第七話
第七話。
掲げた剣を振り下ろし合図する。
直後、連なる丘の一部が爆ぜた。
「ひっ」
隣にいたシュピリが音に驚きわずかに飛び上がる。少し面白かったが、眺めている暇はなかった。
爆発で膨大な土が吹き飛び、丘の一部が崩れる。さらに爆発は連鎖する。丘から川へ向かって設置された爆裂魔石が連鎖的に発動し、土を吹き飛ばしながらレーン川へと向かっていく。爆発が川まで到達すると、ひときわ大きな爆発が起き、川岸を吹き飛ばした。
爆発のあとには、川へとつながる緩く湾曲した道ができていた。
そこに百万の軍馬が進軍するような地響きを伴い、大量の水が流れ込む。
大量の土砂が爆発の道に沿って窪地に流れ込み、ガンガルガに向けて侵略を開始する。水の勢いは止まらず、あっという間に要塞を包囲したのち、難攻不落の要塞をやすやすと飲み込む。
水位の上昇は止まらず、窪地のあたりにいた連合軍の兵士が丘を登り水から逃れる。。
「よし」
窪地を浸した水を見てうなずきさらに川を見る。滔々と流れる川は、掘り出した土で埋め立てたため流れが滞り、本流ではなくこちらに多く流れている。
さすがはガンゼ親方。ここまで見事に水の流れを操るとは大したものだ。
それに作業員も頑張ってくれた。治水関係の労働者を見繕ってもらったが、一ヵ月の突貫工事だったのに仕上がりは完ぺきに近い。
窪地に流れ込む水の量は止まらず、水位はどんどん上がっていく。
「カイル、各国に窪地に入らないよう避難指示の伝令を出してください」
事前に窪地から退避するように言ってあるし、水位の上昇は歩くよりも遅いので、これでおぼれ死ぬ人間はいないと思うが、一応配慮はしておこう。
「ロッ、ロメリア様、これはどういうことです。坑道戦術ではなかったのですか? 土竜攻めは?」
混乱したシュピリが、水に侵されていくガンガルガを指さす。
「ああ、そういえばあなたにはそう言っていましたね。ですが見ての通り、私の本当の狙いは水攻めです。そもそも、守りの硬い要塞に力攻めなど、馬鹿のやることですよ」
魔王軍と、そして何より連合軍にばれないように土竜攻めを見せかけていたが、狙いははじめから水攻めだった。昔この地に来て窪地を見た時、できるのではないかと思ったのが始まりだった。
この地域は雨が少なく、乾季には川が干上がることもあるので、水攻めなど想定すらされていなかったが、雪解けの季節で水は豊富であり実行できた。
「これでガンガルガは落ちます」
水につかり、要塞は今や湖面に浮かぶ城の様だ。
「で、でも、敵兵は無事ですよ」
シュピリは要塞を指さす。要塞でも水攻めに気づき、兵士たちが壁の上に続々と退避している。
狭いところに水を流したわけではないので、水位の上昇はゆっくりとしたものだ。おぼれ死ぬ兵士はいないだろう。
「確かに兵士は逃げることが出来ますよ、しかし軍馬や兵糧は移動できません。水没して使い物にならないでしょう。それにいくらガンガルガの壁が広いといっても、三万の兵士には狭すぎます」
すでに見えるだけでもあふれ落ちそうなほど魔王軍の兵士が退避している。巨大な兵器が場所をとるからなおさらだ。彼らはこれから水が引くまで、雨露を防ぐ屋根も風を遮る壁もなく、それどころか横になることもできないだろう。
「何よりの問題は水です。飲み水がない」
一番重要な点を指摘してやると、何を言っているのかという目で見られた。
「水なんて、そんなものそこら中にあるじゃありませんか」
水攻めの最中、周囲は水で覆われている。水などいくらでもありそうに思うが、飲める水というのは少ないのだ。
「問題は排せつ物ですよ。三万人が出す排泄物。もちろんこれまでは壁の外に捨てていましたし、これからもそうするでしょうが、これは流れる川ではありません。周囲に捨て続ければ、汚染が進みます」
食中毒による嘔吐や下痢が大量発生することだろう。さらにあの状況では疫病が発生する可能性が極めて高い。一度発生すれば防げないだろう。
「まぁ、頑張って一ヵ月と言ったところでしょうか」
本拠地からの援軍を防げばそれで落ちる。
「でも、ですが、どうして私に教えてくれなかったのです」
「情報が漏洩して、妨害されると困りますからね。水攻めのことは機密にしていました」
魔王軍もそうだが、足の引っ張り合いをする連合軍も問題だった。下手をすれば彼らに妨害されていた可能性は高い。ゆえに土竜攻めと見せかけて、わざわざ穴を掘って川への道を作っていたのだ。
本陣を川の前に敷いたのも、本陣の奥で川へとつながる接続部分を秘密裏に掘り進めるためだ。通常とは異なる工法に作業員たちは苦労していたが、水死する危険も顧みずやってくれた。彼らには特別報奨を出そうと思う。
「ばれないように掘り進めて、最後は持ってきた爆裂魔石で吹き飛ばしました」
カイルが脅しで死兵に括り付けると言っていたが、持ってきた爆裂魔石は要塞攻略ではなく発破用だ。これでほとんどの魔石を使い切った。
「なぜです、私は王に遣わされた秘書官ですよ、その私にも秘密にするなんて」
「それは仕方がないでしょう。貴方が信用できないからです」
「それは王が信用できぬという意味ですか!」
返答によっては許さないと目に殺意を宿らせ、左手が隠し持った短剣に手を伸ばしている。
「別に王は関係ありません。貴方が信用できないだけです。最近出入りの洗濯婦と仲良くしているそうですね」
集めている情報で、シュピリが出入りの業者と懇意にしていることが報告されている。
「それが一体何の関係があるというのです!」
シュピリが声を荒げたが、ため息交じりに教えてやる。
「あれはフルグスク王国の間者ですよ」
指摘されるとシュピリの目が大きく見開かれる。
「あなたの欠点その一は、うかつすぎることです。貴方は最高指揮官の秘書なのですよ? その自分に近づいてくる身元不確かなものは、すべて間者の類と考えてしかるべきでしょう?」
間者をすべて排除しろとは言わない。近所に住む人や馴染みの店の従業員など、間者が入り込む余地はどこにでもある。だが油断するのは違うだろう。
そもそも身元が確かでも、油断すべきではない。私の侍女であるレイラとテテスは毎日会い気の置けない間柄だが、それでも一定以上、私は彼女たちを近づけない。
彼女たちが金で裏切るとは思わないが、実家に残してきた家族が人質にされ、暗殺者に仕立て上げられるなんてことは十分にありうる。彼女たちのためにも、一定の距離を置くことは大事なのだ。
私の指摘に、シュピリは踵を返すと隠し持っていた短剣を抜き、足取り勇ましくどこかへ行こうとする。
「一応聞きますが、どこへ行くのです?」
「あの女を斬ります」
心を許していた相手に裏切られた怒りだろうが、これも減点だ。
「そんなことをして何になるのです。貴方の欠点その二は、その直情的な傾向です。末端の間者一人斬って何になります」
情報収集用の間者など斬っても、気づきもしないだろう。何もならない行為だ。
「あなたの欠点その三は搦手ができないことです。間者とわかったのなら、もっと親しく接しなさい。毎日話し、心を許したふりをするのです。重要度の低い機密を漏らし、相手に信用させたところで嘘の情報を流す。なぜそう考えられないのです」
私の教えに、シュピリは考えたこともなかったと目を見開く。
虚実を織り交ぜて混乱させるのは諜報の基礎だろう。それに時にはあえて本音や方針を共有することで、共通認識を相手に持たせることもできる。
「あなたは、何のためにここに来たのです?」
「それは、秘書官として」
「ちがう、王に直々に命じられた仕事があったでしょう?」
指摘してやると、なぜそれを知っていると驚愕の表情をする。だから顔に出すぎだ。
おそらくシュピリには王から私への暗殺命令が出ていたはずだ。
もっともこんなわかりやすい人選をした時点で、シュピリはただの目くらまし、本命を隠すための囮か、あるいはこの程度の刺客しか用意できないのだと、私に思い込ませ、油断させる手とみていい。
「王の勅命を受けたのであれば、もっとうまくやりなさい。本心を隠し、殺意を隠し、あらゆるものを利用しなさい。仕事をこなし私を信用させ、ここぞという時に本来の役目をこなすのです。そうでなければ、一生私には届きませんよ」
動揺し、シュピリの刃が手からこぼれる。歩み寄り、短剣を奪っておく。
「それができるようになるまで、この短剣は預かっておきましょう」
とりあえず危ないので没収しておく。
「では、各国の代表と話があるのでこれで。オットー、用水路と堤防の視察と点検を頼みます。カイルは護衛としてついてきてください」
うなだれるシュピリを置き去りにして、私は各国が集まる天幕を目指した。
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