ないもんはないんだよ。だって、ないんだから。
物語として成立させる為だけど、無能だと烙印を押された道を、それでも頑張り続ける主人公って凄いよね。
普通はこんな感じに進むんじゃないの?
という気持ちを物語的にしたものです。
一応、舞台設定は所謂ナーロッパですけど、全く内容に関係ないので、ファンタジーではなくヒューマンドラマに放り込みます。
「キズナ、お前を勘当とする。
合わせて、この地から立ち去るが良い。
二度と踏み入るでないわ」
実の父からの、冷徹な宣言を聞いて、俺は身を震わせる。
屈辱?
それとも、怒り?
まさか、絶望?
どれも違う。
これは、歓喜の震えだ。
これこそが俺の望んでいた展開であり、クソ親父の処断は、俺にとっては福音以外の何者でもなかった。
俺は、歴史ある武門の嫡男として、この世に生を受けた。
名を、キズナという。
姓は、今まさに剥奪されたのでどうでもいい。
頼まれたって名乗ってやんねぇー。
当然の帰結というか、そんな立場に生まれた為、物心付いた時にはもう剣を握って、鍛練鍛練、朝も夜もなく鍛練の毎日を過ごしてきた。
この日々の、なんという苦痛か。
望んでもいない教えを叩き込まれ、身に付かなければ罵倒されるという虐待じみた教育に、楽しむ要素なんて何処にもないだろう。
あるいは、俺に才能があれば、それも違ったかもしれない。
きちんと鍛練の成果が出るのならば、やり甲斐というものを感じていたのだろう。
だが、残念なことに俺には才能がなかった。
武家の嫡男としてはあるまじき事に、欠片もなかった。
人より努力しても全く身に付かず、同年代は勿論、後輩たちにも一瞬にして取り残されていく。
そして、そんな俺を、大人たちは失望の眼差しと溜め息で対応し、子供たちは優越感で嘲笑う。
クソみたいな日々だった。
辛くない夜なんてなかった。
いっそ逃げ出してしまいたかったが、門外不出の技を伝えているとかいう特色の所為で、逃げるに逃げられない。
無許可で土地を離れれば、もれなく刺客が差し向けられるという、クソッタレ具合である。
俺も、命は惜しい。
いっそ死にたいと想う事もあったが、でもやっぱり死ぬのは怖かった。
だから、我慢に我慢を重ねていたが、とうとう遂に勘当して貰えた。
ありがとう、クソ親父!
今まで恨んでいてごめんな!
これからも恨み続けるけど、二度と会わないから許してくれ!
そんな感じで、俺は故郷の地を意気揚々と旅立ったのだった。
ちなみに、俺の出立時、誰も見送りとかしなかった事をここに明記しておく。
期待してなかったけど、マジで人望ないな、とちょっと涙したぜ。
~~~~~
何かの物語ならば、追放された俺は、その後も諦めずに鍛練を続けて、遅咲きの才能を開花させたりするのだろう。
そして、見る目のなかった故郷の連中にやり返したり、見返したりするのだ。
成り上がり的サクセスストーリーだな。
だが、俺にそんなやる気なんてない。
自分の才能の無さとか、よく分かってるから。
いつまでもしがみついて剣を振り続けるなんて、俺には無理だ。
ぶっちゃけ、二度と剣とか握りたくねぇ。
努力は裏切らないとか、そんな美辞麗句を人々は盲信するが、それは才能もないのに諦めきれない馬鹿の戯れ言だと思う。
努力は大切だが、才能があってこそ、というのが俺の意見である。
だから、俺はこれまでの人生を捧げてきた全てをすっぱり切り捨てる。
戦う才能がないんだもの、仕方ないじゃん。
そして、俺は学問の道に入った。
まぁ、奴隷商に捕まって売られた先が、学者の集まる学問都市だったってだけなんだけどな。
一応、脳筋とはいえ名家だったが故に、読み書き計算と言った、基礎的な能力はついでのように仕込まれていた。
それらを駆使して、ご主人の蔵書を読み漁ったり、自分なりに研究している内に、どんどんと嵌まったのだ。
ついでに、ご主人が俺の能力に目を付けて、奴隷から助手にいつの間にか格上げされたりもした。
…………。
故郷を追放されてから、十年ちょい。
今では、俺は立派な学問の徒である。
ご主人改め師匠からも独り立ちを認められ、小さいながらも自分だけの研究室も構えている。
最近の悩みは、可愛い嫁さんが欲しいな、ってくらいの順風満帆な人生を送っている。
やはり、見切りを付けるのは必要な事だと、つくづく思う。
追放されたあの時、俺が意地になって剣を握り続けたとして、今程の成功があっただろうか。
いや、きっとない。
嫌々やり続けて、大成するなんてあり得ない。
ないものはないと諦めて、さっさと次に目を向けた方が、人生、よっぽど有意義だと思うね、俺は。
~~~~~
そんなある日の事。
人体実験用の奴隷を漁る為に市場にやってきたら、とある奴隷が目についた。
人間の記憶は、意外と持つものだ。
もう十年以上会っておらずとも、痩せ細り、汚れきった姿であっても、案外と一目で分かってしまうものだ、と現実逃避気味に思っていると、そいつと目が合った。
その女は、驚愕に目を見開いて、檻の中で呟いた。
「……きず、な?」
「はぁ? 人間の屑に知り合いなんていませんけどぉー?」
取り敢えず、幼馴染みと言って言えなくもないような奴に、人違いだと言っておく事にした俺様です。
縁ってのは、中々切れないもんだなー。
忘れていた過去からの刺客に、俺は天を見上げるしかなかった。
尻切れトンボな感じですけど、これで終わりです。
思い付いたら、もうちょっと話を膨らませるかもしれませんが、今のところ、その予定はなし。