22、私の選ぶ道
ガンの大事な話は私達のこれからについてだった。
驚いたけれど、やはり信じたいと思った。信じて、共に歩みたい、と。
今度は、待つだけなんてしない。
今度は?
……あぁ、きっと、ガンの迎えを待つだけだったことへの後悔ね。
少し、予定が狂っちゃいそうだけれど、あなたがいるなら頑張ってみようと思う。
【危ない魔法使い】
候補者としての教育期間が終わりに近付き、周囲は落ち着かない雰囲気になっていく。
私とアナベル嬢は特に気にせず、お茶をしていた。
お茶をするまでの仲になったわよ。
「あら、アナベル嬢のお兄様はこの王妃候補の件乗り気ではなかったの?」
「私が騎士として生きることを望んでいるからな。兄上は私の意思を尊重して下さっている」
しかも、家のことも話してくれるまでに!
凄く進展して、初めての同性の友人と言っても良いのではないかしら?
「しかし、親類筋が五月蝿くてな。我々の家は元は貴族ではないから、せっかく貴族になれたのに今力を持つ第二妃や貴族院に睨まれて立場を悪くしたくないんだよ、奴等は」
貴族社会も大変ね。
勿論、アナベル嬢を王妃にする為ではなく、貴族院の筆頭であり、第二妃お気に入りのミュロス公爵家ご令嬢の引き立て役の候補者になれという意味合いらしい。
同じ公爵位を持つ家でも扱いには差がある様だ。
アナベル嬢はとても素敵な女性だから、引き立て役どころか主役だろう。
と思うが、その引き立て役はしていない様に見える。大丈夫なのだろうか?
「王族だろうと貴族だろうと顔色を伺う必要は無いというのに……」
「そうなの?」
「グリーズは国防の要となる三家の一つ。グリーズ家がそっぽを向けば、困るのは国の方さ」
なるほど。
その三家については、私も知っている。
建国時から常に他国に狙われ続けてきた魔導大国を守っていたのは、グリーズ、ノワール、そして……我がブランシュの三家。
何れかが崩れることがあれば、忽ち他国の侵略を許すことになると云われる程に重要な家系なのだ。
貴族ではなくとも、私が王妃候補になれたのはそういう家の娘であったからでもある。
……そっぽを向く。つまり、国を守らないということ。
確かに困る。
だから、引き立て役は無理にする必要は無いのね。
とはいえ、親戚筋との関係は悪くはしたくなかったから候補者にはなったという訳か。次期当主になる兄君の為に。
グリーズは分家の多い家だから、関係が悪くなると、今後それを纏めることになる兄君には大きな負担になってしまう。
これまで話で兄君をとても尊敬しているのは伝わってきた。私もお兄様を尊敬しているから、解る。
少しでも、力になれたらと思うのだ。
「本当に、何故顔色伺いをしなければならないのだろう。三家の中でもグリーズ家は、王家の“第二の心臓”と呼ばれる程の存在なのにな」
王家の、“第二の心臓”?
そんな風にも呼ばれていたの?グリーズ家は。
それだけ重要ということだろうか。
なら、もっと王族も優遇しても良さそうなのに……。
訳が分からない。
「私の扱いの酷さもよく分からないわね」
ブランシュも国にとって要となる家だというのに。
「いっそ、家に全て報告して、グリーズとブランシュで同時にそっぽを向いてやろうか?」
「ふふ、面白そうね」
本当にやれば笑い事では済まされないが、私が生き残る為の手段の一つにはなるかもしれない。
他愛なく笑って、お茶を飲んだ。
「それは流石に困るよ、お嬢さん方」
……っ。
ちょっと止めてよ。
吹き出しそうになったじゃない!
いや、今は、そうじゃないわね。
吹き出さなかった代わりに噎せることになった私の背中を撫でながら「ごめん」と謝ってくるのは、ガンだ。
「……殿下?」
アナベル嬢はそんな彼を見て、目を丸くする。
話を聞いても半信半疑ではあった。王族とも面識のあるアナベル嬢が言うのであれば間違い無い様だ。
普段からも良い物だが、この日は普段以上に高価な物を身に付けていた。白地に金の刺繍と高価な宝石があしらわれた服。眸は薄紅だが、白金の髪によく映える。
ガンは……グランは、王太子殿下だった。
名前は、グランディミオン。
騙された気分は拭えないし、複雑な気分にもなる。
かつては知らぬ間にガンと結婚していたのだ。
それに、現在はまだ起きていないことではあるが、同じことが起こった時に今度は信じてくれるだろうか。
そもそも、現在私を知っているガンなら、かつても知っていた筈。
何故言ってくれなかったのか。
言ってくれていたなら、もっと変わっていたのではないか。
ガンと共に、と決めてはいてもまだ消化し切れないところはある。
やはり、一発は殴っても許されるのではないだろうか。
目の前でガンとアナベル嬢が挨拶を交わす様を眺めながら、気持ちも共に落ち着かせて、私も立ち上がり挨拶をした。
その頃には、王太子殿下が来ていると周囲にも知れたのか、他の候補者達やここの各所の長も集まって来ていた。
突然の、王太子殿下の来訪に各所の長達の動揺が見られ、私達以外の候補者達は嬉々とする。
特にソフィア嬢は愛らしさある表情で、頬を染めて近付いてきて、美しい挨拶で出迎えた。
「久しぶりだね。怪我の具合はどうだい?」
「ミオンお兄様、お久しぶりです。この通り、もう問題ありませんわ」
「そう……良かった」
会話はそこまで。
もっと言葉を貰えると思っていたのだろうか。ソフィア嬢は「お兄様」と呼ぶが、ガンは彼女や周囲の者達の期待には応えず、他の候補者とも一言二言交わしていった。
それが終わると、場所を移した。
ガンと私達候補者が同じテーブルに着く。
「今日まで顔を見せず、すまなかった。私が来ると君達の気を散らしてしまうと思ってね、様子だけは見せてもらっていた。……直に、君達の中から私の妃を決めることになる。残り少ないが、これから君達一人一人と向き合い、君達を知る時間を作ろうと思う。そして、君達には私のことも知ってほしい」
王太子としての、ガンと過ごす。
かつては碌に言葉を交わせなかった気がするから、少し嬉しい。
一人一人を知ることで、ガンが別の人を選ぶ可能性があるとは思うと寂しさはあるけれど、私より良いと思う人がいるなら、受け入れるだけ。
「今日は突然だけど、少しだけ付き合ってほしい」
思わぬことに喜ぶ候補者もいた。
私も小さく喜んだ。
各々五分程度の時間。
次からはもう少し長いらしいが……。
砂時計を持った使用人がいて、警護や付きの侍女も傍に控えているので、完全に二人きりではないが、王太子殿下と時間を過ごせる機会はそうあるもので自分の順番が来るのを待っていたリリアーヌ嬢、ルネ嬢、キャロライン嬢は落ち着かない様子だった。
少し、期待している様にも見える。
ソフィア嬢を応援はしていても、王太子殿下の目に留まることを夢見ていたのかもしれない。私の傍の席に座っていたキャロライン嬢が口を滑らせていた。「私が殿下に気に入られたら……」と。
待つ時間としても、五分はあっという間。
一番目のソフィア嬢の時間が終わり、ガンと戻ってくる。
ただ、ソフィア嬢はまだ終わらせたくないのか、「待って!待って下さい、お兄様!」と追い縋っていた。
「もう終わりだよ」と引き剥がして近くの侍女に押しやり、次のアナベル嬢に声を掛けて出て行った。
ソフィア嬢はずっと泣いていた。
……何か、あったのだろうか?
そんな様子を見たから、余計に他の候補者に期待させてしまっている。
ソフィア嬢を慰めながら、見えないところで笑顔だった。
離れて見ていた私には、それが見えて……呆れた。
また五分が経ち、アナベル嬢が戻って来たので話を聞いた。
庭を歩きながら話をしたのだという。
内容は、王妃教育は辛くないかとか、アナベル嬢の兄君のこととか、軽く話したらしい。
短い時間では多くは語れない。
後に続いた候補者達は残念そうにしていた。
私の番となり、庭に行くものだと思って付いて行くと、そこは忘れもしない……グランとしての彼と初めて逢った場所。
私が落ちた木の下に、手を引かれて立つ。
「君に聞きたいことは一つだけだ」
向かい合って、彼は言う。
「私の、妻になる気はある?」
王妃でもなく、妃でもなく、妻。
これは……そういう意味、なのだろうか。
胸が高鳴るのを感じていると、ガンは声を潜めた。私にしか聞こえないぐらい小さく。
「ディナは、ここで王妃にはならないって言ったからね。無理に王妃になる必要はない。ただ、僕のことを好きだと言ってくれたから……聞きたいんだ。ディナの気持ちを」
あぁ、そういえば、言った。
ここで、王妃になる気なんて無いとはっきり言った。
ガンはずっと気にしていた?
王妃として望むのではなく、只、妻として……一人の女として私を望んでくれる?
それなら……。
ガンの手を強く、握り返した。
「私は、あなたの妻になりたい」
きっと、これも、簡単な道ではないけれど……後悔だけはしない。
勿論……あなたにも、させないわ。