89話 決戦前
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笹本達は戦場が明けるのを見送った後から動き出した。それでも時間だけはまだ少々有りそうで、外宇宙速度ではなく巡航速度と戦闘速度を繰り返しながら進んでいる。
「どう?勝ち筋は見えそう?」
シミュレーターの前で悩みあぐねる笹本に、エチエンヌが珈琲を差し入れた。
「本来なら厳しいね。あの手この手で45分まで耐えられそうな道筋は見えてきたけど」
「凄いじゃない。私は9分で負けたわ」
「9も45も同じだよ。勝てないならば意味がない」
笹本が一番嫌がっていることは、アレハンドロ・パーラを先頭に公国がどこかを目指して動き出す事だ。
パプアニューギニア騒動ででかなりのの労働人口を失っているはずなのに、どうしたことか生産力が落ちた様子が無い公国に、焦りと苛立ちは隠せない。
「笹本君、頭に血が上ってもまとまるものもまとまらないよ。せっかくおしゃれしてるのにさ」
ウルシュラも笹本に声をかける。そして笹本に相変わらず新聞記事を見せる。
公国の新聞なようで『最後の艦隊出撃。提督はカービー提督』とか書いてある。
「最後の艦隊?」
「そ。公国のパトロンが居なくなったようだね。人騒がせなパトロンさんだよね全く」
ウルシュラはケラケラと笑いながら笹本の周りを周回する。
「さて、証拠集めをしなくちゃね」
などと楽しげにしている。
笹本の軍装はつい1時間前に例の白いスラックスと黒の肋骨服。そして剃り残しが多かった不精髭は綺麗に剃られ、髪型も似合う感じにまとめられている。美容師氏曰く『少々癖が有るのでまとめやすいですね』との事だ。笹本はそんな事すら知らなかった。このようなセットをした髪に、もはや制帽なんか必要ない。自分がえらくカッコ良くなった気がする。
笹本としてはそんな気がしているだけなのだが、お年頃なエチエンヌとウルシュラは充分に惚れ直しているのだ。笹本はそこに気付いていない。
「笹本さん、搦め手で戦うのではなかったのですか?」
相変わらず何か文書を作っている秘書官の各務原若葉が、顔をパソコンから離すことなく聞いてきた。
「戦場の卑怯は今回ばかりは容赦なく使うよ。ただそれらが失敗した時を心配しなくちゃなりません」
「そうなのですか?」
「そうさ。相手は世界に冠たるアレハンドロ・パーラだよ?戦場では運悪く2回もお目見えしちゃって勝利していない相手だ」
「相手も勝利していません」
各務原が一瞬笹本の方に顔を上げ、またパソコンに目を落とした。
「僕がやって効果を上げているのは騙し討ちか奇襲だ。それをパーラは2回躱している。しかも今回の戦場はさあ。よりによって」
「3パーセク四方に何もない空間ですね」
航海長のフセイン・ゼルコウトが割って入る。タイミングは適格だ。
「そう。騙し討ちも釣り野伏もレーダーのせいで利かない場所なのさ。全く。こっちのやり方全部止められた感じだよ」
「でもかつて参謀長は勝利されました」
「相手が無能だらけでしたからね。同じ条件下にせよ、アレハンドロ・パーラとの決戦にせよ。奴は全ての騙し討ちを躱しています。簡単には行かないでしょう」
「数が少ないのにもかかわらずですか」
「アレハンドロ・パーラに数なんか関係ないのでしょう。多分。これがA-とA+の差なのかもしれません。むしろパーラは周囲に無能が居なくなって喜んでるかも知れません」
実のところ、パーラ子飼いの将校はエンブレム持ちが46名。その他は有象無象かもしれないが、前回のオーストラリア有限会社国後退戦と国家連邦政府宇宙軍の戦いでその数を2万隻にまで減らしているのは確認している。
その分濃密なエンブレムゲッタ―の抵抗も有るだろう。しかし意外な事も有るのだ。相変わらずウルシュラが寄越してきた資料をペラペラと捲る内に、おかしなことに気付いた。
「なあ。なんでパーラの側近ってまともに指揮官出来る奴が居ないんだ?」
「へ?」「なんと?」「え?」「うん?」
笹本の問いかけは全くの盲点だったようで、各エンブレムや将官のデータの中で一番指揮が上手い人物がDランク。その他にCランクの指揮官は居たが、その人物は駆逐艦の指揮官だ。
「なんだこれ?DとEが参謀やってるのかい?」
ウルシュラの疑問は尤もだ。
「ケンジサンの側近でDとEって誰が居たかしら?」
「カナメとアリーナだね。タカオでも良いよ」
サントスが答えた。
アレハンドロ・パーラの付近にはどうもまともな参謀が居ない。何か手の打ちようが有るかも知れない。
「ヤツが指揮所で倒れるまで持ちこたえれば……或いは」
笹本は一筋の光を見出だした気がした。
「サントスの防御と後退と。斉射は叢雲さんに任せて……」
笹本の独り言に艦橋の殆どのメンバーが聞き入る。
「航宙機隊に足止めと陽動をして貰いながら小島さんの衝角戦のチャンスを狙う。5万対2万の戦いだもの。こちらが5隻失う前に2隻やれば勝てる筈だ」
どこかを回っていたグェン司令長官もじっとして聞いている。
「時間が欲しいし全滅も出来ないのだから逃げる。いや、後退する。それになんだよな。今までのと違い抜けぬけ戦書送りつけてくるなんて。なに焦ってんだよなパーラ提督。やらせねえよ。こっちが1時間引っ張れば奴は1時間分フルでやり切らなくちゃいけないんだ。徹底的にその宙域逃げ回って憔悴させてやる」
アリーナ、小鳥遊、大場一家などの各参謀本部メンバーも3Dホログラムで聞き入っている。
「そうだよ3パーセクに何もないマップって誰が決めたんだよ。小天体集めてやろうじゃないか。エンジンが必要ならスタークさんに声をかけよう。まだ余力は十分あるって言っていたじゃないか。稼いでもらおう」
笹本がひとしきり独り言をつぶやき終えた後、気合を込めるように立ち上がった。
「よし皆」
「了解」
各員が動き出す。特に呟きに無かったエチエンヌにも役割はある。綱紀の粛正と慢心の抑止だ。
ウルシュラは勝手に自分の仕事を見つけてくる。本人曰く『パソコンには詳しくなるよ。OS弄るだけで性能格段に上がるからね』との事だが、きっと嘘だ。コイツはハッカーか何かに違いない。と、笹本は思ってはいるのだが、もう関係なんかない。
今はこの個性的にも程がある仲間を信じてやっていくしかない。
「接敵1日前です参謀長」
今日のタイムキーパーのミアリー・ラボロロニアイナから連絡が来る。
宇宙標準時間であるグリニッジ標準時の夜11時を接敵時間に合わせてある。
なんとなく形が見え始めたが、未だにブラジルから連絡は無い。
ハズレだったのかとも思うがこれ以上時間は繰り越せない。
複雑な苛立ちは続くが、一旦休息を入れ始めた。
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