7、白い聖女(side.S)
稀少な光の魔力を代々受け継ぎ、国の力となってきた格式高いミュロス家。
長らく、日の目を見なかったけれど、これまでの功績を考えると当然の公爵という位が与えられました。
私はその嫡子として生まれ、後に当主となるべく教育を受けてきました。
常に優れた才を見せなければ、価値が無い存在。
夢を持つことは許されませんでした。
しかし、私が八つになる時、弟が生まれました。
貴族の跡継ぎは男児が優先。
当主も、爵位も弟が継ぐことになりました。
それまで、厳しい教育にも耐えてきた私はお役御免。
ですが、悲しくはありません。
悔しくもありません。
だって、希望が生まれたのですから。
恋い焦がれた方がいても、想いを伝えることも許されなかった私があの方に想いを伝えられる。
公爵家に生まれた私にはあの方と添い遂げることが許される。
十三となった私は聖女とまで呼ばれる存在になりました。
貴方に、最も相応しい女になりました。
【危ない魔法使い】
現王太子殿下──お兄様が後一年で成人を迎え、戴冠式が行われます。
国王となるのです。
その前に王妃となる女性を決めなくてはなりません。
候補者たちが王宮に集められ、一年をかけて選定。王妃教育を受けながら、あらゆる面で優れた女性が選ばれるのです。
戴冠式前に選ばれた女性と婚約し、戴冠式後に婚姻。
晴れて、お兄様と夫婦になります。
候補者は私を含めて六人。
とは言っても、昔からお兄様を知り、お兄様をこの先支えて行けるのは私以上の存在はいません。
お父様も、お母様も、たくさんの方々が……そして、お兄様のお母様である第二妃様も私が最も相応しく、決まったも同然だと言って下さっています。
第二妃様の話では、お兄様は私が早く自分の妃にならないかと待ち望んで下さっていると。
ふふ……一年は我慢して頂かないといけませんし、婚姻は私が成人してからになりますから三年待ってもらうことになるのですよね。私も早くお兄様のものになりたいです。
同じ候補者のリリアーヌやルネやキャロラインも私が王妃に相応しいと言っていますから、不安はありません。
後二人はどう思っているか、わかりませんが……。
アナベルは剣のことばかりで淑女としての意識に欠けていて、ディアーナは何故候補者になれたのか不思議に思うぐらいの人。貴族ではない時点で先行にも選ばれないはずなのに……。
どちらも王妃には相応しくはありません。
王妃以前に、お兄様のお相手としても相応しくはないのです。
特にディアーナの様な女性が妃候補でいると、お兄様まで侮られないか心配になります。リリアーヌとルネとキャロラインも彼女の品の悪さを懸念していましたし、やはりお兄様のお相手は高い品格を持つ貴族でなければ。
当主としての教育を受けてきた私には王妃教育も難しいものではありませんから、私が優秀であればお兄様が軽く見られることはないとは思いますが……。
候補者用の宮とはいえ、お兄様の住まいも近くなりますから、いつでも会えると思っていたのですが、そろそろ一月経つのにまだ会えません。
お忙しいのは承知していますが、こんなにも会えないなんて……寂しいです。
第二妃様はすぐに会いに行かせると言っていましたから、すぐ会えるはず。
会いに来て下さったお父様は他の候補者の手前私を贔屓は出来ないのだろうと言いましたが、私を妃にと考えているならお兄様はそれを示すべきなのです。
アナベルやディアーナが変に夢を見て、期待をしないように。
第二妃様はよく私に会いに来て下さって励ましのお言葉を下さいますから、きっと二人も分かっているでしょう。
王宮に上がり一月になった日。
第二妃様から、お兄様が会いに行くと知らせが来ました。
評判の悪いディアーナも休息日のようなので邪魔が入らないと良いのですが……。
心配を他所に彼女は部屋に籠っているようで、お兄様が帰る夕刻まで出てこないでほしいです。
朝から楽しみで楽しみで仕方がありませんでした。
「え?今、なんて……」
少し日が傾きかけてもお兄様は来なくて、心配していたところにお兄様が気に入っている医師のジェラルドが来ました。
彼は目付きが怖いので私はあまり好きではありませんが、お兄様が信頼しているので会うことにします。
ジェラルドはお兄様からの伝言と言って、お兄様が来れなくなったことを告げるのでした。
……どうして?
急なお仕事が出来てしまったのは仕方がありませんが、神様はあんまりです。私たちは運命で結ばれているというのに。
例え、結婚すると分かっていても、一緒にいる時間は奪わないでほしいです。
それからも、お兄様はお忙しいらしく会いには来れないようで更に寂しさが募ります。
お兄様も、きっと寂しがっておられますから、私も我慢です。
でも、その寂しさをリリアーヌとルネとキャロラインに聞いてもらいました。
彼女たちもお兄様がお忙しい方だと分かっているから、一緒に悲しんでくれます。
少しの我慢です。
誰より、お兄様が私を望んで下さっているのだから、次に会う時にはもっとお兄様に相応しいように王妃教育に励み、自分磨きも欠かせません。
また、第二妃様からお兄様が行くと知らせが。
今度こそは必ず、と言って下さいました。
休息日ではないので、短い時間になってしまいますが、会えるならかまいません。
私は優秀ですから、一つ一つの授業は早めに終わります。
これで少しはお兄様と会える時間が増えました。
今か今かとお兄様を待ちます。
お庭のお花がキレイに咲いていますから、一緒にお散歩も良いですね。
お兄様とのお散歩を想像して笑ってしまいます。
お兄様の白金色の美しい髪に赤い薔薇はきっととても映えるでしょう。私が差してさしあげます。そして、お兄様も私の白銀色の髪に差して下さって、微笑み合う。
なんて幸せなのでしょう。
後少しで現実に……。
そう思って、待っていたのに、お兄様が来ません。
お仕事がお忙しいだけ、きっと来て下さる。
日が沈んできて肌寒くなってきても、まだ来ない。
侍女に部屋に戻るように促されても、そこを離れ難くて……泣いてしまいそうでした。
涙は堪えて、部屋に戻って体を温めました。
今回は伝言もありません。
本当はいけないことですが、何の知らせもないと心配になって……お兄様のいるだろう宮に行きました。
静か、です。
魔法で守りは幾らでも出来るので、普段から騎士も魔法使いも配置されていません。
守りの魔法には、私は掛かることはなく、安心して進めます。
私がお兄様や第二妃様を害することなどありえませんから当然ですね。
ここ数年は、お庭の方で会うばかりですが、昔は宮の中を隠れて遊んでいました。
横切ろうとした宝物庫にもよく隠れて、宝物をおもちゃにして怒られた記憶があります。
あの頃はお兄様もやんちゃで……。
懐かしくなって、少し中を覗いてみることにしました。
ここも、入っても問題ありません。
中は暗いですね。
私は光の魔法が使えますから、明かりをわざわざ持ってくる必要はありません。
光の魔法は便利なのですよ。
手を翳そうとしました。
でも、部屋が照らす前に、何かがキラリと光りました。
あれはなんだろう?
躓かない程度に足元を照らして、キラリと光る物を確かめに行きました。
宝物庫なのだから、宝物でしょう。
魔道具も含まれていますから、そういう物かもしれません。
行き着いたところには、キレイな小箱がありました。光ったのは、小箱に付いた赤い宝石です。お兄様の瞳のように美しい赤い宝石。
宝石箱でしょうか?
中にも美しい宝石が?
好奇心に負けて、小箱を手に取りました。
期待もあります。
いったいどんな物が……。
鍵はかかっていないようで、開きました。
───彼女を取り戻せるなら、私は……
目の前…………違う、頭の中に流れ込んでくる。
これは、お兄様?
私の知っているお兄様より、成長された姿のように見えます。
五年は先の姿かもしれません。
成長されても、とても美しいです。
でも、何故……あんなにも辛そうな表情をされているのでしょう?
少しやつれているようにも見えます。
誰かが近くに立っていて、その誰かに言っているようです。
「彼女」とは?「取り戻す」?
お兄様が想う女性なら、私のことですよね。
───私の全てを懸けてもいい
こんなにも愛されているなんて……。
───彼女がまた、笑っていてくれるのなら
なんて、幸せ。
お兄様のためなら笑います。
私は、笑っていますから……。
───私は消えてもかまわない
ダメです!お兄様が消えるなんて!
───だから、貴方は見届けてくれ
悲しいことを言わないで下さい。
私は、私はお兄様がいるだけで幸せだから……
───彼女が……セレンが、幸せになるところを
え?
……誰、と言ったのですか?
知らない名前を、愛おしげに口にして、これまでに見たことのないぐらいに美しく微笑まれるお兄様。
……いいえ、これは本当にお兄様?
お兄様の愛しているのは、私ですもの。
これはお兄様じゃないわ。
お兄様のはずがない。
小箱を閉じました。
あんな紛い物を見てはいられなかったのです。
でも、私は、この小箱を手離せませんでした。
お兄様の手に、渡ってほしくないから。
あんなものを、お兄様に見てほしくないから。
あんなものを見て、どんな顔をするのかを知りたくなんてありません……でした。