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第四話

 第四話


 兵士を連れて砦を出た私たちは、一路西へと向かった。

 砦から一日ほどの距離にある村に、最近魔物が出没するらしかった。

 山に入った村人が帰ってこず、捜索に出た村人たちが十匹ほどの小型の魔物と遭遇したそうだ。

 その時は何とか村へと逃げのび、それ以降山に入らず、自衛を心掛けているため目立った被害はないが、味をしめた魔物たちが畑にまで出没するようになった。

 いつ村が襲われるかも知れず、危険な状況と言えた。しかもこれは十日も前に届いた報告。すでに被害は出ているかもしれない。


 馬に乗り、先頭に立って兵たちと進む。

 士気はそれなりに高くあるが、しょせんは金と使命感で作ったかりそめの物、吹けば飛ぶような威勢のよさだ。しかし無いよりはましとするしかない。


 ついたばかりの火が消えぬうちにと、つい気持ちが逸り、知らず知らずのうちに行軍の速度を速めてしまう。

 しかし私は馬に乗っていても、残りの十四名は徒歩だ。最後尾には食料を詰んだ荷馬車も率いている。急ぎ過ぎては無駄に兵を疲れさせる。はやる気持ちを抑えて速度を落とす。


 手綱をゆるめ力を抜いていると、視線を感じた。すぐ隣を馬で進むレイがこちらを見ていた。

 レイはそばかすの浮いた顔に幼さの残る青年だった。青白い肌に痩せた体、ひょろ長い身長は、日当たりの悪い場所で育った大根の様だ。私よりは少し年上だが、その顔のせいで年下にさえも見える。


「なにか?」

「あっ、いえ。馬に乗るのが上手だなと思って」

 話しかけられると思っていなかったのか、レイはしどろもどろになりながら受け答えをする。

「王子と旅をしていたときに、馬に乗る機会がありましたから」

 旅は基本徒歩だったが、時には馬を借りて移動することもあった。初めはうまく乗れなかったが、旅先で出会った草原の民に馬術を教えてもらい、最後には五人の中で一番うまくなった。

 女が馬に乗るなどはしたないと言われるだろうが、足手まといになるつもりはない。


「馬は好きです。馬車も扱えますよ。風雪に覆われた北方凍土を旅したときは、犬ぞりも扱いました」

 動物は好きだ。特に馬は美しい生き物だと思う。

「それはすごいですね」

 レイがお追従を言うと、隣で口笛が聞こえた。


「ほんとだ。まさに野生児」

 レイの隣では、同じく馬に乗るアルが偉そうな顔で笑っていた。

 レイがアルを小声で注意するが、本人はどこ吹く風。私も咎めたりはしなかった。


 アルは生意気でレイは気弱だが、この二人は貴重だ。

 現在は百姓をしているが、何代か前に騎士を輩出した家系であり、そのせいか二人とも馬に乗れる。アルは生意気だが体格がよく、新兵の間では一目置かれているし、気弱なレイは兵士たちの中で唯一字が書ける。簡単な算数もこなすので、ゆくゆくはいくつかの管理は任せてしまいたいと思っている。


 馬はあと二頭いるので、他の兵士が乗っているが、まだまだ扱いがうまいとは言えない。

 騎兵突撃が出来る様になれとは言わないが、伝令がこなせる程度にはなってもらわないと話にならない。


 色々やるべきことを考えていると丘が見えてきた。この丘を越えると目的の村だ。

 丘を越え、村を見下ろせる所まで来ると、兵士全員に衝撃が走った。


「おい、あれは!」

「村が襲われている!」

 兵の誰かが言ったように、畑で囲まれた集落を、小さな獣の様なものが襲っていた。


「魔物だ!」

 腕が異様に長い猿の様な姿をした猿鬼と呼ばれる魔物だ。畑では収穫の途中だった村人たちが襲われ、集落へと逃げているが、逃げ遅れた村人が数人、魔物に襲われ殺されていた。


「行きましょう! 彼らを助けるのです!」

 檄を飛ばすと、我を忘れていた兵士たちが一瞬戸惑う。

 やはりダメか。

 予定外の遭遇に準備が出来ず、兵たちの心に火をつけ損ねたことを痛感したが、突然そばで雄叫びが上がった。

「うぉおおおおお、行くぞ! お前ら!」


 気炎を上げたのはアルだった。馬の手綱を片手で操りながら、槍を高らかに掲げる。

 一人が勢いづいたことで、他の兵士たちにも火がつき、それぞれに雄叫びをあげる。

 恐怖をごまかすための声だが、今はそれでいい。


「行きますよ!」

 先頭に立ち馬を進める。レイとアルも付いてくる。

「お嬢様、お下がりください」

 レイが後ろで叫ぶが、そんなこと出来るわけがない。

 経験の浅い新兵の集まり。いつ誰かが臆病風に吹かれて歩みを止めるか分からない。一人が止まれば三人が止まり、三人止まれば十人は前に進めなくなる。だが先に進むものがいれば、つられて付いていく。なら私はとにかく見える位置で、前に進む必要がある。


 馬を駆り、真っ直ぐに集落を目指す。

 魔物達は集落に逃げ込もうとする村人を追って、そのまま村に入ろうとしている。集落の中に入られては、被害が増大する。それだけは避けなければならない。


 馬の腹を蹴り、速度を上げ魔物と村の間を滑り込むように走り抜ける。

 突然横から飛び込んできた騎兵に、猿鬼達が驚き進軍を止める。

 そこに追いついてきた兵士たちが、槍を構えて突き刺していく。


 横合いから殴りつけたことで、何匹か仕留めることが出来たが猿鬼の数は多い。二十五いや、三十。聞いていたより数が多い。

 それに猿鬼は簡単な道具を使う。木の棒や石を投げる程度だが、初めての実戦に、兵士たちが浮き足立っている。


「落ち着いて、陣形を組んで互いに援護し合うのです」

 槍と剣での戦いは、射程の違いから槍が大幅に有利と言われている。だが槍の有利は射程だけではない。槍の真骨頂は集団戦にある。槍をかいくぐろうとする相手を隣同士でカバーし合えば、それだけで相手に何もせず勝つことが出来る。

 基本中の基本だが、初陣の新兵たちは浮き足立っていてそれすら忘れてしまっている。


 さらに集まってきた猿鬼が、側面に回ろうとする動きがあった。

 槍は側面に回られると弱い。まさか猿鬼がそれを知っていて行動しているわけではないだろうが、側面に回られると、一気に崩れる可能性もある。

 虎の子の爆裂魔石を使うかと考えたが、この状況では効果が薄い。それどころか、爆発音と衝撃に、味方の方が驚くかもしれない。私たちが何とかするしかない。


「レイ、アル。行きますよ、来てください」

 私は駆け抜けて、分散したアルとレイが戻ってくるのを見て、声をかける。

「ちょっと待ってください、お嬢様」

「全く、勝手なお嬢さんだ」

 後ろで二人がぶつくさ言っているが、構っていられない。馬を駆り突撃する。


 ねらうは槍兵を前にして、集まっている魔物達の後ろだ。

 サーベルを抜き片手で手綱を操りながら、猿鬼の背後を駆け抜ける。とにかく声を上げながら剣をめったやたらに振り回した。


 ただ振り回しただけの行動だが、何度か猿鬼にサーベルが当たり、悲鳴が聞こえた。

 とはいえ、非力な私の振るう剣など致命傷になるはずもなく、硬い獣毛に阻まれ、小さな切り傷を作る程度だったはずだ。


 しかし背後を襲われた集団はもろい。

 戦いとは勢いだ。周りが調子づいていれば自分も勢いづくが、周囲が歩みを止め、後ろを気にし出せば、つい自分も後ろを気にしてしまう。

 私とレイ達が背後を駆け抜けたことで、猿鬼達の進軍が止まり、一歩、いや半歩下がった。

 それはわずかな後退だったが、全体の流れを決定づけた半歩だった。


 こういう時、私の持つ『恩寵』は最大限の効果を発揮する。

 猿鬼達の圧力が下がったことを、兵士たちは敏感に察知して、槍を突き出し前進した。

 何匹もの猿鬼が串刺しにされ、魔物達は一気に崩れる。

 兵士たちは勢いづき、さらに進軍する。兵士たちが十歩は進んだ頃には、すでに猿鬼に戦意はなく、手に持っていた石や棍棒を捨てて逃げまどい始めた。


 勝った、だが終わってはいない。本番はむしろこれからだ。今ここですべてを殲滅する必要がある。

 ここで逃がせば討伐に時間を要する。

 私は乱れた呼吸を直す間もなく、馬首を返した。

「レイ、アル、もう一度です」

 たまたま近くにいたアルと、少し離れた位置にいたレイに再度声をかける。

 二騎を従え、逃げる猿鬼を追った。


 今度の仕事は牧羊犬だ。四方へと逃げる猿鬼に対し、大きく弧を描いて走り、外へと逃げようとする猿鬼を中央に誘導する。剣を振るう必要もない。ただ駆け抜けて逃がさないように威嚇すると、おもしろいように猿鬼達が中央に集められていく。

 『恩寵』の効果か、それとも誘導が上手かったのか? どちらか分からないが効果は抜群だ。

中央に集められた猿鬼達を、兵士たちが串刺しにしていく。


「アル、レイ無事ですか」

 後ろを見ている暇がなかったので、改めて確認すると、すぐ横に蒼い顔をしたレイがいた。息も荒く、必死で食らいついてきたといった様子だ。

 さらに後方を見ると、アルがいた。その手には槍を持っておらず、サーベルを抜き逃げる猿鬼を切り裂いていた。

 アルの背景に槍が地面に突き立っていた。槍の根本には猿鬼が串刺しとなっている。槍が抜けず、捨ててサーベルで戦うことにしたのだろう。血刀を振るう姿は、なかなかに勇ましい。


 周囲を見回せば、ほとんどの猿鬼を倒すことが出来たが、倒し損ねた猿鬼が一匹逃げているのが見えた。

「レイ、こい!」

 こうなったら一匹も逃がさない。

 馬を駆り逃げる猿鬼を追い掛ける。

 非力な私に魔物を倒す力はないが、この状態ではそれもいらない。真っ直ぐ馬を駆り、逃げまどう猿鬼を踏み抜く。


 足下で悲鳴が聞こえ、踏みつぶした感触が伝わってくる。少し罪悪感がよぎったが、すぐに振り払う。甘いことを言っていられる状況ではない。

 馬を止め振り返ると、地面に猿鬼がうずくまっていた。

 しかし死んではいない、脚を踏みつぶされ、右の太ももが大きく陥没しているがまだ生きている。


「お嬢様」

 追いついてきたレイが、青い顔をしてうごめく猿鬼を見下ろしていた。

「レイ、とどめを」

「え?」

 驚いたようにレイが私を見るが、私は真っ直ぐ見返す。


 レイはまだ魔物を一匹も倒していない。槍は綺麗なままだし、返り血も浴びていない。

 彼を臆病だとそしるつもりはないが、敵を殺したことのない兵士を、このまま連れて行くわけにはいかない。

 戦いはこれからもっと激しくなる。さっさと童貞を捨てて貰わないとこまる。こんな機会は滅多にない。積極的に活用したい。


「早くしてください。それが兵士のつとめでしょう」

「はっ、はい」

 命じられ、流されるままに槍を構える。猿鬼は必死で抵抗して声を上げる。

 必死な猿鬼の形相に気圧され、レイは槍を繰り出せない。

「早く!」

 怒鳴るように声を出すと、反射的にレイが槍を繰り出す。だが槍は外れて地面を突き刺す。

「しっかりとねらって」

 叱咤され、レイは何度も槍を繰り出すと、何度目かでようやく猿鬼に当たるが、貫いたのは肩であり、致命傷にはほど遠い。

「一撃で仕留めなさい。相手は死にものぐるいで反撃してきますよ」

 レイはなおも槍を繰り出すが、上手く急所に当たらず、何度も突き刺すハメになった。


「くそ、くそ、くそ」

 レイは何度も槍を突き刺す。すでに猿鬼は絶命していたが、興奮したレイはそれに気付かず何度も何度も突き刺していた。

 猿鬼が原型を留めなくなった頃、ようやく死んでいることに気付いたレイが顔を上げる。

「やりました」

 顔に返り血を浴び、瞳孔が開いた目で笑う顔には見覚えがあった。

 旅に出て、初めて魔物を倒した王子が同じ顔をしていた。あの時は彼を抱きしめ、この人の支えになりたいと思ったものだが、今は昔だ。


「良くやりました。本隊に戻りますよ」

 短く褒めると、レイは驚くほど大きな声で返事をした。

 大きな声が少しおかしくて、笑いながら本隊に戻ると、すでに猿鬼の殲滅を終えており、あちこちで先ほどのレイと同じように、何度もとどめを刺す新兵の姿が見られた。

 ざっと見渡すが大きな負傷者は見られない。

 兵士たちは敵を倒した興奮と勝利に酔いしれているが、まだ終わったわけではない。


「レイ、負傷者を集めて治療に当たってください。アルは怪我のないものを五名連れて猿鬼のとどめを刺して回って。死んだふりをしているかも知れないので注意すること」

 レイとアルに命じて回る。

「はいはい、人使いの荒いことで」

 返り血を浴びたアルが口では文句を言うが、笑いながら従う。魔物を倒せたことで興奮冷めやらぬのだろう。


「まだ森の中に魔物が残っているかも知れません。怪我のないものは歩哨に立ってください」

 手早く指示を出し、私自身は集落に向かって進む。

 集落では粗末な柵の隙間から、村人達が顔を出していた。


 私が前に進み出ると、集落から初老の男性が出てきた。おそらく村長だろう。

 簡単に名乗り所属を告げ、周辺の魔物の討伐にきた旨を告げると、集落から話を聞いていた村人達の、喜びと安堵の声が聞こえてきた。私たちが敵国の兵ではないかと心配していたのだろう。

 村長は魔物を倒し、助けてくれたことに礼を言い、食事と宿の提供を申し出てくれた。少ないが酒も出してくれるという。

 酒と聞き兵士たちは喜びの声を上げ、こうして何とか無事に初戦をくぐり抜けることが出来た。


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