13、愛されたくない運命
待っている時間は、少しあの刻に似ていた。
何をするでもなく、時間だけが過ぎていく。
というより、時間潰しの物も特別無いので、ぼーっと窓の外を眺めているか、ベッドに横になっているかしかない。
かつての私は何を考えていたのだろう。
こんな退屈な時間を何もせずに、何年も過ごしていただなんて……。
【危ない魔法使い】
「何やってんだ、お姫様」
暇過ぎた。
魔力の無駄遣いはいけないと思いながら、やってしまった。
グランから貰った風の魔道具を使い、部屋の中をゆっくり漂っていた。魔道具の緑の石の部分を指で撫でつつ、クルクルと回ってもみた。
そんな私の元に、昼に差し掛かる頃にやって来た大魔導主は呆れられた様に言う。
声に呆れが込められている様に思っただけ、実際は知らない。
「お姫様、遊んでないでこっち来いって」
「別に遊んでないわよ」
低いところに降りて行くと、大魔導主に捕まる。
向かい合った状態で抱き上げられて、部屋の中を移動していく。
深く被った、このフードを取ってやれば、どんな顔をしているのだろう。
隠れた、本当の表情にはどんな感情が隠れているのだろう。
勝手に、そんなことをしたら、味方でいてくれるか分からないからしないが、知りたい。
暇だから、余計なことを考えてしまうのだ。
「気持ちは解らないでもないがな」
「解らないわよ、私の気持ちなんて」
「そうでもない。退屈な刻を誰より長く過ごして来たのはこの俺だ」
「あなたもそんなに歳じゃないでしょう?」
「くくっ……」
笑って誤魔化された。
いってても、二十ぐらいじゃないの?
結局、この話はここで締められた。
ベッドに降ろされ、大魔導主は片膝を折る。
「さぁて、ご報告だ」
「報告?」
「後で奴さんらも来るだろうが、退屈で死にそうなお姫様に先に教えてやろうかと思ってな」
死にそうは言い過ぎよ。
流石に、そこまでではない。
「王子様が動いて、第二妃に公爵、他の貴族共を黙らせた」
言い方が気になるけど、それって……。
「無罪になったぜ、お姫様は」
「どうやって?」
「黒い炎の出所を明らかにしただけだ」
「出所……グランも何か知っていた様だけど、グランが殿下に報せてくれたってこと?」
グランが、報せてくれたのだろう。
動いて下さったということは、それだけ殿下に信頼されているということ。
グランの見方が変わりそう。
次に逢った時にお礼をしないと。
思った通り、大魔導主は「そうだな」と言った。
黒い炎の出所も気になったので流れで聞いたが、流された。
どうしてよ!?
報告を終えた大魔導主が帰ろうとするので「次はいつ来るの?」と聞けば、「寂しがり屋のお姫様が泣くから明日」と。
もしかして、私が何か夢を見て泣いたの知っているの?何故??
「泣いてない!」と枕を投げると、あっさりと片手で取られて元の位置に戻された。
頭を軽く二、三度叩かれて、「大人しくしてな」と子供扱い。……屈辱。
謹慎が解かれたのは、大魔導主が去って暫くしてからだった。
詳しく知らない者はまだ私に疑いの目を向けていたが、堂々としているべきだろう。
ソフィア嬢は回復していないらしく、ミュロス公爵邸で過ごしているという。
残った私達の教育はそのまま続けられる。
期間は伸びる訳ではないからだ。
ソフィア嬢が優秀故に、療養が終わってからでも十分遅れは取り戻せるだろうと判断されたこともある。
私はこれからどうすればいいのか。
グランに、殿下には協力者になりたいという私の意思は伝えたのか、聞き忘れた。
伝えたからこそ、今回助けて下さったのかもしれないが、聞かないことにはどう行動したらいいのか分からない。勝手をして、あちらの邪魔をしたくはないのだから。
まだ、大人しくしておく。
翌日の夜に、宣言した通り大魔導主は来た。
謹慎時には用意出来なかった分、少し多めに用意した林檎を早速食べている。
別に、来るのを期待した訳ではない。
顔も見せずに林檎だけを持っていく、この林檎泥棒にしっかりと改めて教える為だ。
無銭で林檎を食わせてやっている訳ではない、と。
二つ目に手を伸ばそうとするので、その前に林檎の入った籠を取り上げる。
「何だよ、お姫様」
「林檎だけ取って何もしない人にはあげません」
「こっちにも都合があんだよ」
「でも、たまには顔ぐらい見せなさいよ。でなければ、林檎はあげませんから!」
「解ぁーったよ」
やる気の無い返事ね。
本当に理解しているのかしら?
取り上げたところで、私一人じゃこの林檎を全て食べるのは無理だからあげるけど……。
籠を元の位置に戻すと、今度は籠事持って行かれる。そして、行儀悪く組んだ脚の上に乗せた。
「それで、また状況が変わった訳だが、これからどうするつもりだ?」
目を付けられた。
ただでさえ、貴族じゃないというだけで疎ましく思われていたのに、疑惑まで持たれることになった。
更に、目を付けられた状況だ。
リリアーヌ嬢とルネ嬢、キャロライン嬢からは軽い嫌がらせはかつても含めて、以前からあったが、彼女らは完全に私がソフィア嬢を傷付けた犯人だと決め付けて接してくる。
「一緒にいたら私たちまでソフィア様と同じ目に合わされてしまいますわ」と食事で同席を拒否されて、私の食事時間はずらされた。かつても「身分の低い者と……」と言って拒否されたが、今回は彼女らがたっぷり時間を使うので、次の授業が始まるまでの短い時間で摂ることになるのだ。しかも、彼女らの食事と共に出された物なのか、私が席に着く頃には全て冷めてしまっている。
部屋で摂れば済む話だが、準備する為の人の手が足りないと使用人達が言い、拒否された。
人の手が足りない?城だぞ?そんなことはないだろう。
完全に嫌がらせだ。
彼女らが、周囲の者にソフィア嬢を傷付けた犯人が私であると断定して触れ回っている為に、詳しく知らないどころか全く知らない者までそれが真実であるかの様に接してくる。
私の周りの使用人の数が以前より減ったのも、その所為だろう。怖い、と言って皆が拒否しているのだ。
拒否権の無い、身分が低く、仕事の出来ない者が回されてくるので、自分でやった方が早い。大体は自分でやって、一人では難しいこともディルに手伝ってもらえば事足りた。
ディルには酒場で働き続けてもらっている。
という、状況。
数日で酷くなったものだ。
「これが強制力なのかしら?」
「余程、お姫様は運命に愛されているんだなぁ」
愛されているって何?
死の運命ということかしら?
「そんなものに愛されても嬉しくないわよ。盛大に振ってあげるから、その両頬差し出しなさいよ」
「……おっかないねぇな。まぁ、冗談はこの辺にして」
冗談ですって?
「そう怖い顔すんな」
「誰の所為よ」
「さぁな?……兎も角、聞け。前にも言ったが、お前に生きていられちゃあ困る奴がいる。お前が生きていることで自分の……自分達の生命が脅かされると思っている奴が。強制力の中でも、そいつをどうにかしないと一生死が付きまとうことになる」
「……そう」
王妃候補にならなくても、領地でひっそり暮らしていても関係無いという。
大魔導主に言われたことは覚えていた。
だから、その者に逢わなければならないなら、王太子殿下に協力した方が逢い易いと思った。
「一生、だなんて……随分と熱烈ね」
「そうはいねぇよなあ」
「それが本当に愛情なら良かったのに。熱烈でも、優しい人が良いもの」
「……ふ~ん。あのお坊ちゃんみたいな?」
「はあっ!?」
あのお坊ちゃん?
お坊ちゃん呼びしていたのはグランだけだったわよね??
なんで、グランが出てくるのよ。
訳が分からないわ。
「……別に誰とは言っていないわよ」
「オススメ物件だと思うぜ?但し、お姫様を一番に想う二人が許したらだが」
「………………」
おすすめ……。
私を一番に想う二人……お父様とお兄様だろう。
そのお二人が許す。
……いや、そういう問題ではない。
「そもそも、そういう関係じゃないのよ」
「良識のあった筈のお坊ちゃんが女の部屋に夜中入り込んだんだぜ。お前もそれを追い出さなかった。これが事実なのにか?」
「うっ……」
否定は出来ないが……。
「是と言わないのは、お姫様が王子様と婚約を考えているからか?」
「……え」
まだ話していないことなのに。
……この男なら、言わなくても解っているか。
「まだ決まっていないわ。でも、王太子殿下が国を変えて下さるのなら、私も出来ることをしたいと思ったの。前は……何も知らず、何もしなかったから」
何も出来なかったのではなく、何もしなかったのだ。
また愚かにはなりたくない。
これも、自己満足でしかないが……。
「まだ、殿下の答えを聞けていないから、どうするかは決まっていないけれど……」
「俺が聞いてきてやろうか?」
「え?」
「忘れたか、俺にはその権限がある」
林檎泥棒ばかりしているから忘れそうなるが、大魔導主は王と同等の権限が与えられた存在。
まだ戴冠していない殿下よりも、立場は上になるということ。
この男のことだから、正門から入らず忍び込みそうではあるが……。
……そんな不届きな奴が逢いに行って、私のことを信じて頂けるのか?
「いや、いい。いらない」
「なんでだよ!?」
信頼のあるグランに任せた方が絶対に安心だもの。
兎に角、勝手な真似はしないで!とは言っておいた。私は信頼を勝ち取らなければならないのだ。
私の生命の為に。
力はあっても、信頼感の乏しそうな塵溜まりの住人には任せられない。
グランが来てくれるまで、待つことにする。
周囲の者達をぶん殴りたい衝動と、暫く戦うことになった。