16、「さよなら」は言わない
程無くして、エオは王都を去った。
去る前に「またね」と笑顔で言う。
いつもの様に、またすぐに逢えると思わせてくれる笑顔。
思えば、この笑顔が好きだった。
私も「またね」と返した。寂しさはあったけれど、必ず……また、があると信じて笑顔を返した。
城に上がる準備もこの頃から始めていた。
立場が立場。
これまでの、街を駆け回っていたワンピースでは過ごせない。磨り減ったままの靴を履いてはいられない。
準備を始めたのはこの頃だが、ドレスを作るデザイナーや身の回りを整える為の職人など必要な人間は王都に着いた時から探していた。
エオの紹介もあり、癖は強そうな雰囲気ではあるが良い人と巡り逢えた。
その中でも、特に力になってくれるだろう二人がいる。
一人は、デザイナーのカーティス。
愛称は、カティ。私もそう呼んでいる。
女性的な身形に口調をしているが、心身共に男性だという。
近年、王都で店を持ったばかりだが、作るドレスは繊細で美しく、着る者を引き立たせてくれると好評。貴族からも声が掛かる程忙しい筈の彼は、私を一目見ただけでデザイナーになることを受けてくれた。
何かと世話焼きで王都に来てから成長する私の服も作ってくれている。お兄様はそこのところ無頓着だから、助かった。
城で着ることになるドレスをどんな物に仕上げてくれるか楽しみだ。
もう一人は、職人のネヴィル。
私の装飾品を作ってくれている。
こちらも繊細な宝石の加工で好評を得ていた。ただ、直接依頼は受けないとも有名だったが、何故か受けてくれることになった。エオの紹介だから、だろうか?
細かなことにも気が付き、より綺麗に見えるアドバイスまでくれる。……が、理屈っぽくもあり、少し面倒臭いタイプだ。間違ったことは言わない様に思えるので、よく相談相手になってもらっている。
元は魔道具……魔力や魔法を閉じ込め、その“力”を誰にでも使える様にする道具を作る職人らしく、変わった、面白い物を持っていた。エオと度々見に行っていたのは良い想い出。
この二人とはエオの話も出来、信頼しているので、寂しさを少し緩和してくれた。
彼らの協力もあり、着々と準備は進み……。
城に上がる日は、目前に迫っていた。
「俺を、いつになったら使うんだ?お姫様は」
寝る前だというのに、気持ちが落ち着かなくなっていた私に大魔導主は言った。
協力は求めたが、まだ何も頼んではいない。
毎日来るこの男に林檎を与えているだけだ。
「貴方程の人の力だもの、安易には使えないわ。それに、やれることは出来るだけ自分でやりたいの。始めから全て任せる様じゃ、例え生き抜いたとしても……その後、一人で生きていけなくなるから」
「……そうだな」
「貴方に頼る時は、私一人ではどうすることも出来なくなった時よ。思う存分働いてもらうわ。だから、精々林檎を沢山食べておきなさい。大魔導主であろうと無銭で食べ放題なんて許さないから」
「くくっ……いいねぇ、それでこそだ」
大魔導主は林檎を手に取り、赤い皮肌に口付けた。
私の答えがお気に召した様で何より。
「城にも供えておけよ」
……城にも来る様だ。
それは構わない。むしろ、危険が迫った時にすぐに助けを求められる。
以前はいなかった、味方。
「えぇ」と頷いた。
城が仕入れる林檎なら質はブランシュが仕入れている物より良いかもしれない。それとも、自分で仕入れさせなきゃならない?……確認しなければ。林檎が無いと来ない可能性もあるから。
溜め息を吐く。
これからを思うと気は重くなる。前よりは楽ではあるけれど……。
もう、あんな想いはしない。
もう、諦めない。
もう、誰にも「さよなら」は言わなくて良い様に……私は、生きるんだ。
【危ない魔法使い】