしはこっちだからぁ、またねぇ!」と勢い良く去って行く。
追い掛ける間も無い。
人混みの合間を驚く程早く通り抜けて行くのだから。
唖然としてしまう。
ガンと顔を見合わせ、肩を竦める。
彼女らしいといえば彼女らしいので、とりあえず無事に帰ってくれることを祈るしかなかった。
セィの家は住宅街にあるだろうことしか知らず、無事に帰れたかは確かめようがない。
私達も、その後は真っ直ぐ帰った。
真っ直ぐと言っても、少しの時間、私の部屋で共に過ごす。
時間を共有出来ることは嬉しいが、楽しい話ばかりではない。
政について。王となり、見せられる書類が増えても明らかに嘘の多いと解るものばかりで頭を抱える日々らしい。
貴族達が私腹を肥やしている筈が、書類上では十分過ぎるぐらいの国民への支援がなされ、更に税も低く表記されていたという。
「王太后も貴族達も、余程……僕が何も知らない馬鹿な王だと思っているらしい」
皮肉っぽく笑うガンが痛々しく見えた。
第二妃……王太后となった母親にまでそう思われていることに哀しみや憤り、色々な感情が彼の中で鬩ぎ合っているのだろう。
下手な慰めの言葉は反対に傷付けることになる。
投げ掛ける言葉に迷いながら、「ガン」と呼ぶと皮肉っぽさの抜けた力無い笑顔を向けてきた。
「都合の良い王を作り上げたいのだろうね。勿論、そんな王にはなる気は無いけど……」
「私も、力になるわ」
何が出来るかは未だに分からないけれど、あなたの力になりたい。
必ず、何か出来る筈。
「いてくれるだけで力になっているよ」
ガンはすぐこういうことを言って甘やかす。
私は本気なんだから!
と思っている内に、抱き締められる。
人前でする甘やかす抱き締め方ではなく、自分が甘えたい時の抱き締め方。
腰に手を回して、私の肩に額を押し付けてくる。
「君がいるだけで僕は……」
すぐ近くで聞こえるガンの声。
いつもより甘く聞こえる。
手が、いつもと違って腰を撫でてきた。
何だろう、少し変な気分になる。
「ぁ」と小さく声を洩らしたら、胸と胸が重なり密着率が上がった。
「僕は、君がいるだけで良いんだ。他には何もいらない」
「ガン……?」
「ディナが思っている以上に僕は君のことが好きだよ。愛している。だから、早く……君と一つになりたいと思うし」
「ひ、一つに、って……」
「赤くなって可愛いね。妻になってほしいって言ったんだから、そういうことも考えているよ?僕は」
話!変わってない!?
「今、そんな話してたかしら?」
「ん~……していないけど、こうしてディナと一緒にいると、ね」
知らないわよ。
「真面目な話、夫婦になるんだから覚悟決めといてね。全て片付けてから……するから」
何処が真面目な話なのだが……。
「国を変える。ううん、元に戻す。そうしたら、きっと君は無事だ。頑張るから、出来たら……ご褒美頂戴?」
本当に、何処が真面目な話よ。
でも、生き残りたい理由は多ければ多い方が良い。
私も、もっと頑張れるから。
「……そんなの、幾らだってあげるわ!」
あなたが、私の生きる理由になってくれたら、それが一番嬉しい。