23、僕が棄てるモノ(side.G)
今すぐ抱き締めたい衝動に駆られ、拳を握る。
代わりに返すのは、笑顔一つ。
その一言は……その想いは、変わらないでいてくれるんだね。
変えなければならない刻の中で、変わらないことを喜んで良いのか。
少し迷いはあるけど、君がまた同じ選択をしてくれるなら……私は前と違う選択をするよ。
君を護る為に
大切なものを一つ、棄てる。
【危ない魔法使い】
「ミオン、話がある」
王妃候補者達の宮から戻ると、第二妃に呼び止められる。
話の内容は大体想像はつく。
ソフィアとちゃんと話をして誤解を解け、とあの一件以来ずっと言われていたから。
何が、誤解なのか。
誤解をしているのは、第二妃達の方だ。
私はソフィアを自分の妃にするつもりは無かったのに……。
ミュロスは第二妃のお気に入り。その娘であるソフィアと私を親密な関係にさせたいのは大分前から解っていた。ソフィアの弟が生まれ、家を継がせる必要が無くなる前から。何れは嫡男を作り、ソフィアを王妃に据えようと考えていることも明け透けだった。私がソフィアを妹の様にだが、可愛がる様子を第二妃もミュロスも満足気に見て、将来を口にしていたのだから。
当初はその意味に気付かず、兄にも……気を持たせることはしてはいけないと注意されていたのに。期待を煽ってしまっていたなら、そこは私の不徳だ。
だが、一度として私の想いを聞いてはくれなかった、聞こうともしなかった第二妃に全てを決められたくはない。私の幸せが、自分の思う幸せと同じと思い込んでいる人だから。
王の様に、心から愛する女性を自分で見付けようと思っていた。それを口もしてきた。勝手に、その相手をソフィアだと思い込んだのは第二妃達。違うと言っても、子供の照れ隠しとソフィアを煽り、けしかけてきた。
その度に、想う彼女の名を口にしたかったが、まだ私には彼女を守る力は無かったから出来なかった。彼女をまた危険に晒すことはしたくなかった。
「話?母上に言われた通り、ミュロス公爵令嬢とはちゃんと話しましたよ」
「お前は……!ソフィアが泣きながら私の元に来たのだぞ」
ディナとの時間が終わって戻ってみたら、いないとは思ったけど……第二妃に泣き付きに来たのか。
「あの子がどれ程想っているか解らないお前ではないだろう?」
「えぇ、解っています。だからこそ、私の気持ちも理解してほしいと伝えました」
「お前のことは私がよく解っている!その上でお前に相応しいあの子を傍に置ける様に手を尽くしているのだ」
……笑える。
「……ふ。母上は私の何を解っておいでで?」
「全てだ!」
何一つ、具体的には答えないじゃないですか。
「だとしても、前にも言った様にソフィアを王妃にする気はありません。約束を違えるのであれば、私が王になることもない」
私は、王に相応しくはないのだから。
断言したことで、苦虫を噛み潰した様な表情で黙ってくれた。
無下な言い合いは時間の無駄遣いになる。
それなら、ディナのところに行って、もっと話をしたい。
「ここから先は、私も彼女らと話し、人となりを知り、王妃に相応しい女性を選びます。私に相応しい女性というだけでは王妃は勤まりませんので」
第二妃と、これ以上話をするつもりはなく、部屋に戻る。
最近は、第二妃と話すだけで疲れる。
その周囲の者達と話していても、だ。
自分だけが余所者の様に感じて仕方がない。
ディナのところに行きたくなる。
彼女と一緒にいる時だけが今の私の癒し。自然体でいられた。
つくづく、自分は王の器ではないとも実感させられて、安心するのだ。
だからこそ、彼女を王妃にするつもりはない。
そう、王妃にはしない。
その為に、必要なことをしていかなければ。
もっと、手を貸してくれる仲間がいる。
今日話して解ったが、恐らくアナベルは力を貸してくれるだろう。
ただ、父親が曲者だ。第二妃に取り入り、貴族になった上、公爵位まで得た男。
兄の方も、父親に習い、第二妃に従い……私の兄の監視をしていた。名目上は護衛だったが。
二人を尊敬しているアナベルに全てを明かして協力を求めるかとなると考える。
……保留、かな。
ディナとも相談しようか。友人になれた様だから。
ジェリーとジュジュは、既に協力関係にある。
ディナによくしてくれているという、カーティスとネヴィルが良いかもしれない。貴族優先に思うところがある様だし。
ニュイテトワレは何も言わないが、間違いなく力にはなるだろう。私の味方にはなってはくれなさそうだけどね。ノワール家も。
後は、ブランシュ家。ディナをここまで守ってくれたが……。
魔導大国きっての三家の内、二家が協力してくれたなら、かつての国の在り方を取り戻せる可能性が高い。
さて、誰に声を掛けるのが正しいか。
見えているままであれば、苦労はないのだけど……。
「物思いに耽ってるとこ悪いが、邪魔すんぜ」
本当に、邪魔だね。
「これでも一応次期王の部屋だよ。そう簡単に何度も入って来られたら困るんだけど」
「俺を阻むもんが存在するとでも?」
しないけど、私事権利は守ってほしいよ。
不満な気持ちを込めて見やれば笑われるだけ。
まぁ、彼から来てくれたことは有り難い。
普段何処にいるか分からないからね。
前に訪ねた場所に行っても居なかったから、困っていた。
「もういいよ。それより、聞いても良い?」
「勿論、その為に来たからな」
どうせ、聞きたいことも解っているんだから、その手間も省いてくれると有り難いな。
意地が悪い。
「……ディナは、自分の死んだ記憶を持っているよね。それは何故?」
「あいつの魔力の性質だ。詳しくはまだ他人であるお前に話すことは出来ねぇ」
「他人って……。なら、その記憶に大きな欠損があるのは?彼女の中には……僕と再会した記憶は無い様だった。僕の記憶を消した?」
「俺はお前に言われたことしかしてねぇよ。あいつの死、存在しない未来を否定し、それを刻み変えるのに十分な時間を用意しただけだ」
「なら……」
「俺じゃない、としか言えねぇな。だが、忘れているのは一時的なこと。あいつが持つものはあいつ自身が手放さない限りは無くなりはしないからな」
じゃあ、彼女の意思でないなら、私との想い出もいつかは戻ってくるということか。
「そう。……ディナが、また私の妻になってくれるって言ってくれたよ」
「良かったじゃねぇか。それが鬼門であろうと、別に一本道って訳じゃねえんだ。迷わねぇように、今度は一人で進むなよ」
「じゃあ、誰を仲間にしたら良いと思う?」
「自分で考えろ」
味方になる人も教えてくれない。
「せめて、一人ぐらい信頼出来る人を教えてよ」
期待はしていないけど、一人でもと思った。
胡散臭くても、嘘だけは吐かないから。
「…………マ」
「え?」
「“カミサマ”だ」
神様?
まさか、本物の神様のことじゃないだろうね。
詳しくって言っても、情報はくれず。
期待はしていなかったから、良いけど……。
ふらりと出ていく彼の背に「ありがとう」と言うぐらいしか出来なかった。
困った存在だよ。
結局、彼が来てくれても分かったことなんて殆ど無かった。今までもだ。答える気なんて無いのだから。
様子だけは直接見に来る。
優しさというより、義務みたいなものだろうね。
彼自身、苦悩しているのかもしれない。
時間を、取り戻す為に協力してくれたこと自体が奇跡。言葉をくれることも幸運なのだから、それ以上を期待する方が酷だ。私達も、大きな対価を支払う必要まで出てくる。私の支払えるものなんて知れている。ディナまで、となることだけは避けたい。避けなければならない。
貴方が居てくれたら、きっと全てが上手くいくのに。
真に、王になるべき人がいた。
小箱の記憶の通りなら、もうその未来は望めない。
貴方の無念を、私が晴らしたら許されるだろうか。彼女を幸せにしたら、貴方は私のことを……。
『お前は何も手放す必要はないよ』
貴方はそう言ってくれたけど、私は手放す必要がある。
『護り切れないものがあるなら俺が護るから』
なら、貴方の護り切れないものは私が護る。
大丈夫、贖罪の気持ちだけじゃない。
私は彼女を愛しているから。
王妃となる者を決めるまでの一月。
私もまた戴冠式に向けての準備があり忙しくなり、決して多い時間ではないが候補者達に逢いに行く。
心は決めてはいても、どんな理由であれ、私の為に集まってくれたのだから誠意は示したかった。残念なところを多く見ることになってしまったけどね。
聞いていた話では半数の候補者がソフィアを王妃にと考えていたらしいが、この間の態度の所為かな。主張が激しい。自分が王妃になったら、これだけのことが出来る。私をどれだけ楽しませることが出来る。そんなことばかりを口にする。
他の候補者の悪いところや陥れることまで言うものだから、呆れていた。特にディナを貶すことを聞くと気分は悪くなる。
日に日に身に付ける物が贅沢になっていくし、悪いけど王妃になるべきではないね。
ソフィアは……私の顔色を伺ってばかり。原因の半分は私にもあるけど、妃の立場にはなるべきではないと思う。危険な要素を持っているから。
ディナとアナベルぐらいだね、穏やかに時間を過ごせるのは。いや、二人は二人で穏やかとも違うか。
アナベルは剣の鍛練の相手をさせられて、ディナは私が彼女に触れたくなってしまうから落ち着かない。楽しくはあるから、良いんだけどね。
そうして、過ごして、私はディアーナ=ブランシュを次期王妃に決めた。
評価はソフィアにも劣らず、国を……国民を想う気持ちも強い。申し分無いだろう、と。
身分のことを口にする者がいたが、歴代の王達が貴族と結婚していないのに何故私だけが駄目なのかと問えば、納得の出来る答えを出せる者は誰もいなかった。
当然だ。
血を問うなら、歴代の王達に入る……彼らのいう卑しい血のことまで問わなければならない。その血を引いているとする、私の血までだ。
王となる私への侮辱になる。
第二妃もこのことについては何も言えない。……前と、同じだ。
それとは別に、ディナには品性が無いと言ってくるのだろうね。
脚を剥き出しにして木を登る娘だから、品性には欠けるところがあることは否定はしないよ。そういうところも含めて好きなんだけど。
ディナは、堂々と私の隣に立ってくれた。
その様は品性を問われるものではなかった。「凄い変わり映えだね」と笑ったら、睨まれちゃった。
睨まれたけど、惚れた弱みかな……可愛くて仕方がない。
私は、婚約の儀でもう一度誓った。
他の大切なものを棄てることになろうと君だけは護ると。
それが……実母であろうと、君を死なせたりはしない。
小箱を残した、実母を棄てられなかった私の最期の望みでもある。
きっと、どの道を選ぼうと、私は愚か者だ。
第二章……完