第七話
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読者さんの期待に応えることができるように頑張ります。
明日もこのぐらいの時間に更新(出来れば)すると思います。
第七話
翼を広げた怪鳥のごとく、巨大な蛮刀を掲げる偵察部隊の隊長を見て、私は自分の失策と敗北を悟った。
魔王軍は強大で強く、その練度も計り知れない。だが一番に警戒すべきは、彼らの経験値だった。
彼らは自分たちの優位を過信せず、少数であることを自覚し、私の策よりさらに苛烈な戦術を選択した。
背後の斜面は、ほぼ垂直と言っても過言ではない切り立った崖だ。ここを駆け降りるなど、できるわけがない。だがだからこそやる。発想のスケールで上を行かれてしまった。
後ろを取るつもりがとられた。
そしてこの状況はもうどうしようもない。
たった一人とはいえ、円陣の中に入り込まれては、陣形を崩されて終わる。
オットー達別動隊も間に合わない。敗北と死が見えてしまった。
分隊を率いる隊長が私を見つけ、踊るように刃をふるう。
そりゃそうだ、一番最初に狙うのは、指揮官でありながら最弱のこの私。
とっさにサーベルを掲げ、攻撃を防ごうとするが、筋力の差からあっさりと敗北、サーベルがたたきおられ、破片が宙を舞い、そのまま刃が胸に振り下ろされる。
岩が当たったかのような衝撃。激痛とともに後ろに吹き飛ばされる。
痛みはあるが出血はほとんどない。恐るべき威力で胸鎧はぱっくりと割られているが、そこで刃が止まり、わずかに出血がある程度。しかし激痛により息ができず動けない。
即座にとどめの二刀目が放たれる。もはや身動きすらできない。
死んだ。こんなところで終わりか。
盤上遊戯で負けたかのように、自分の敗北を受け入れた。
指揮官である私はすべてをあきらめた。
だがこのどうしようもない状況にあって、あきらめていたのは、私一人だけだった。
死の刃が目の前まで迫った時、横から差し出された二振りのサーベルが、死の刃を寸前で押しとどめる。
「させるか!」
「やらせはしない」
刃を止めたのは、敵の襲来にいち早く反応したレイと重症のため、私のすぐそばにいたアルだった。
レイ、アル
声を上げることもできない私は、ただ二人の姿を見ていることしかできなかった。
二人が私の前でサーベルを抜き、魔王軍の前に立ちはだかる。
「ロメリア様を守れ」
「陣形を組みなおすんだ!」
アルとレイが声を張り上げる。だがそれは無理というものだ。陣形の中に入り込まれ、今から陣形を組みなおすなど、できるわけがない。しかも指揮官である私が倒されたこの状況で、統率などとれるわけがなかった。
混濁した意識の中で私は無理だと思ったが、驚くべきことが起きた。
レイに言われるまでもなく、兵士たちがそれぞれに動き陣形を縮小し、倒れる私を中心に円陣を組みなおしたのだ。
「ミーチャ、ベン。ブライ、セイ、左翼を固めろ、グレン、レット、シュロー、メリル、右翼。二人一組で補い合え、ゼゼとハンスはそれぞれの組の間に入って、両方をサポートするんだ。正面は俺とアルが受け持つ」
レイが素早く指示を出し、それぞれに役割を割り振っていく。
この状況にあって、レイは指示を出した。それが的確なのかどうかはさておき、指示を出されれば兵士は従い、統率がとれる。
しかも兵たちは誰も逃げない、指揮官の私が動けないというのに一斉に槍を繰り出し、敵の反撃にも恐れることなく前へ前へと前進していく。
追い詰めた兵士たちの思わぬ反撃に、魔王軍の偵察部隊がわずかに後ろに下がる。そこに別動隊として配置していたオットー達が襲い掛かった。
タイミングとしては申し分ない時ではあったが、いかんせん態勢が悪すぎた。
本来なら相手を二分し、その背後をつくという作戦。しかし倒れた私を中心に陣形を縮小し、円陣を組みなおしたおかげで、急斜面を背に密集し、敵に包囲されている。今度こそ相手の後ろをとれたが、相手も分散していた戦力が集中したため、たった四人の別動隊では効果が薄い。
後ろを取られても魔王軍は慌てることなく一人が後ろに下がり、オットー達を相手にする。
兵たちの頑張りで盛り返せたが、いずれ集中力も途切れてしまう。その前に何とかしなければいけない。だが声が出ない。頭も働かず何も思いつかなかった。
もうろうとする意識の中、前に立つレイとアルを見た。
二人は私を狙う隊長を前に立ちはだかり、サーベル片手に気を吐いている。
ここだ、この勝負が全体を左右する。ここで勝った方が戦いの流れをつかみ勝利する。
だがアルとレイに勝ち目はない。相手は手練れの魔王軍の隊長クラス。アルとレイでは格が違う。それにアルは瀕死の重傷を負っている。そんなことは二人ともわかっているはずなのに、二人は恐れることなく剣をふるう。
舞うように剣撃を繰り出す隊長に対して、レイは基本に忠実な受けを必死で繰り返し、なんとか受けきる。
そしてレイが生み出した隙を、瀕死のアルが重傷を感じさせない打ち込みで攻撃する。
二人とも、訓練の時よりも動きのキレがいい。
覚醒した?
旅のさなか、王子にも似たようなことが起きた。
窮地に追い込まれ、集中力が増大し、以前とは格段に強くなったことがあった。
戦場でも死にかけた兵士や、厳しい戦いを乗り越えた戦士などにそういうことは起きるらしい。
おそらく私に宿る『恩寵』のような奇跡が、厳しい戦いを繰り返す戦士に力を貸すのだろう。
しかしそれでも敵の優位は変わらない。片方の手でそれぞれを相手にしてなお余裕がある。
せめてアルに怪我がなく、もう少し二人に訓練の時間があれば、あるいはなんとかなったかもしれない。だが、覚醒したとはいえ、羽化したての今では勝ち目が薄かった。
私も何とか起き上がり、動こうと頭では思っているのに、
体は指一本動かない。二人の勇戦を見ていることしかできなかった。
ただ一撃を受けただけでこのざま。非力な自分が悔しくてたまらない。
私にできることは、二人の奮戦を応援し、祈るだけだった。
翼のように刃を掲げる魔族が、演舞のごとき攻撃を繰り出す。
あらゆる角度から降りかかる刃を、レイが必死に防ぐが、どこから飛んでくるかもわからない攻撃の嵐に、体のあちこちが切り刻まれ、すでに全身が血まみれとなり鎧や衣服は赤く染まり、無事なところを探すことの方が困難なほどだった。
ほんの数分の戦いで、二人とも満身創痍。だがそれでもなお二人の目からは闘志が消えておらず、ただ敵だけを見据えている。
その時、二人の周囲に変化が起きた。
レイの体の周辺に気流が生まれ、アルの体からは熱が放出される。
気流は徐々に大きくなりつむじ風となり、アルの剣からは炎がほとばしった。
魔法!
間違いなく魔法の効果だった。二人に素質があることはわかっていたが、ここでその才能が開花した。
「うぉぉおおお」
雄たけびを上げながら、風をまとったレイが渾身の一撃を放つ。
魔王軍の隊長は蛮刀を翻し受けようとしたが、一刀とともに放たれた突風が防御の刀をわずかにそらす。そして風に乗り放たれた一撃は、太い左腕を切り裂き両断した。
血しぶきとともに宙に舞う腕と刀が落ちるより先に、アルが炎をまとったサーベルをふるう。
だが腕を切り落とされてなお、魔王軍の兵士は戦意を失わず、残った右の刃でアルの攻撃を迎撃する。
互いの刃が交錯し、せめぎあう。
瀕死のアルは両手で剣を握り締め、片腕を切られた魔族は、大量の血を流しながらも万力のように力を籠める。右腕から血管が浮き上がり、筋肉が瘤のように膨張する。
片腕だというのに信じられない剛力に、両腕のアルが押される。
押し切られそうになった瞬間、雄叫びと共にアルから炎が激しく噴き出る。
炎が刃に収束し、刀身が赤く灼熱する。
「おおおおおおっつ」
「!」
高熱に蛮刀が融解し、魔族が鍛えた鋼鉄をバターのように両断。そのままわき腹を深く切り裂く。
短い悲鳴を上げるも、それでも魔王軍の隊長は倒れない。倒れそうになった体を両足で踏みとどまる。
左腕からは出血、わき腹からは内臓をこぼし、それでも耐えた魔王軍の隊長が、鬼の形相でにらむのは、倒れて伏した私だった。
ただでは死なぬとばかりに、まっすぐに私に迫り、右腕を伸ばす。
円陣を組んでいた兵士が槍で防ぐも、三本の槍に貫かれ、なお止まらない。
鬼の腕につかまれそうになった瞬間、アルが切り裂いたわき腹から、炎が噴き出し全身を覆いつくした。
「ぎゃぁぁっぁああ」
炎に包まれ、断末魔を上げて魔族の隊長がついに倒れた。
隊長が倒されたのを見て、それまで余裕で戦っていた魔王軍の偵察部隊に動揺が走った。
勢いづく兵士たちに本気でかかり、多少の危険を無視して倒そうとするが、その時、来た道から勇ましい声をげて殺到する一団の姿が見えた。
武装した四人の兵士たち。
ほかのルートに進ませた者たちだった。
囮として移動した後、迂回して戻ってきてくれたのだ。
彼らが戻ってきてくれるとは、正直思っていなかった。
囮作戦は危険な賭けだった。本隊である私たちを追撃してくると読んだが、例外もありえた。その場合少数に分けた彼らは、間違いなく死ぬ運命にある。
逆にそうでなければ、彼らには生き延びるチャンスが生まれ、そのまま逃げれば助かるかもしれなかった。
だから私はあえて彼らに囮として行動した後は、迂回して戻るようにとは指示しなかった。
せっかく逃げ延びることができたのに、また戦場に戻れなどと言っても、戻ってくるわけがないと思ったからだ。
しかし彼らは独自の判断で戻ってきた。
槍を持ち、雪崩のように突撃してきた四人の兵士に、オットー達が加わり、後ろを固めていた魔王軍の兵士の一人が打ち取られる。
そして戦局が動き、魔王軍の兵士が次々に打ち取られていく。
勝ったのか?
特等席で見ていてなお、自分が見たものが信じられなかった。
王子と旅をして、これまでも何度も奇跡のような光景を目にしてきたが、これこそ本当に本物の奇跡だった。
彼らは王子でも英雄でもなく、ついこの間までただの村人だった。それなのにだれよりも雄々しく戦い、ありえないほどの劣勢を覆した。まさに勇者だ
戦場の中央。この戦いの一番の功労者を見ると、アルとレイの二人は、私より早く意識を失っていた。
重傷を負い全力を尽くし、初めて魔法を駆使したのだから、当然だろう。
その顔はやり切ったように安らかだった。
あどけない顔に少し笑みがこぼれると、私もそのまま意識を失った。