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危ない魔法使い  作者: 一之瀬 椛
三章
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1、聞こえた声


婚約者でいる期間は、私が十六歳となるまでの約八ヵ月。

良日を選び、他の予定と重ならない様に式を行うので、そこに二ヵ月程は足されるだろうか。


かつては、逢いたい者もおらず、やりたいことも無く、言われるがまま城に残ったが今回は違う。

逢いたい者はいるし、やりたいこともある。

婚約者としての期間は、ブランシュ家の屋敷(タウンハウス)で過ごすことにした。正式な婚約者となったことで、より深い教養が必要となるので頻繁に城には通うことにはなるが。

ガンも、今は落ち着ける場所で過ごした方が良いと賛成してくれた。

今までみたいにすぐに逢える場所にいないこと、二人きりではなかなか逢えないことはお互いに残念には思ったけれど……。


私達にとっての戦前の、静かな時間が始まった。









【危ない魔法使い】









屋敷(タウンハウス)の自室は居心地が良い。

城の部屋は他の王妃候補者の部屋より装飾は質素な方ではあったが、屋敷(タウンハウス)と比べるとやはり豪華だった。

ゆったり過ごすのに、身の周りが煌びやかだと落ち着かない。

城での教育時間が終わった後だから余計にそう感じる。


「私にはこれぐらいが丁度良いわ」


派手な装飾は無く、落ち着いた色合いの家具に囲まれた部屋でお茶の時間を一人楽しんでいた。

こうした時間は、かつては無かった。

初めて学ぶことばかりで詰め込むことに必死だった。体調も悪く、味方のいない中で集中力も保てず、覚えられずに時間ばかりが過ぎていったのだ。

今は、体調も良く、全て一度学んだことを復習しているだけ。滞ること無く授業は進むので、だいぶ時間にゆとりが出来ている。

二度目の良さね。

お兄様が仕事で忙しくなければ、共に過ごしたかったのだが仕方がない。


何も無いと思うぐらい平穏に、月日は過ぎていく。

一年目、二年目と季節の移ろいを見てきたが、年を跨ぐと流行りに合わせて違う物が店に並ぶので楽しさがある。

エオと共に楽しだ頃が懐かしい。

城に上がってからは、季節感は窓から見る景色と庭ぐらいだった。後は、抜け出して見た街だけ。一人だとあまり楽しさは無かった。


「ディナ、これなんか良いんじゃない?」

「ガンの美的感覚(センス)どうかと思うわ」

「え?」


奇妙なお面を手にするガンを冷めた目で見やれば、動揺した表情をする。

すぐに表情に出るタイプね。

呆れより、可愛さを感じてしまうから、私もだいぶ逆上せている。


何ヵ月も前に、王に即位した者とは思えない。

戴冠式に赴く彼の表情は、私の知るガンとは別人の様だった。

美しくはあったが、無機質な宝石を彷彿とさせた。それが、私を見ると血の通った人に戻る。

今、私の前で笑ってくれている様に。


王になってからも、多くは無いが、彼は内緒で私に逢いに来る。

私にディルがいる様に、ガンにもいる様で、たまにこうして二人でこっそり抜け出していた。季節の移り変わりを楽しむ為に。

景色を見に行くこともあるし、街を見て回ることもある。


今は、街で店に並ぶ物を見ていた。

春も間近で、先取りした春の小物や、祝祭用の品々が並ぶ。

先程、ガンが手にしていたお面もその一つだ。


「じゃあ、これは?」

「こっちは可愛い」

「う~ん、僕の分とで二つ買おうか……」

「無駄遣いは駄目!」

「えぇ~!?」


祭の当日は、ガンは王として祭事に出なければならないので、祭のお面を買っても使いどころはない。勿論、婚約者の私もガンと共に祭事に出ることになる。

思い出に残しておきたい気持ちは解らないでも無いが……。

「仕方がないなぁ」と折れたガンと肩がぶつかる。

残念そうに言うが、私が駄目だと言うのは初めてではないので、今回も言われるだろうことは解っていた様だ。

手を繋いで、他の店も見に行く。


二人で過ごす時間は楽しくて、終わるのが早い。

婚約者になる前と違って、別れ際には()()を約束するから……寂しさはあっても楽しみも出来る。

今度は、すぐに守られる約束だから。


私達の仲は、着実に深まっていた。


第二妃とその周囲の者達は良い表情はしていないが、今のところ私が問題になる様なことを起こしていないので強く何かを言われることはない。

ただ、私を見下している貴族のご令嬢方はガンに主張(アピール)している。

婚姻するまでは幾らでも見直せると考えているのか。婚姻後も、第二妃、第三妃と妃の座に着くことを考えていても可笑しくない。

かつても、部屋に引き籠っていたから気付かなかっただけで主張(アピール)があったのだろうか。

ソフィア嬢はガンに接触して来てはいない様だが、アナベル嬢以外の王妃候補だった三人は接触していた。彼女らの親は、城で重要な位置に着いていて、第二妃の許可も得て、堂々と城を出入りしている。

私との親密さを見せる為に彼女らの前で抱き締めてくるのだか、彼女らからの視線が痛い。美しいご令嬢達の、嫉妬に満ちた形相は本当に怖いから刺激してほしくはないわ。

抱き締められること自体は、逢う度にされるから慣れてはきたけれど。

彼女らの前では、流石に私から抱き締め返す勇気は無かった。

そういうところがつまらないのではないかと声を掛けているご令嬢もいた。豊満な身体を使って色香で迫るタイプだ。

ガンは少し困った様に相手をしていたが、私にはそれも人生経験だなと他人事の様に思っていた。いや、ご令嬢達の処世術は勉強になる。生き残る術として、私にも出来そうなことは何処かで役に立てたい。

それを伝えたら、「ディナのそういうところ好きだよ」とガンには苦笑いをされた。ご令嬢達に迫られていたのを黙って眺めていたのがいけなかったわね。ごめんなさい。


婚約者として同伴し、夜会に参加することがある。

ダンスを誘ってくれるかと少し期待しているのに誘いはない。ガンが他のご令嬢に誘われても断り、隣にいてくれるので気にはしない様にしている。

でも、煌びやかな大広間の真ん中で踊ってくれるのではなかったのかと夜会の度に思ってしまう。

カティとネヴィルに頼んで、派手にはなり過ぎず、だからといってガンと並んでも見劣りしない様にドレスやアクセサリーを作ってもらっていた。

少しではなく、結構期待しているのはないだろうか、私は。


その期待には裏切られ続けているが、他のことで喜ばせてくれる。

魔法の使えない私には、魔法は神秘。

性質の違う魔道具を贈ってくれる。

身を守る物としてだが、以前くれた風の魔道具と同じでアクセサリーにもなる魔道具だ。

私に似合う様に作ってもらった、という。

高価な物だから幾つもとなると気が引けたが、ガンが私を想って贈ってくれたことが嬉しかった。

死なない為には素直に貰った。

この分は、何かでお返ししていこう。ガンに、そして国に。


そうして平穏に過ごす日々が続いていくのだが、私が正式に婚約者になってから大魔導主が姿を見せなくなった。

気紛れではあっても、半年近く過ぎても顔を出さないことはこれが初めて。

ガンにも相談したら、彼にもあの男のことはよく分からないという。当代の大魔導主は王家と関わりがまったく無かったのだと。

ガンと共に、大魔導主と出逢った場所にも行ったが居なかった。

前に、長く顔を見せなかった時とは違う気がする。

林檎を、部屋に用意していても減らないのだ。

国一番の魔法使いに何かあったとは思えないが、心配になった。

良くないことが知らない場所で起こっていなければ良いのだけれど……。

ガンが他の協力者達に捜してほしいと頼んだが、相手が相手だから期待は出来ないという。

私が目撃情報を得られたのはとても運が良かったねか、大魔導主が故意に今いる場所を知らせたのだろう。……後者の可能性が高い。

本当に、何処に行ってしまったのか。


大魔導主については、思うところはある。

やはり、印象とは違うこと。

あの男が、私の為に泣く……?

逢って言葉を交わす程に、私に対する想いの薄さを感じた。

確かに、死んでほしくはないとは思っている様ではあるが、死んだとしても泣く程では無いだろう。

だが、泣いた。

私が死ぬことで、あの男をそこまで揺るがす何かがあった?


『俺の“カミサマ”の為に生きて』


ふいに、思い出した……夢。

夢、だと思っていただけで、違ったのかしら?

私の髪を撫でて、普段のあの男を考えたら、有り得ない様な寂しげな声だった。

“カミサマ”……。

私が死ぬことで、その“カミサマ”に何かあった?

泣いていたのは、“カミサマ”の為?

私と、何か関係がある?


「気になるじゃない……」


問い掛ける相手は何処にもいない。

“カミサマ”のところへ行ったのだろうか。

実際の神ではなく、あの男がそう想い、泣く程大切な人、なのだろう。

生き残れば……生き続ければ、私もその人に逢えるかしら?

逢ってみたい。

逢いたい、あなたに。



───俺も、だよ



……え?

始めは耳から聞こえたのかと思って周りを見回したけれど、ここは自室で、私一人しかいない。

頭の中に、声が響いてきたのだとじわりじわりと気付かされる。

今の声が……“カミサマ”?

何故、私の頭の中に声がしたの……。

あなたは、いったい誰?

思っても、もう何も聞こえては来なかった。






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