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サキ短編集「レジナルド」

レジナルドの平和の詩

作者: サキ(原著) 着地した鶏(翻訳)

 レジナルド曰く、

「詩を書いてるんですよ、平和についてのね。」

 レジナルドはビスケット連合ミックス缶体かんたいの掃討作戦から帰還したばかりで、缶底かんていにまだマカロンがひとつふたつ潜んでいるかもしれなかった。


「そういった類の詩はもうやり尽くされているんじゃないかい」と、相手は答えた。


「まあ、それはそうですよ。でも、こんなチャンスはもう二度と無いかもしれないし、それに、新しい万年筆も貰いましたからね。いや、なにも独創的な韻文を書くつもりはないんです。平和について書くということは、みんなの言葉を述べるようなもので、その言葉を聞こえの良いように書き直すだけですよ。始まりは、ごくありふれた情緒あふれる鳥類学的な一節。

 こんな風に――――


  空を飛ぶ(Winged) ヒドリ(Widgeon)西に(Westward)前進す

  声がする 人はフェリーニヒンギング

  声がする 叫び狂って放吟ほうぎんす」


「フェリーニヒンギングで韻を踏んだのは良いと思うが、どうしてヒドリ(Widgeon)なんだ。」


「だめですかね? 『飛んでいく(Winged)のが西の方(Westward)なら、当然『w』で始まる言葉じゃないと。」


「西に飛ばす必要はあるのかい?」


「鳥はどこかに飛んでいくものですからね。どこともなくふらふら飛ばしたら、馬鹿みたいじゃないですか。それにこれまでも、人気ひとけのない南アフリカの草原を速歩はやあしで駆け巡る不用心な鹿羚羊ハーテビーストみたいなものを、うたってきましたからね。」


「だが、ご存知の通り、あのあたりには鹿羚羊ハーテビーストはもういないだろう?」


「それに関しては、僕にはどうすることもできません。でも鹿羚羊ハーテビーストは格好良く駆け回ってるのがいい。僕の手にかかれば、予想外の熱望のようなものさえうたってみせますよ――――


  ところで母さん わたしも行ってさ 狂興マフィックにお邪魔したいわ

  ところかまわず 暴れまわっては 通行人トラフィックの邪魔するの


 もちろん、君が言いたいこともわかります。灼熱の太陽が照りつける、がらんとした草原には、そんなことで困るほどの通行人はいないでしょうからね。でも、韻を踏める言葉が『戦勝狂興マフィック』以外にないんですよ。」


「『熾天使のように(セラフィック)』にしたらどうだい?」


 レジナルドは少し考えて、

「それもいいかもしれませんが、天使は後からたくさん登場しますからね。だって平和の詩には天使が必要不可欠ですからね。もちろん、天使がどんな平和な生活を送っているのか、全く以て知りませんけど。」


「天使なら予想外なことをしても不思議じゃないじゃないか。君の鹿羚羊ハーテビーストみたいに。」


「なるほど。次は、舞台をロンドンに移しましょう。感謝と喜びの讃美歌が鳴り響く、言わば、『恐ろしき夜想曲の街』――――


  そして眠れる者が、目を開けば

  聞こえてくるのは いつかの賭場かけば

  ドリー・グレイにはとにかくサヨナラ

  疲れながらも小さなベッドを引き出せば

  蜜吸鳥ミツスイカズラの唄の見せ場

  聞こえてくるよ 蜜蜂の詩を讃える声が


 全盛期のロングフェローでさえ、こんな詩を綴ったことはないと思いますよ。」


「その意見には賛成するよ。」


「そう言われると困りますね。僕は優しい性分ですけど、賛同されるのはどうにも我慢ならない。それはともかく、僕が気にしているのは、意地汚い禿鷲アースフォーゲルの一節なんです。」


 レジナルドは悲しそうな顔でビスケットの缶を見つめていた。今や缶の底には、退けていた堅焼きビスケットが列を成しており、そこには魅力の欠片すらなかったのだ。


「もし堅焼きビスケットを、のどから手が出るほど待ち望んでいる女性がいるなら、そんな人とはぜひ結婚したいものですね」と、レジナルドはぶつくさつぶやいた。


「なら『禿鷲アースフォーゲルの悲劇』ってのはどうだろうか?」と、相手は同情的に尋ねてみた。


「ああ、それじゃ単純に、韻が踏めませんよ。着替えてるときも色々と考えてはみましたが……着替えながら考えるというのは誰にとってもとにかく最悪なことですけど……昼食のときもこんな感じで、まだずっと悩んでるんですよね。気分はまるで、多くの人でひしめく往来に、絶望的な停車を試みた運の悪い運転手が、有難ありがたくもない自動車の悪評を一身に背負おうとしているようなものですよ。ただ心配なのは、禿鷲アースフォーゲルを削ってしまうと、詩が愉快な田舎の雰囲気になってしまいかねないことですよ。」


「まだ不用心な鹿羚羊ハーテビーストがいるから大丈夫だろう。」


「なら、飾り立てられた本当に少しばかりの教訓といこう……意味が解らなくなるのを君は心配しているだろうけど――――


  戦争は終わった 汝は葡萄酒が与える湧き立つ歓喜に心を満たせ

  そして命じよ 汝の軍は剣を鉱山採掘用の鋤に持ちかえさせよ


この場合は『畑の鋤』よりも『鉱山採掘用の鋤』の方がしっくりくるでしょう。平和の恩恵を讃える言葉はまだまだたくさんありますけど、どうします? もっと聞きます?」


「選ばないといけないんなら、そうだな、戦争を続けた方がましだね。」

原著:「Reginald」(1904, Methuen & Co.) 所収「Reginald’s Peace Poem」

原著者:Saki (Hector Hugh Munro, 1870-1916)

(Sakiの著作権保護期間が満了していることをここに書き添えておきます。)

翻訳者:着地した鶏

底本:「Reginald」(Project Gutenberg) 所収「Reginald’s Peace Poem」

初訳公開:2019年11月4日



【翻訳者のあとがき】

 時代背景や固有名詞について説明があった方が親切かなと思う点に関しては、訳者の分かる範囲で以下に註釈を記載しておきます。

(注意:読みやすさのため、本文中には註釈の番号は記載しておりませんので悪しからず)


1. 『フェリーニヒンギング』(Vereeniginging)

 フェリーニヒング(Vereeniging)は南アフリカの都市で、炭鉱開発で栄えていた。第二次ボーア戦争(1899-1902)の頃はトランスヴァール共和国に属しており、終戦協定であるフェリーニヒング条約がこの都市で結ばれた。第二次ボーア戦争の折、フェリーニヒングには強制収容所が建てられ、劣悪な環境に多くの人たちが収容されていた。本作では、韻を踏むために、「ing」をつけて「フェリーニヒンギング(Vereeniginging)」と茶化しているが、詩の内容としてはこの強制収容所の件を揶揄しているのだろう。


2. 『戦勝狂興マフィック』(maffick)

 第二次ボーア戦争の戦局の一つに「マフェキング包囲戦(Siege of Mafeking, 1899-1900)」というのがある。南アフリカのマフェキングという都市で、英国軍が217日間に渡りボーア軍に包囲されたものの、少数の兵たちで奮戦し勝利したという戦局である。この勝利の報を聞いた英国本土では、戦勝を祝って狂乱歓喜したという。この戦勝の狂喜はマフェキングにちなんで、「戦勝狂興マフィック」と呼ばれる。


3.『恐ろしき夜想曲の街』(The City of Dreadful Nocturnes)

 スコットランドの詩人ジェイムズ・“ビッシュ・ノヴァーリス”・トムソン(James “Bysshe Vanolis” Thomson, 1834-1882)の詩「恐ろしき夜の街(The City of Dreadful Night)」(1874)のもじり。


4. 『ドリー・グレイ』(Dolly Gray)

 第二次ボーア戦争の頃に流行した米国の歌謡曲「さよなら、ドリー・グレイ(Goodbye, Dolly Gray)」(1897)。作詞はウィル・D・コブ(Will D, Cobb, 1876-1930)、作曲はポール・バーンズ(Paul Barnes, 1868-1922)。


5. 『ロングフェロー』(Longfellow)

 米国の詩人ヘンリー・ワーズワース・ロングフェロー(Henry Wadsworth Longfellow, 1807-1882)。代表作に「エバンジェリン(Evangeline)」、「ハイアワサの唄(The Song of Hiawatha)」等。


6. 作中詩について

 詩の訳出というのはどうにも難しい。原文の英詩はリズム音節シラブルをきちんと押さえつつ、かつナンセンスな滑稽さも踏まえている。こういった要素を全て日本語の詩に落とし込むのはなかなかに難しく、詩的センスや素養の皆無な私は正直に言って匙を投げてしまった。下記に原詩を転記しておく。もし、詩に詳しい方で、それも奇特な方がいらっしゃれば、訳詩の改善に何かしらのご教授をいただければ幸いである。


When the widgeon westward winging

Heard the folk Vereeniginging,

Heard the shouting and the singing


Mother, may I go and maffick,

Tear around and hinder traffic?


And the sleeper, eye unlidding,

Heard a voice for ever bidding

Much farewell to Dolly Gray;

Turning weary on his truckle-

Bed he heard the honey-suckle

Lauded in apiarian lay


Cease, War, thy bubbling madness that the wine shares,

And bid thy legions turn their swords to mine shares


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