17、人の成長
「人の成長っていつあると思う?」
服の手直しをしている最中に、ネヴィルから問い掛けられた。
「精神じゃなく肉体の話ね」と足されて、首を傾げる。
成長期の話、ではない気がした。
いつ……あるか、か。
「人に限ったことではないし、精神に伴うところも少なからずあるだろうね。でも、僕は、子供の成長を見ていてこういう時って思う時があったよ」
「どんな時?」
「世界が広がる時、だよ。見える景色、行動出来る範囲、得られる物、……他者との関係性も。大きく変わっていく時に、成長がある。それは、生物の持つ適応力の一種で、その世界に合う様に進化するということでもある。君の身体も、広がった世界と置かれている環境に適応しようと今変わっていっている最中なんだよ。……本人の望むものではないかもしれないが、君には必要なものだから、そう進化している」
……必要な、進化。
「好きになれとは言わない。……ただ、受け入れて」
それが、なかなか難しいのだけど……。
「ディアーナちゃんには私が飛び切り魅力的に見える様なドレス作るわ!」
と、カティに力強く言われる。
とりあえず、胸を抑え付けるのは止めようと思う。
【危ない魔法使い】
同じ話の流れで、二人が、貴族から専属にと声が掛かっても断っている理由もその辺りのことが関係していると聞いた。
彼らの心情は健康を大事にするものなので、表面的な煌びやかさだけを求めて金を積んでくる貴族の依頼は受けたくないのだ。
ドレスを着るご令嬢のことを考えて作っても、もっと華やかに、もっと細く美しく見える様にと言われるだけ。金を積んで、言われたことだけをしろと言うだけ。
この国の貴族達は殆どがそうらしい。高い地位になる程に、ドレス着るご令嬢達まで同じことを口にする。
自分達以外でも出来る仕事だと彼らは笑っていた。
だから、今回の王妃候補者の専属の話で、ミュロス公爵家とニルド侯爵家からの依頼があっても断ったのだと。
二人の作ったドレスやアクセサリーを付けた私が矢鱈と攻撃された理由は只気に入らなかっただけじゃなく、自分達は断られたのに……という気持ちもあったからの様だ。
断った理由は高位の貴族様の王妃候補者のドレスなど畏れ多いと言い、私の依頼を受けたのはそれぐらいの身分の方が我々平民には見合っていると謙ったので特にお咎めも無かったらしい。
貴族相手には私のことも私の家のことも格下として扱うと好まれるのだ。
「ごめんね」と謝られたが、それで二人に何も無いなら私は構わない。
私と違って、貴族優位ではない頃も知っているから思うところがある様だった。
「僕らは前の身分なんて関係無いっていう魔導大国を知っているからね、今の魔導大国に違和感を感じるんだよ」
「ヒュー様は優しいお兄ちゃんって雰囲気の方だったから、亡くなった時はとってもショックだったわ。それにテイ様まであんなことになって、すぐ国の政策が変わったから哀しむ余裕も無かったのよ」
ヒュー様?テイ様?
……亡くなった王と王妃のことか。
亡くなったのは確か王が二十前半だから、そんなに歳の離れていない二人にはそういう印象だったのだろう。
国民に寄り添う、優しい王だったと聞いている。
王妃のことも深く愛し、大切にしていた、と。
けれど、他国との関係の為に仕方がなく迎えた第二妃に向かう王の心に酷く狂った王妃が他の男を求めて子を成し、咎められて王の生命を奪ったとされる。
二人は「王妃はそんな方ではない」と口を揃えて言うので、事実は、王太子殿下の持つ第二妃への疑念に近いのかもしれない。
それ程、一気に変わっていったなら、自分達の利益の為だけに第二妃と貴族達が政権を奪い取ったと言われても不思議には思わない。
王太子殿下はそれを“自然”とは捉えなかったのだ。他の、貴族の子とは違って。
生まれて間も無くから、だから……当然のことの様に捉えても可笑しくはない。亡くなった王と王妃の子であった、腹違いの兄がいたからだろうか。いなくなってしまったらしいが、何かを聞いていたのかもしれない。
当時はまだ幼かったらしいので、噂にある通り第二妃が手を下していないなら、誰かの手を借りて逃げて何処かに隠れ住んでいるのだろう。
今も、王太子殿下と密かに繋がっている可能性も?
服の直しも終わり、一人になる。
一人になったついでにカティとネヴィルの話を思い返していた。
大魔導主なら何か知っているだろうか。
王や王妃のことを聞いた時は「俺がまだ王都に来る前の話だ」と詳しくは知らない様に言っていた。ならば、王太子殿下の兄についてはどうだろうか?
……ん?あの男が大魔導主になったのはいつだ?七年……八年前か?
王太子殿下の兄がいなくなったと噂があるのは…………十年程前。
被ってはいないが……。
大魔導主になったのが、本人からは聞いていないが、十二、三頃だろうと言われているから……今は二十歳ぐらい。
名前も顔も分からない、正体不明の男。
兄君と王太子殿下の歳の差は、四つ。王太子殿下は私より一つ上になるから、兄君は今は二十歳になる。
当時の大魔導主に劣らない力を持つ、と言われていて……行方が分からない。
被ってはいないから……まさか?
いや、いやいや、あの塵溜まりで寝ていた様な男がそんな筈はない。
あったとしたら、私はどうなる?
いやいや、無い。
歳が同じぐらいの実力者など、幾らでもいるだろう。私の兄も二十歳で優れた魔力の持ち主なのだから。
変なことを考えるのは止めよう。
王太子殿下と何か繋がりがあるなら、話してくれる時も来るだろう。
それまで、信頼を得ていけば良い。
この城での生活も気付けば、半年以上になる。
戴冠式まで約半年で、私達の選定は後四ヵ月程しかない。
そろそろソフィア嬢も戻ってくるらしく、喜んでいる者が多い。私の評価は嫌でも上がっているので、アナベル嬢以外の候補者は少し焦っていた様だが、ソフィア嬢が戻ってきたならと期待しているのだ。
第二妃も付いているからだろう。
そこは、私にも心配はある。
前に心配を口にした時にグランが気にすることはないと言っていたので、また陥れられそうになればグランや王太子殿下が力を貸してくれるのかもしれない。
出来るだけ、そうはならない様に私自身も気を付けるが……。
もっと情報がほしいと思い、またディルと入れ替わって街に降りることにした。
久しぶりに酒場で人と軽口を交わすのは楽しいので、気晴らしにもなった。
途中からディルに任せることになってしまったが、それなりに長くなってきたので周りも随分気安さが増した様に思う。
セィなんかは顔を見た途端抱き付いてくる。……む、胸をいきなり揉ま……いや、触られた時は驚いたが。
仲の良い女同士のこういうこともしてしまうのか?同性の友人はいなかったから、距離感が分からないが、人前では止めてほしい。
「いつもより反応良くてかわいぃ~!」と言われて、ますますどうしたものか。
いつも?いつもディルはこんなことをされていた?
細かいことは報告しなくても良いと言ってしまったことが悔やまれる。というより、これは細かいことだろうか?
それに、こんなこと……セィだけだろうな?
ディルに確認しなくては。まさか、男には許していないとは思うが。
少しディルの人とは違う感覚に不安になる。
後、胸は前と違って締め付けてはいない所為か「おっぱいもいつもより柔らかい」と。
本当に止めて!
男の客……しかも酔っ払いの多い中でそんなことを口に出さないでほしい。
外に出る時は胸は締め付けてきた方が良かったかもしれない。カティが用意してくれた寸法の合った、綺麗な形を保ってくれるという下着を付けてきたから、普段より目立っている気がする。
セィは声も大きいから人の注目を集め易く、早速嫌らしい視線が向けられてしまう。その視線がセィの言葉の所為で私の胸に向くから、余計に気になってしまうのだ。
手を払うが、「ケチ~」と悪気も無い。
普段のディルはこれを良しとしているのか?
由々しき問題だ。ディルに言っておかねば。
と思っていたら……。
「ディアーナさん、あの美形さんとは別れちゃったんでしょ~!?だったらぁ、今は誰のものでもないんだからぁ、あたしが触ったっていいじゃないですかぁ!」
とんでもないこと言い始めた。
良くはないわよ。
美形さん……グランのことね。付き合っていることになっていたのは思い出したけれど……別れた?
聞くと、酒場の方にグランがまったく顔を出さないし、セィ達がディルに話題を振っても反応薄く素っ気ないので別れたと思われていた。
そもそも付き合ってもいないのだが……それは置いといて、グランが来なくなったのはあの一回限りだった様だ。あの後、私は少ししてから酒場には行くことが減ったから、グランも来ていなかったのだと知る。
私にあれだけ似ていても、興味は無いのか。
……少し、嬉しいかも。
とはいえ、ここで触られない様になるには……グランと別れたという話を否定しておくべきか。
グランも、そう思わせておいた方が良いと言っていたし。
しかし、ここで否定したことで別の面倒が生じた。