8、根底からの間違い
思い切り、楽しんでしまった。
何の為に城を出てきたのか。
日が暮れるという今になって思い出した“不自然”捜しに頭を抱えたくなった。
まったく意識していなかったが、大丈夫だろうか。
出逢えば良い、と言われたが、本当に大丈夫か?
隣を悠々と歩く男が少し憎い。
いつまでも掴まれたままの手が、肌寒くなる中で温かく、優しく感じて……嬉しくなる。
【危ない魔法使い】
窓の下まで送られた。
こういう扱いをされたのが初めてで、お礼を言う以外の言葉出てこなかった。
「少し遅くなったけど……大丈夫かな?」
明かりの点いた窓を見上げ、心配を口にする。
複製は……私の外見で、この呼び方は可愛くないから別の名前を考えておこう。
で、その複製は、私が戻り易い様に使用人達を既に下がらせてくれているだろう。入る前に確認はするから問題はない。
「中に入るまでここにいるから」と戻る様に促される。
すんなりと風を出せるものだと思っていたが、上手く指輪の魔道具を使えず。戸惑っていると、手を添えられた。
魔法は使えなくとも魔力の流れは感じることは出来、グランの少し熱く感じる魔力が魔道具に触れたと分かる。少量、中に入り、小さな小さな突起物を押した。
すると、柔らかな風が私達を包む。
突起物は、魔道具に込めた風の魔力を使う為の開閉器だった様だ。
グランの魔力が引くのに合わせ、私自身の魔力で押してみる。
「気を付けて」
そう言って、グランが手を離すと緩やかに私の身体が昇っていく。
窓に近付いてから、開閉器を押す力を緩めるとその位置で留まる。
開閉器の押し具合で魔力量を調節出来る様だ。
慣れたら活用法は広がりそうで、面白い。
窓から中を確認すると、複製が窓を開けてくれた。
良い子だ、この子。
中に入り、すぐに下を見た。
グランは笑顔で手を振ってくる。
「ありがとう」と伝えたかったが、大声になると気付かれるし、声を潜めて伝えた。
グランからしたら口パク同然で、伝わったかは分からない。ただ、頷いてはいた。
そして、指で、ちゃんと中に入って鍵を締めろという様に合図してきたので大人しく引っ込んで鍵を掛けた。
窓にへばりつく様に、グランが見えたくなるまで見ていたなんて少し恥ずかしい。
複製は何も言わないが、何か思うことはあるのだろうか?
今聞くと、自分の行動にも触れなくてはいけない気がするので機会は改めることにする。
着替えを複製に手伝ってもらいながら、私のいない間の出来事を複製に報告させた。
授業の進み具合や他の候補者とのやり取り、王族や貴族達が来たかどうか。
これから夕食になるので、他の候補者達がする会話の内容が分からないと困る。たまに振られる為に、今日あったことまで忘れたは流石に通用しないだろう。
そこまで出来ない存在だとは思われたくはない。
この日の一番大きな出来事は、ソフィア嬢に逢いに来ると言った王太子殿下が来なかったことか。
それはまた……ご令嬢達には大事だろう。私にとっても、気にはなるところだが。
ソフィア嬢にまだ逢いに来ていない……。
二人の関係に影響を与える程のことをしたとは思えないが、私が切っ掛けというのなら……既に私は“不自然”と何処かで逢っていた?
ソフィア嬢は恐らく違う。彼女の言動は基本かつてと変わらない。変わったとしたら、私の言動の違いでの受け答え程度。
王太子にはまだ逢っていないので、その周囲の者…………思い当たるのは、グランだ。
ソフィア嬢が懇意にしているならば、公子であるグランも懇意にしている筈。
とするなら、グランも“不自然”?
かつて出逢っていなくとも“不自然”に成り得る。
たまに喧嘩を売られている様な気もするが、好意的に接してくれる者だ。ソフィア嬢の競争相手だというのに。
“不自然”だと嬉しい。
“不自然”は、私の生を望み生まれた存在だから。
どうしてそう想ってくれたのかは知れないが、今日共に過ごして楽しかったのは確かだ。
この楽しかった、を今だけのものにはしたくない。
私の心は温かくなるのとは反対に夕食を共にした候補者達は沈んでいた。
アナベル嬢は変わらないが、ソフィア嬢は気分が優れないらしく居なかった。リリアーヌ嬢とルネ嬢、キャロライン嬢もソフィア嬢を気に掛ける様子だった。
どうやら、王太子殿下が来なかったことが原因の様だ。しかも、知らせも無いまま。
その所為で彼女は大層哀しまれているらしい。
普段なら他人事なので気にもしないが、二人の関係は私の生死に関わるので口は挟まずリリアーヌ嬢とルネ嬢、キャロライン嬢の会話をしっかりと聞いた。
今回は流石に王太子が酷いと言う。ソフィア嬢がお可哀想だと。
しかし、会話を聞いていて、少し違和感を覚える。
そもそも、かつてもだが、ソフィア嬢に王太子が逢いに行くという知らせはいつも第二妃を介して伝えられていた。
昔は考えも無しに初心な方なのかと思ったものだが、根底が違うとしたら?
第二妃に頼み伝えているのではなく、第二妃が伝えた後に王太子に逢いに行く様にと言っている可能性もあるのか?
王太子がソフィア嬢を大切に想っていることは確かだとしても、王太子の気持ちはソフィア嬢のものと同じとは限らないということになる。
私が王妃になった理由は知れないが、ソフィア嬢を第二妃に据えたのは皇后となった現第二妃の思惑かもしれない。
グランから、関係性や王太子の気持ちを聞けないだろうか?
何か新しい打開策が見付かると思うのだが……。
食事を終えて、部屋へと戻る。
大魔導主は来るだろうか、と期待したが来なかった。
あの者にどれだけ期待すれば良いか、二年程共にいるが未だに測りかねている。
通信機がほしいところだな。
大魔導主か現れないまま、日は経つ。
その間、私は街に降りて“不自然”捜しを続けた。
逢えているのか、いないのか、分からないことに不安を感じながら続けた。
週が変わった頃にグランがやって来て、魔道具の充填をしてくれるという風の魔法使いを紹介された。
本当に助かる。
週一ぐらいに訪れるグランと街を散策をして、充実感はあった。
だが、ここで少し問題が出てきた。
グランと街を散策する時は楽しみ過ぎて……殆どが飲食だな。そこにお金を使い過ぎる。王都の物価の高さを忘れて。
城では使うことはなく、たまに来る商人から買ったとしても請求は家の方にされる為に城に持ち込む必要も無かった。
つまりは、手元にお金を置く必要が無いのだ。
城の外に出るとなると必要なのだが……お兄様に送ってもらうことはまず出来ない。何に必要なのか、何をしたいのか、聞かれること必定。言っても言わなくても送ってはもらえない。
大魔導主に家にある私のお金を持ってきてもらっていたが、最近は来ないし、既に微々たるものだろう。
アクセサリーを売っても、同じこと。
また新しくアクセサリーを家に買ってもらうことになる。……散財させてしまう。
領主だが、辺境の田舎にそこまでのお金は無い。
只の町娘として何処かに雇ってもらおうか。
飲食店……街の大きな酒場なら、人も多く出入りするから“不自然”と出逢える可能性もあるし、情報を得るなら酒場とも言う。何よりお金も貯まる!
資金は大事だ。
いざという時に逃亡用に貯めておかなければ不安もある。
明日から、雇ってもらえる酒場を探そう。
と思った、城に上がってから四月目に入る晩。
「何をしているの、君は」
数日後に逢ったグランに、出逢い頭言われた。
明日からと言ったが、雇ってくれる酒場は翌日には見付かった。
日中だけだが、快く受け入れてくれた店だ。
夜の方が稼ぎが良いから、日中に入りたがる者は少ないのだとか。
酒場の店員は見目が良い方が好まれるらしく、王都でも私の見目はまあまあ良いと判断されたことが大きい。
自分が美女だとは言わないが、他の店員達は間違いなく美女だろう。そんな彼女らを見ながらの方がお酒が美味しくなるのだろうか?男性客ばかりだからかもしれない。
酒場の店主は少し強面だが、気は良くて客に慕われている様だった。私のことも気に掛けてくれて助かっている。
そこで働き初めて数日目だ、グランが来たのは。
「見ての通り働いているのよ」
「だからって、酒場はないだろう?」
呆れ、というより心配の様だ。
その心配も分からないでもない。
領地の酒場も少し……いや、かなり柄の悪い者達が日中でも出入りしていたことを思い出した。
今のところ、王都の酒場はそこまで柄の悪い者は来ておらず、絡まれてもいないが……。
「でも、お金は必要だもの」
「だとしても、他にも店は幾らでもあるよ」
「ここが一番払いが良かったのよ。日払いも可能だと言うし」
本当の話だ。
一番お給料が高かった。
夜はもっと高いと考えると夜に入りたくなる者達の気持ちも分かる。必要な時に日払いも頼めるのも強みだろう。
魔導大国国内の情勢を話しているのも聞けたので、私としてはここは良い職場だと思っている。
「なになにぃ、ディアーナさんの恋人さんですかぁ?このおっそろしい美形さんは」
「こ、恋人!?違います!」
いきなり何を言うのか。
この早い時間に共に入っている店員のセィがからかいに来た。
「そーなんですかぁ?でも、美形さんはものすご~く脈有りですよねぇ」
「そう見える?」
人懐っこい笑顔でグランに話を振る。
やめて!
グランも爽やかな笑顔で返している。
疑問符を疑問符で返さないでほしい。
どういう気持ちで、そう返しているの?
どちらも笑顔で、私だけが動揺している。
少し、腹が立ちましたよ。