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危ない魔法使い  作者: 一之瀬 椛
二章
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9、道化の想い


セィだけではなく、店主や客達にまで冷やかされた。

グランと恋人に見えるの?どの辺りが?

私が否定しても、何故か信じてもらえない。

グランは笑っているだけで否定しないから、皆は思い込んでいく一方。


嫌じゃないのかしら?

私みたいな田舎娘と恋人だなんて……勘違いされて。









【危ない魔法使い】









私の仕事が終わるまで酒場に留まり待っていたグランと、共に外に出た。

誤解は最後まで解けることはなく、冷やかされ続けてしまった。

出る前に言った一言で更に誤解が深まってしまったかもしれない。グランの「酒場(ここ)で働くのは許すけど、()()ディナに何かあったら消し炭にするから」という酒場にいる者達に向けての言葉。笑顔ではあったが、指先に点した小さな火で少し真実味を高めた様に思える。

冷やかす口笛があちこちから上がるのを聞きながら、グランに背中を押されて外に出てきたのだった。


普段より少し早めに仕事を上がったので、城にすぐに戻らなくても問題はなく。

また新しい場所にグランが案内してくれると言うので付いていくことにした。


とはいえ、先程のことは気になる。


「グラン、どういうつもり?」

「何が?」

「何がって……こ、恋人だと勘違いされても否定しないし。最後に言ったあれ、ますます勘違いされるじゃない」


あなたの、じゃないもの。

恋人でもないのに……明日行った時にからかわれてしまう。

居心地が悪くなったら、どうしてくれるのかしら!

酒場(あそこ)で暫く働く気でいるのよ。


「あれぐらいは言っておいた方が良いよ。男がいると思わせておくべきだし、私のことは身形から貴族って分かるだろうから下手に手出しは出来なくなる」


それはつまり……後ろ楯、になるのだろうか。

今は貴族が絶対的優位にあるから、確かに貴族のものに手を出せば只では済まない。

グランが敢えて火を見せたのは、私に何かあれば家諸共燃やされても文句は言わせないということだ。無礼を働いたからと言えば、貴族側が罪に問われることは無い。


が、気に喰わない。

グランは次期公爵で、私は今や只の町娘。

身分違いで結婚は叶わないと分かり切っているから、後は愛人にしかなれない女という目で見られる。今は恋人扱いでもだ。

既に嫌らしい視線を向けてきていた酔っ払いがいたことに私は気付いた。働き始めた初日からいた質の悪い酔っ払いだ。

ああいう輩は酒の勢いがあるので、グランの警告もあまり意味が無いかもしれない。気を付けなくては。


「公子様が酒場の店員なんかに現を抜かして……と変な噂が立ちますよ」


少し不機嫌を滲ませて言ってみた。


「ディナは嫌?私と噂になるの」


そういう問題ではない。

……まぁ、嫌ではないが、言ってはやらない。


「身分が違います」

「王妃候補じゃないか」

「候補になったこと自体奇跡的なんです。他の貴族様とは許されていません」


王妃には成れるかもしれない権利は頂いたが、身分が変わった訳ではないので国王以外の高い身分の者との深い関係までは許されてはいない。

噂になって、公子様の相手が王妃候補(わたし)だと気付かれたら、間違いなく首が飛ぶ。予定された(とき)を待つまでもなくバッサリと。

危険(リスク)だ。

“不自然”かもしれない者に、危険に晒されることもあるなんて聞いていない。


「下らない法だね。私達の生まれる前の歴代の王の伴侶は皆貴族の出ではないし、他国で奴隷にされていた者もいる。王が亡くなってから、勝手に貴族が自分達の都合が良い様に法を変えたんだよ。国を牛耳って、思いのままに出来る様にね」


こんなこと、グランが貴族でなければ罪になっていた。

周囲は賑やかなので私達の会話なんて聞いていない可能性も高いが、少なからず危険はある。

酒場の酔っ払い達でさえ声を潜めて話す様な内容だ。

貴族達の横暴を許す身分が優先された法に対する、批判。

私が今グランの言葉を肯定すると罪になる。が、貴族の言葉を否定することも罪だ。

人が行き交う街の中では、沈黙が今の私にとって正しい答えになる。

けれど、否定も肯定もしなければ、気になっていることをこの話の流れで聞けるのではないか?


「…………王太子殿下は……次期国王陛下は、どうお考えなのかグランは聞いている?」


恐る恐る、だった。

殿下のことを聞くのだから、もっと慎重になるべきだが、他の言葉は浮かばなかった。

公子とはいえ、グランも簡単に口には出来ないかもしれない。自分より高い身分の者の考えなのだから。

それならそれでいい。

視線も、恐る恐るグランに向けた。

答えがなかなか返って来ないので、悩んでいるのかもしれない。

と、思ったのだが…………なんか、表情が嬉しそうに見えるのだけど?

何故?

私が悩みそうだ。

目が合ってしまって、手を引かれた。

少し早足で向かったのは初めて来る、緑の豊かな庭園の様な場所。木々の間に小道が作られていて、散策を楽しむ場所にも見える。

住宅街を抜けて来たので、そこに住む者達の為に作られたのだろう。

ここが目的地か。


「グラン?」

「……やっと聞いたね」


あ、声も弾んでいる。

手は掴むという掴み方から、繋ぐといえる掴み方に変わって、小道をゆっくり歩き出す。


「やっと、って……」

「ディナは王妃候補で、私は王太子に近いところにいる。いつ王太子の話になっても可笑しくはなかったのに、聞いて来ないから興味も無いのかと思ったよ」


避けていたもの。

聞いてもソフィア嬢に優位になる様に嘘を吐く可能性の法が高いと思っていたから。

誠実と言われる者でも家族の為なら、他の者に対して不誠実にもなれば、汚いこともする。

家族でも、切り捨てる場合もあるけれど……。

あなたが、“不自然”の一人かもしれないと思わなければ、今も聞くことはしなかった。

手を繋がれて、逃げられない状況を怖いとも思っている。


「聞いて良いのか分からなかったから……」

「それに不利になる様なこと言われると思った?」

「……うん、思った」

「でも、今は聞くんだね」

「あなたを、信じても良いかもしれないって少し思ったから」


そう思った。

いや、本当はもっと前から信じてみたかった。

街のこと、国のこと、人のことをどう考えているのかを聞いて、どんな人かを少しずつ知ったから。

私に勇気が無かっただけ。

信じ切れない私もいる。

だから、聞いて、それを信じるかを自分で決める。

その覚悟が出来てきたから聞いた。


「少しなんだ」と笑う。

気分は悪くしていないみたい。


「少しでも、ディナに信じてもらえるなら嬉しいよ。私が嘘吐きなのは本当だからね」


嘘吐き?

何か、私にも嘘を吐いているのだろうか。


「……これから話すことは真実」


そう言って、話し始めた。

私はただ隣を歩いて、耳を傾ける。




それは、王太子殿下の憂いの話。


始まりは王太子の父である王が亡くなったことだった。もっと前からかもしれないが、王太子には分からない。

その王の死は、毒殺。王妃によって企てられたものとされた。自身の不義、そして不義の子を身籠ったことを王に知られた為に。

王妃は、王の殺害と姦通罪で腹の子共々処刑された。

王太子が生まれて間も無く起きた出来事だ。


政は王太子の母である第二妃が担うことに。

途端に、これまでの政策、法が──全ての民に平等にというものから、王族と貴族だけが優位に立つものに、次々と変えられていった。

勿論、多くの民が不平を口にする。

口にする度に見せしめに、これまで民の代表として国に従事して来た者の首を飛ばした。国に逆らう逆賊として。

そうして民を黙らせたのだ。


影では、第二妃が自分が実権を握る為に王を殺害し、王妃を嵌めたのではと噂される様になった。


当時の王太子──現王太子の兄は幼いながら、第二妃と貴族達のやり方に苦言を呈した。

既に王となる存在(もの)としての人格を持ち、当時の大魔導主にも匹敵する魔力と才能があったという。

だからこそ疎ましく思った第二妃を中心に政に携わる貴族達が彼の存在まで疑う話を広め、彼を追い詰めた。不義をしていた王妃の子である彼は本当に王の子か、と。

彼から王太子の地位を奪い、王族を謀った罪で投獄した。そうして、第二妃は自身の子を王太子に据えたのだ。それが現王太子だった。

自身の子に次期国王の立場を与えたことで、貴族優位の社会が確固たるものとなり、第二妃と現王太子に忠義を誓う貴族達は更に高い地位を手に入れ、横暴さが増していった。


投獄された筈の第一王子はいつの間にか姿を消し、また第二妃が葬ったのでは……と囁く者がいた。

王には似ていない第二妃の子こそ不義の子では、と言う者もいた。

実際、どうなのかは分からない。

ただ、多くの民に「やはり全ては第二妃の企てでは」と思わせたことだけは間違いなかった。


表立っては口にはしないが、日々苦しむ民は声を潜めて恨み言を口にする。

それを、王太子は耳にしていた。

一人、お忍びで街に降りていた時のこと。

今の法であるなら、罪であった言葉だ。

第二妃(はは)を想うならば、「違う」と声を荒らげ否定し、その場で切り捨てることも何ら問題は無かった。

しかし、王太子には出来なかった。


嘘、とは言えない王宮の様子を見てきたから。

民が苦しんでいるというのに、自分達だけ日々贅沢な暮らしをしている貴族達も見てきたから。


「全ては王太子の為」と言い、多くを強いてきた第二妃(はは)の愛に疑問を持ってしまっていたからだ。


王太子が、王となろうと変えるのは難しいだろう。

第二妃が固めた国の中枢にいる貴族達を退かせなければ、()()()()ことは出来ない。

一筋縄ではいかない者達だ。

一人で対するには力が足りない。


そして、真実を明らかにするならば……


王太子は自らの母を、自らをも、裁く必要があるかもしれない。




───いや、あるのだろうな


王太子は、自嘲した。






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