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第九話

 第九話


 湖面に浮かぶガンガルガ要塞を丘の上で眺めながら、北に目を向けると兵士たちが列を作り北方半島を目指して歩いていた。

 各国から抽出した別動隊だ。二面、いや、ガンガルガの包囲を考えれば三面作戦を敷くことになる。

 戦力の分散は愚策だが、連合軍には目先の利益を与えておかないといけなかった。

魔王軍がガンガルガの解放を優先する以上、北に送り出した部隊は問題ないはずだが、しっかりとここを守らないと、北に送り出した部隊が孤立するかもしれない。


「必要なこととはいえ、無用な危険を冒しましたね」

「はい」

 傍らのシュピリ秘書官に声をかけたが、小さな返事が返ってきただけだった。

 何を考えているのかわからないが、秘書官としての仕事はまじめにこなしているので、これは放置するしかない。


 西に目を向けると遠く地平線に、数万にも及ぶ軍隊の陣形が見えた。

 西からくる魔王軍を止める防衛線だ。ここからではよくわからないが、あそこにオットーもいるはずだ。

「オットーの部隊は予定通りの配置ですか?」

「伝令の早馬が返ってきました。各国所定の位置で防衛線を構築したとのことです。現在は工兵を使い陣地形成に入ったと報告がありました」

 婚約相手であるエリーヌ嬢のことを考えると、オットーを行かせるのは少し不安があったが、私がここを動くわけにはいかない。戦場につれて来た以上、大丈夫だと信頼するしかない。


 城の周囲を見回すと、色とりどりの軍隊が、堤防を挟んでガンガルガ要塞を包囲していた。

 その包囲の陣容は厚い。もし堤防が破れた場合、多額の賠償金と、北方半島の領地をもらうという条件で話が付いたためだ。

 それに、ほとんどの国はガンガルガ要塞の堅い守りを痛感している。このまま包囲を維持したいはずだ。そのため守備には精鋭を当てている。ヒューリオン王国など、ギルデバラン麾下の騎士団を西ではなくここに当てているから、ヒューリオンの守りは盤石だろう。


 一方ガンガルガは静かだ。

 水攻めをして一週間。水没したガンガルガ要塞では、すでに巨大兵器が取り外され、以前の姿へと戻っていた。

 兵士たちの場所が必要なことも加え、木材を加工して船や筏を作っているのだろう。夜陰に紛れて上陸し、堤防を壊して水を何とかしようと考えているはずだ。嵐の前の静けさと見るべきだろう。


 歩きながらガンゼ親方がいる本陣の外れに向かう。

 本陣の端では巨大な木材が組み上げられ、地面から天に伸びる巨大な腕が作られていた。

 要塞の上にあった巨大兵器を、真似して作ってみたのだ。


「よぉ~し、引けぇぇぇぇ」

 ガンゼ親方が号令し、力自慢の作業員たちが木材に取り付けられた綱を引く。

 引かれた綱に連動して、腕がゆっくりと動きだす。

 動いた腕に歓声が上がった。


「親方、どうですか?」

 進捗状況を確かめに来たが、ちゃんと動いている。さすがはガンゼ親方と思ったが、動いていた腕が突然停止し、軋み声をあげて大きく揺れる。


「待て、止めろ!」

 親方が綱を引くのを止めろと命じるが、間に合わず腕が傾くと、そのままバランスを崩して倒れてくる。綱を持つ作業員が力いっぱい引いて倒壊を防ごうとするが、巨大な重量を支え切れるはずもなく大きな音を立てて巨大腕が倒壊。轟音と木材をまき散らし、土埃が舞い上がる。

 幸い退避が早かったので、怪我人はいなかったが、試作機は見ての通りばらばらだ。


「……あまりよくなさそうですね」

 残念ながら試作一号機は大破という結果に終わった。

 とはいえ、実物を近くで見たわけでもなし、遠くからの観察だけで細かい作りなどわかるはずもない。それでここまで形にできるのだから大したものだ。


「ええい、くそぉ!」

 親方は悔しそうに崩れた木材を殴った。

「嬢ちゃん見ての通りだ。これは天才が作ったものだ。俺には作れない」

 ガンゼ親方が諦念を口にした。

「そんな、まだ始めたばかりじゃありませんか。最初からなんでもうまくはいきませんよ」

 これまでは穴を掘ることに精いっぱいで、本格的に作り始めたばかりだ。これは試作一号機。まだまだこれからだ。


「それに親方以外、だれがこれを作れるというのです?」

「いいや、嬢ちゃんは俺を立ててくれるが、俺は古い人間だ」

 親方はきっぱりと言い切った。

「そしてこれは間違いなく若い奴が作った、新しいモンだ。そしてな、古い人間には新しいものが理解できねーんだ。俺にはこれが理解できねえ。俺がこれまで作ってきたものとは全く別物だ。年を取ったことを実感するぜ」

 顔をゆがませる。


「これを作るには、若い奴が必要だ。俺の知り合いの息子に変な奴がいる。大工の倅のくせに金槌も振るわず、日がな一日中家の中に籠ってて、しなびた大根みてーな奴だ。それで毎日数字をいじくっては、やれ強度計算だとか応力の分散とか、荷重がどーのこーのとか、訳の分からねえこと言ってた」

 情けない若者を嘆くように親方が吐き捨てる。


「俺にはあいつの言っていることがこっぽっちもわからなかったが、いま理解できた。これを作るにはあいつの力がいる。俺の理解できねえモンを持ってる奴が必要だ」

 一見すると白旗を上げた降伏宣言だった。

 しかしそんなことを言う親方の横顔は、うれしそうに笑っていた。


「そういう割には楽しそうですね?」

「ああ、楽しいさ、この世界は止まってねえんだって実感できた。今までこいつ何やってんだ?って思ってたもんが、ひっくり返ったよ。俺が理解できねえもんが、これからも作られていくんだからな」

 子供の様に親方が笑う。


「それに、さっきの失敗で、いくつか必要な部品の当たりが付いた。ちょっと籠らせてもらうぞ、いろいろ試してみたい」

 楽し気に親方が進んでいく。

 その背中を見ながら、貴方は間違いなく天才ですよと心の中で称えておく。


 自身を古い人間だとしつつも腐らず、新しい物への探求心を忘れない。

そしてなるほど、世界が老いておらず、新しいものが作られ更新されているとするなら、理解不能であることは嘆くにあたらず、喜ぶべきことだ。


 学者というわけでもないのに、哲学的な考えにたどり着くガンゼ親方は傑物だろう。

 しかしあの手の技術者は、成果を上げていない状況で褒めても喜ばないので、称賛の言葉は次の時にまで取っておくことにしよう。


「ロメリア様」

 一人の兵士が駆け寄ってくる。カイルのところの兵士だ。

「準備が整ったとのことです」

 どうやらこちらの方も順調らしい。なら今のうちに休んでおくべきだ。


「わかりました、引き続きお願いしますと伝えてください。秘書官。私は少し仮眠をとります。夕方になれば起こしてください。頼みますよ」

 念押しした後、私は自分の天幕に戻った。



 その夜、月も落ちた夜明け前の払暁の時刻、ハメイル王国が警備を担当している場所に、六つの影が忍び寄っていた。

 全身を黒装飾で覆い、顔にすら覆面をつけた者たちだ。

 気配を殺し足音を立てぬその身のこなし、明らかに普通の兵士ではなかった。


 ハメイル王国は堤防を警備するため、幾重もの防衛線を張り、警備の兵を巡回させていた。しかしこの六名は、わずかな警備の隙をつき、堤防の前にまで侵入を果たしていた。

 柵で覆われた堤防の前には、等間隔でかがり火がたかれ、警備の兵士が明かりと同じく配置されていた。


 六人の集団は目の前の二人の兵士に狙いを定め膝立ちになると、腰の後ろから小さな筒を取り出した。

 覆面の下から筒の片方を咥え、兵士を狙い腹に力を入れて一息放つ。

 筒からは音もなく針が放たれる。銀の糸のように尾を引く一撃に、警備兵は気づくこともなく、針が刺さった数秒後にその場に倒れた。

 兵士が倒れるより早く、六人は立ち上がり堤防へと駆ける。背中に背負う背嚢には、ぎっしりと爆裂魔石が詰め込まれていた。


 黒づくめの集団が堤防へ取り付こうとしたその時、流星のごとき光が煌めき、一本の短剣が男たちの足元に突き刺さった。


「動くな」

 暗闇を切り裂くように鋭い声が響き、闇から生まれたように一人の兵士が姿を現す。

 短剣を構えたその兵士もまた、全身黒づくめの男だった。

 黒豹のごとく歩くその姿、カイルその人だった。


掲載が遅くなって申し訳ありません

ちょっといろいろ手間取っておりました

そろそろ再掲載を考えております。もう少しお待ちください

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