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第五話

第五話


魔物を討伐し村を救った夜の宴は盛大なものとなった。

村人達は盛大に我々をねぎらってくれ、兵士たちは薄い酒であっても、勝利に酔いしれ、あちこちで歓声を上げていた。

少し浮かれすぎているが、何せ初陣での大勝利である。水を差すのは無粋というものだった。むしろさらに次への弾みとしたいところだ。


「皆さん、今日は良く戦ってくれました。皆さんの働きはしっかりと記録してあります。砦に帰ったときの褒美を楽しみにしていてください。このあと私たちはさらに各地を廻り魔物を討伐していきます。今日手柄を立てた人は、次も頑張ってください。手柄を立て損なった人は切り替えていきましょう。手柄を立てる機会はこれからいくらでもあります。皆さんの戦果に期待します」

ねぎらいと激励の言葉をかけると、兵士たちは杯を掲げて歓声を上げた。


それから一週間。私たちは各地の村を回り、三度の戦闘を行った。そしてその全てで勝利を収めた。

もちろん、これは事前の情報収集のおかげだ。


確実に勝てる相手だけを選び、戦ってきた。とにかくほしいのは回数をこなすことと、勝利の実績だ。おかげで新兵だった兵士たちも、最近では顔つきが代わり、いっぱしのものとなっている。

三度目の戦闘は浮き足立つこともなく、訓練通りの動きを見せることが出来た。

それによくよく見ていれば、見所のある兵士というものはいるものだった。


木こりの倅であるオットーは、ずんぐりしていて一番背が低いが、意外に力が強く、小さな丸太なら一人で担いでしまう。しかも太い手に似合わず器用で、壊れた馬車も直せるほどだ。将来的には工兵として活躍してもらいたい。

骸骨のように痩せたカイルは、木登りが得意で猫のような身軽さでするすると木に登っていく。偵察兵としての適性は高い。

グラとラグの双子は鏡のようにいつも一緒だ。同時に槍を繰り出す姿は、まるで分身でもしているかのようだ。二人一組の攻撃はかわしにくく、良く魔物を仕留めている。

そしてアル。

今も生意気だが、戦闘に関しては一番の才能を見せている。命知らずで恐れ知らず。それに魔法の適性もあることが判明し、兵士として経験を積んでいけば、先祖と同じく騎士も夢ではないかも知れない。


一方でレイは少し空回りしていた。

やる気は見せているのだが、元々荒事に向かない性質なのか、怪我ばかりが増えている。

アルと同じく魔法の才能もあることが分かったが、やはり前戦で戦う兵士ではなく後方支援を任せるべきかも知れない。

しかし本人は敵を倒し、とにかく手柄を立てようと必死だ。何をそんなに焦っているのか。


寄せ集めに思われた隊にも、それなりに粒はいる。

しかし様になってきたとはいえ、まだまだ甘いところは多い。一度砦に戻り、徹底的な訓練を施し、一人前の兵士になって貰わなければならない。

それに数もほしい。最低でも百名はそろえないと、魔物は討伐できても、魔王軍との本格的な戦いには耐えられない。早急に後ろを固める必要があった。


その時、私はいつものこととはいえ、次のことを考えていた。それはもしかしたら油断であったのかも知れない。

あるいは『恩寵』の効果に、常に自分たちには幸運が降り注ぐ状態に慣れてしまっていた。


だが本来『恩寵』の効果はささやかなものだ。決して大きな幸運を引き寄せるようなものではない。準備し努力し考え、たゆたう勝敗の天秤が釣り合っているとき、ほんのわずかにこちらに流れを与えてくれる。

成功の可能性をわずかに高めてくれるが、低すぎる、あるいはゼロの物を増やす力は無い。

特に油断や慢心などは一番の大敵だった。


この日討伐に向かったのは、辺境のはずれにある鉱山跡だった。

廃坑に魔物が住み込んでいるという情報を聞き、被害が出る前に討伐することが目的だった。

目撃情報では熊の様な姿が目撃されており、大型ではあっても一頭だけなら、数で押せる相手と判断した。


しかし私はもっと慎重になるべきだった。

目撃情報は、正直あまり当てになるものではない。

大きさや形を見誤ることなどしょっちゅうで、複数の目撃情報がないかぎり信用することはできず、他の魔物と取り違えてしまうことも多々ある。


それに違和感もあったのだ。

熊型の魔物であれば広大な縄張りを持ち、あちこちの木に爪で傷を付け、自分の縄張りを示すマーキングを施す。

その傷跡を見れば、ある程度大きさや強さを知ることができるため、重要な情報となるのだが、道中それらしい物を見つけることはなく、おかしいと思うべきだった。

そのときに気が付いていれば、こんな悲劇は防げたのだ。




今、私たちは山の中を彷徨う様に逃走していた。

振り返れば、兵士たちが皆疲れ切った顔で歩んでいる。しかも半数以上が負傷し満足に手当も出来ていない。馬を失い、水と食料もわずか。飢えと乾きに疲労が重なり、行軍の速度も遅くなるが、少しでも早く移動しなければいけなかった。


焦りと疲労に思考が鈍るが、そろそろ時間だと言うことを思い出す。

「小休止を取ります。少し休んでください」

足を止めて休息を告げると、兵士たちはその場にへたり込んだ。

私も脚が限界だが、兵達の手前、座ることが出来ない。疲労を隠しながら最後尾の兵に、脱落者がいないかどうかを目で確認する。

最後尾の兵士は頷いて脱落者がいないことを教えてくれた。


「カイル、疲れているところすみませんが、木に登ってくれますか?」

骸骨のようにくぼんだ眼窩を持つカイルが、小さく頷いて木に登っていく。しかしやはり疲労はあるのか、いつもよりは遅い。

木に登ったカイルが、四方を確認する。

「いました、二キロ後方です」


私たちを追いかけてくる死神、それは五人の魔王軍偵察部隊だった。

魔物と思って討伐に来てみれば、そこにいたのは魔王軍の兵士。

数はたったの五。だが歴戦にして手練れの五人だった。

魔王軍はこれまで侵略に侵略を重ね、多くの戦闘をこなしてきた歴戦の兵。しかも少数で敵地に潜入し情報を持ち帰る偵察部隊は、特別な訓練を施された精鋭だ。

この前まで新兵だった兵士たちとは、練度がまるで違いすぎた。


槍を並べて作られた方陣は易々と突破され、多くの兵が傷を負った。

とっさに爆裂魔石を全て使い、何とか山へと逃げたが、死者がいないのが奇跡だった。

『恩寵』のおかげかも知れないが、危機はまだ去っていない。


山へ逃げ延びた私たちを、偵察兵は正確に距離を保ち追い掛け続けている。

まるで影のように、ぴったりとくっついて離れない。

敵の姿にへたり込んだ兵士たちが慌てて立ち上がる。先ほどの戦闘の恐怖が忘れられないのだろう。追いつかれたら死ぬと体が理解してしまっている。


「落ち着いてください。ゆっくり休んで。連中は私たちを動揺させるために、わざと姿を見せているのです」

潜入工作に長けた偵察兵の分隊が、少し上から覗いた程度で見える位置にいてくれるわけがない。わざと姿を見せていると考えるべきだろう。

「私たちが焦ってペースを乱し、バラバラになるのを待っているのです」

懐のゼンマイ式の懐中時計を取り出す。


「一時間歩いて五分休む。このペースを守るのです。これが最終的には一番長く歩いていられます」

旅の途中で知り合った、老練な兵士が教えてくれた話だ。

無理をせず同じペースで歩き続ける事。歩くことが兵士の仕事だと彼は言っていた。


それに連中が姿を見せている間はまだ大丈夫だ。

姿が見えなくなった時が一番危ない。

そしてそのときはそう遠くない。


今はまだ何とかペースを保てているが、疲れはそろそろ限界に達している。これから歩くペースはどんどん落ちていくだろうし、連中もいつまでも私たちに構ってはいられない。日が暮れる前には仕掛けてくるはずだ。


どうにかしなければと考えていると、レイと目があった。

レイは怪我こそしていないものの、すでに死んでいるのではないかと思うほど顔色が悪い。自分を責めているのだろう。


先ほどの戦闘のおり、方陣を崩されそこから傷口が大きく広がった。

方陣を崩されたのはレイの所からだった。不用意に槍を繰り出し、陣形がわずかに乱れ、そこから崩されたのだ。


勇み足ではあったが、責めるほどのミスではなかった。レイがミスしなかったとしても、いずれ崩されていただろうし、結果論に過ぎない。だが崩される原因となったにもかかわらず、 自身は傷一つ負っていないことに、レイは責任を感じて今にも死にそうだった。

何か声をかけるべきなのだろうが、今の彼には何を話しても逆効果になりかねない。それに一人に構っている場合でもない。


視線を移すと、木の幹に体を預けたアルが荒い息を吐いていた。

体に当てた布は赤黒い血がにじみ、顔色は紙のように白い。アルはこの中でも一際重症だ。まだ死んでいないのが不思議なぐらいだ。


「大丈夫ですか? 少し傷口を見ましょう」

止血のために当てた布を取るが、傷口が酷い。出血は何とか止まったが、それまで血を失いすぎている。このまま行軍を続ければ、傷口が開きかねない。

行軍の最中に見つけた薬草で、何とか応急手当をする。


「それは薬か?」

私が取り出した薬草を見てアルが問う。何か喋っていないと意識を保てないのだろう。

「ええ、昔旅をしていて覚えました。貴方曰く、私を捨てた王子を助けるために覚えた技術です」

言ってやるとアルは顔をしかめた。怪我が痛んだからと言うことにしておこう。


旅の初めの頃は、私も必死だった。戦えない分、出来ることは何でもやった。特に質の高い薬草は市場には出回らない。直接買い求めるか、あるいは自分で採取するか。王子を助けるために必死で覚えた。まぁ、聖女が仲間になってからは、発揮することが無くなった知識と技術だったが。


「なぁ、俺を置いていけ、俺は足手まといだ。このまま俺を連れて行けば、みんな死ぬ」

アルの言葉に、兵士たちがうつむく。うすうすみんなが分かっていることだった。一番重症のアルに合わせて移動していては、行軍が遅れる。全滅の危険性が高まる。

効率を考えれば見捨てるのが最適解だ。だが効率的なことが、常に正しいとは限らない。


「そんなことはしません。私は共に戦った仲間を見捨てない。見捨てられたことはありますが、私は誰も見捨てません」

アルは驚いたような顔をし、兵士たちの中には、涙ぐんでいるものもいる。


もちろん嘘だ。私はそんなに高潔な人間ではない。

必要が有れば切り捨てるだろうし。利の大きい方を取る。今の言葉はアルに、そして周りの兵士に聞かせるための言葉だ。

兵士たちの心を掴むには、こうした演出も必要だ。私は彼らには命を懸けさせているのだ。命を懸けたくなる人物であると思わせてあげなければいけない。


「だ、だが。このままでは」

アルはなおも喋ろうとしたが、私は遮った。

「もういいから黙っていてください。これでも食べていて」

口の中に薬草を突っ込む。

「うげぇ、なんだ、これ。ニガっ」

「薬草です。鎮痛効果がありますから、吐かずに食べてくださいね」

尤も、鎮痛効果はそれほど高くはない。ただとにかく苦くて口の中が麻痺するおまけ付きだ。これで口の悪さが治ればいいのだが。


苦い葉っぱを何とか飲み込むアルの傷口を処理し、私は立ち上がって兵士たちを見た。

嘘のおかげで、兵士たちの目は生き返った。とりあえず、逃げ出そうとする者はいない。ギリギリ何とかなるかも知れない。


「皆さん、聞いてください。すでに理解していると思いますが、追ってきている偵察兵は強敵です。ですが我々は、あの敵をなんとしてでも倒さなければならない」

倒すどころか勝ち目すらないぞと、兵士たちは目で訴えるが、続きを話す。


「彼らは敵地に潜入して、情報を持ち帰る役目を帯びた偵察兵です。僻地の情報を集める目的は、本隊の進路を決定するための情報収集と考えられます」

私の言葉に、兵士たちに動揺が起きた。

魔王軍本隊がくる。

たった五人の偵察兵に、二十人がなすすべもなく逃げている。その本隊が来るとなればどうなるのか? 故郷が血と炎に染まることは、想像に難くなかった。


「もちろん、本隊がここに来るとは限りません。しかし情報がなければ本隊を移すことは無いでしょう。少なくとも私なら、偵察兵が帰ってこなかった場所に、本隊を移そうとは思わない。あの偵察兵を倒せば、魔王軍の本隊はここに来ないかも知れない」

どこまでも可能性だ。来るかも知れないし、来ないかも知れない。そして答えは常に分からない。


私たちの行動や戦いは、全体から見ればほんの小さなものでしかない。砂粒のようなものだろう。

私たちがどれほど悲壮な決意を固め、勇気を振り絞り雄々しく戦ったとしても、見向きされないどころか誰も知らず、ただ埋もれていくだけかも知れない。


だが逆もあり得る。


私たちの砂粒は、全体を大きく変える一つとなるかも知れない。

進軍先を決めあぐねていた敵司令官が、帰ってこなかった偵察部隊に目を止め、判断材料とするかもしれない。

未来は誰にもわからない。だからこそ常に最善と全力を尽くすしかないのだ。


兵士たちが持つ武器を力強く握りしめる。

士気は高い。


「れも、ろうやって」

変な声を出したのはアルだった。

舌が麻痺してろれつが回っていない。しかし言いたいことは分かる。

相手はたった五人で、二十人からなる私たちを一方的に蹴散らした精鋭ぞろい。正面から戦って勝てる相手じゃない。

「策があります」

 私はそう請け負った。



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