20、覚めない夢(side.G)
いつまでも、こんな泥臭い所に置いとけないからね……部屋に戻ろう。
彼女を抱き上げる。
以前、「重い」と言ったが、実際は言う程重くはない。あの時は浮かれた気持ちを抑えなきゃと思っていたら……つい、ね。
印象を悪くしてしまって内心は焦ったよ。嫌われたらどうしよう、って。
まぁ、小箱の記憶を見て、名乗る家を間違えたことに気付いたけど……。ほんと、ミュロスは無かったよね。
おかげで警戒された。
小箱の記憶を見るまではソフィアはああいうことをするタイプではないと、ディナとも良い関係を築いてくれると思っていた。
私の所為で、ごめんね。
もう、君を傷付ける者を許したりはしない。
それが、誰であろうと……。
【危ない魔法使い】
人形……ディル、だったかな。
ディルにディナの着替えを頼み、終わった後にベッドに寝かせても、まだ目を覚まさなかった。
これも魔法を使われた所為か。
ジェリーは去る前に一度ディナの顔色や脈を診ていったが、特に何も言わなかったから大丈夫だろうとは思う。
戻ってきた時には既にいなかった彼にも診てもらえたら、もっと安心出来るのだが。
目を覚ました時に本人からも身体に違和感が無いか聞かないとね。まだ、何も無かったと思うけど……。
こういう時は無力だ。奪うことは簡単に出来るのに、私には何も与えることは出来ないのだから。
目を覚ましてくれるのを確認するまでは、安心して帰ることも出来ない。寝ている女性の部屋に一晩、なんてことは作法として考えると良くないけど……帰れないよ。
彼に作ってもらったディルの様な人形が私にも最近出来たから、時間を気にする必要が無いのだけは良かったかな。
ちゃんと、大丈夫だと思えるまでは許して……。
眠るディナのすぐ横に座って、その寝顔を見下ろしていた。
寝顔は昔のままだ。
あの頃は、泣き疲れて……逢ったばかりの私に寄り掛かって眠ってしまうぐらいに警戒心が無くて。
他人を心配したのは初めて、愛しさを……愛しさとして感じたのも初めてだった。
あれから何度泣いた?
何度、この頬を濡らしてきた?
濡れた頬の柔らかさも覚えている。
あの頃より丸みの無くなったけど、今も柔らかい。
前に、口付けた時も柔らかくて、もっと触れたくなった。
「……本当に触れたいのは、こっちだけど」
頬に触れていた指を、唇に移動させた。
何年も逢わない内に少し生意気になったけど、可愛らしさは変わらない。
一目、姿が見れたらと思って行ったら、まさか木を登っているんだもんな。
ほんと、驚いたよ。
でも、逢えて嬉しかった。
君は、覚えていないと思ったから、知らないフリをしたけど……。
「覚えていたんだね、私のこと」
私の眸、というべきかな。
花の様だと言っていたね。
薔薇の花を見せたら、私の眸を「薔薇の眸」と言って、飽きずに眺めていた。
私にとっては呪いの様なものだったのに……君を夢中にさせたあの瞬間、この眸で、この身体で生まれて良かったと思えた。
何の特徴も無かったら、覚えられていなかったかもしれないのだから。
もう一度、あの頃の様に呼んでほしい。
満開の笑顔で、呼んでよ……。
「…………ん……」
触り過ぎちゃったかな?
瞼がピクピクと動く。
「ディナ」と呼ぶと、また少し唸る様な声を洩らしてから、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
「…………ぁ……ガ、ン……?」
ぼんやりとしている様に見える。
夢現、なのかな?
伸ばしてくる両の手は私の頭を挟み、引き寄せようとしてくる。
力は入っていないが、されるがままになってみる。
とはいえ、ディナの上に倒れ込む訳にはいかないから、彼女の顔の横に手を着いて支えにした。
お互いの鼻先がくっつきそうな程、顔が近くなる。
頬に口付けた時以来の近さ。
「……ねぇ、ガン、よね?」
いつもよりあどけない。
あの頃の様だ。
返事をするべきか迷う。
「薔薇の眸に、キラキラした白金の髪。ガンと同じ」
ふふ、と笑うのが可愛いね。
そういえば、身に付けていた魔道具は壊れてしまっていたことを今更思い出したよ。
髪や眸を偽装する魔道具もだから、今はありのままの私だ。
君の記憶にはこの私はいたのかな?
「……でも、なんで……グランと同じ顔?」
あぁ、もう……。
本当に、覚えていたのは眸と髪の色だけなんだな。
「そのグランだからね、私は」
「ガンじゃない?」
「ううん、ガンだよ。君を、必ず迎えに行くって約束した」
「……覚えて、いたの?」
あれから十年以上だからね。
覚えていないと思われても仕方がない。
君が何処にいるか、あの後すぐに捜した。
居場所が分かってからは、何度も逢いに行こうと考えた。でも、逢いに行ったら、また君を傷付けることになるから我慢するしかなかった。
今も本当は十分とは言えないけど、君以外を考えられなかったから……。
「忘れないよ。君を想わない日なんて無かった」
「ほんと?……私は、ガンのこと……いっぱい忘れて、捜そうともしなかった。ガンは私のこと忘れてるんだって勝手に思って、諦めたの」
私が、そう思わせていたんだ。
だから、泣かないで。
綺麗な淡い紫の眸を潤ませる彼女が愛おしかった。
昔は慰める方法なんて抱き締めて、頭や背中を撫でるだけだったけど……今は額に瞼に、頬に口付けていく。
「もう、諦めることなんて無いよ。私が……ううん、僕が傍にいるから」
ガンという存在が、一番自分らしくいられる。
華奢な身体を抱き締めて、僕はここにいるよと伝えると、彼女の腕も私の首に抱き付いてくる。
「ガン」と呼ぶ声に応えて抱き締める腕に力を込めた。
「……嬉しい。ガンが傍にいたら、私、寂しくないし……怖くないわ」
「怖いことがあるの?」
「うん、私……このままだと、死んじゃうの」
「………………」
「だけどね、生きるためにね……戦うって決めたの。ガンが、傍にいるなら……戦うのだって、怖くない」
もしかして、記憶にあるのか?
まさか、私達が否定した刻が彼女の中には残っている?
……あぁ、だから、私との再会の仕方が違ったのか。
君との関わり方だけ、小箱の記憶とは違っていたから、不思議には思っていたよ。
どうしてかは分からないし、辛い記憶を残したまま現在いるは苦しいだろうね。
でも、それが彼女自身を護るものになるなら……良かった、と思いたい。
「一人で戦っていたんだね。これからは僕も一緒に戦うよ」
「うん……」
うとうとしている。
ずっと声にも張りが無いから、このまま寝られたら全部夢にされそうで心配だな。
「温かい」と呟いていて、本当に寝てしまいそうだ。……というか、私の所為、かな?
一応、炎の性質があるから体温は高い方だからね。
擦り寄って来るのは可愛いんだけど……ね。
「眠っちゃダメだよ」
優しく言っても、効果は無い、か。
身体を離そうとしたら、「やだぁ」と可愛く言って、反対に身体を寄せてくる。
うん、可愛くて好きだよ。
ただね、私から抱き締めておいて何だけど、理性が持たなくなる。
好きな女性にこんな風にされたら、反応するのは当然でしょ?
それに、再会した時に上に乗られた時にはまだ子供なんだと思っていたのに、いつの間にこんなにも女性らしくなったの?半年やそこらの成長じゃないだろうから、隠していたんだね。
どんどん魅力的になる君が心配でならない。
「襲われたくなかったら、起きて」
本当に襲いはしない。
理性が持たなくなるとは言ったけど、試されているなら持たせて見せるよ。
君に嫌われたくないからね。
少しの、悪戯ぐらいはしちゃうけど。
白い首に口付ける。
痕を付けてみたくなるのを我慢して、唇を這わせた。
抱き締めていた手も、その魅力的な身体の線を確かめる為に背中から滑らせて触れていく。布越しなのが少し残念。
私が肌に口付ける度に、身体に触れていく度に、小さく洩らす声が甘く感じられて、もっと聞きたくなる。
「……んんっ……なぁに、くすぐったい……」
「起きてよ、ディナ」
聞きたくなるけど、やり過ぎたら後で怒られるから、この辺で止めておかないとね。
その為には、しっかり目を覚ましてもらわないといけない。
「…………まだ、ガンの、夢……見れてる?」
「夢じゃないよ」
「でも、グランがガンだったなんて……そんな都合の良い話、夢に決まっているわ……」
「都合が良いの?」
「……だって、ずっと逢えなかったガンと逢えて……それがグラン、だなんて。私の大好きな人と、今一番気になっている人が同じだなんて……私の勝手な妄想じゃなきゃ可笑しいでしょ?」
それこそ、私の都合の良い話だね。
その言葉を好きに解釈しちゃって良いのかな?
「可笑しくない。疑うなら、君が信じるまでずっと一緒にいるよ」
離そうと思ったけど、やっぱり離せないな。
彼女を抱き締めたまま、私もベッドに横になる。
どうせなら、もっと私を感じさせてあげようか?