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第六話

 第六話


 空が白み始めるとともに、天幕の外から兵の起床を促す声があちこちから響く。声につられて私も目を覚ました。

 天幕の中、箱の上に布を敷いた寝台から起き上がる。固い寝台に体が痛むが、もう慣れた。それに地面の上で寝ている兵たちのことを考えれば、これでも十分贅沢な方だ。

 白いシャツにズボンと、味気ない寝間着姿で起き上がる。結婚前の令嬢としてはあられもない姿だが、衝立があるので外からは見えない。サンダルを履き軽く肩や腰を動かして体操する。

 寝ぼけた頭がはっきりしてくると、寝台の乱れた寝具を整える。枕の下に隠した短剣も、位置を確かめる。

 整え終えると天幕の外から女性の声がした。


「ロメリア様。おはようございます。入ってもよろしいでしょうか?」

 どうぞと促すと、天幕に二人の女性が入ってきた。レイラとテテス。私の身の回りの世話をしてくれる侍女だ。

 レイラは湯気を上げた桶を持ち、テテスは布や着替えを持っている。

 しかし、朝の光景には一人足りない。


「シュピリ秘書官はどうしました?」

 侍女の管理も彼女の仕事だ。

 問うと侍女たちが目を見合わせる。

「それがその、シュピリ様はまだお休みで」

「二度ほどお声をかけたのですが」

 彼女は昨日会の軍議の後寝込んでしまった、職務怠慢だが、別に私の着替えに彼女はいらない。咎めるほどでもないだろう。


「構いません。始めてください」

 椅子に座り髪を解いてもらう間に顔を洗う。寝間着を脱ぎ肌着を取り換えて厚手の鎧下を着込む。

 いつもは軍服をもとに改造したものを着ているが、今日は久々に鎧を身に着ける。


 綿が詰まった鎧下は、夏は暑くて大変だが、今は春先なのでまだ楽だ。

 鎧下を着込むとこれだけで動きづらさを感じるが、この上にさらに白い鎧を着こむ。胸鎧を身に着け、横のベルトを閉じてもらい動かないように締め上げると、少し体がふらつく。これでも軽くしてもらっているのだが、肩当や籠手、腿当に脛当を身に着けると女の私にはやはり重い。しかも本来はこれに鎖帷子をつけて兜もかぶるのだから、兵士はよくこれで動けると感心する。

 動くのも大変だが、兵の前でふらつくわけにもいかないので、頑張って耐える。


「ロメリア様、太りました?」

 テテスがきついことを言ってくれる。しかし思い当たる節がある、この一ヵ月要塞攻略が進まないのをいいことに、本陣に籠りっぱなしだった。楽な軍装で鎧を着るのも久しぶりだ。

 レイラがたしなめる。

「テテスさん。失礼ですよ。救国の聖女と謳われ、国民に愛されるロメリア様がまさか甘いものを食べすぎて体調管理を怠るなど、ありえようはずもありません。ねぇ、ロメリア様」


 たしなめるふりをしつつ、私に当てこすりを言う。

 これは、気づかれている。

 実は最近、苦い果実に砂糖を大量に混ぜた真っ黒なお菓子を手に入れた。希少なので少しずつ、夜中にこっそり食べていたのだが、ばれてしまっている。なぜだ。どうやって気づかれた?


「はははっ、当然でしょう」

 持ち前のすまし顔でやり過ごすが、二人は確信が宿った目で見ている。これは言い逃れできない。


「な、なぜわかりました?」

 白旗を上げて降伏する?

「私たちの目はごまかせましたが、かけらを落としたことを、蟻さんが行列で教えてくれましたよ」

 ロメリア一生の不覚。

「後で半分あげます。二人して仲良く分けるんですよ」

「さすがロメリア様、ロメリア様海のごとき寛大なお心」

「この御恩。一生忘れません」

 もっといいことで恩を感じろと心の中で言っておく。

 しかしこんな風に話せるのも、今日までだ。明日からは忙しくなるから、ゆっくりしている暇はない。


 残された貴重な時間を楽しんでいると、着付けが終わった。

「どうです?」

鎧を着込んだ後、背筋を伸ばして姿勢を正し二人に意見を求める。

「大変お美しい」

「まさに絵巻物のごとき麗しさです」

 うやうやしく二人が感想を述べる。やや棒読みな気もしたが、不問にする。

「二人とも正直者ですね、褒美に食事を共にする機会を上げましょう」

 侍女たちが笑って下がり、次に食事の用意をしてもらう。

食事の用意が整う間に、いくつかの報告書に目を通す、戦闘はしていないが、いろいろやることは多い。


 そんなことをしていると食事の用意が出来て、侍女とともに食事をとる。黒パンと塩漬け肉にしなびたキャベツのスープと、兵と同じものを食べているが、将校の特権として卵やチーズ、ワインに果実などがついてくる。

 普通侍女は後だが、手間なので一緒に取ることにしている。同性としゃべる機会は少ないし、それに侍女たちは軍の中のいろんなところに出入りしているので、よく見ている。食料を少し分けるぐらいでそれらが手に入るのなら儲けものだ。


「最近酒保の方はどうですか?」

 大きな軍隊には必ず出稼ぎ商人たちがついてくる。輜重隊の物資だけでは兵の欲求を満たせないので、兵士の給料目当てに、周辺の商人たちが馬車に荷物を満載して出張店舗を開くのだ。

 肉や酒といった食料から手紙の配達、洗濯なども請け負うし、娼婦も売っている。

 もちろん戦場価格で値段は通常の数倍がざらなのだが、明日死ぬかもしれない兵士たちは財布の紐が緩い、命がけで稼いだ金をすぐに使いきってしまう。

なかなかあくどい商売をしているようにも見えるが、彼らも場合によっては戦争に巻き込まれることもあるし、盗賊などにとっては格好の獲物なので、よっぽど問題を起こさない限り見ぬふりをするのが通例だ。


「最近またお肉のお値段が上がりました。町の十二倍ですよ、信じられません」

「レッセレナ商会の女たちの態度が悪くて嫌になります」

「この前も兵士の方ともめていました」

「新しくやってきた洗濯婦の仕事が丁寧です」

「ああ、あの人。話していて楽しいよね」


 二人の話題は尽きない、聞きながらうんうんとうなずく。

 ゆっくり食事を終えて外に出ると、すでに護衛と共にオットーとカイルが待っていた。


「準備はどうですか? オットー?」

 昨日は夜遅くまで作業を続けていた。完全でなかった部分を、突貫で仕上げたはずだ。

 オットーは返事せず、満足げな笑みでうなずいた。

 彼がこの顔を見せたのなら、準備は万全だ。


「カイル、本陣も移していますね」

 見ればわかるが、本陣の位置は昨日まで川のすぐ手前に敷いてあったが、今は丘のすぐ後ろに移されてある。

「手筈はすでに整えてあります。作業員の撤収もすべて完了しました」

 カイルが準備はすでに整っていることを教えてくれる。

「よろしい、では手筈通りに」

 準備を開始してくださいと言いかけた時、悲鳴のような声が命令を遮った。


「ロメリア様、もうおやめください」

 声を発したのは秘書官のシュピリだった。

 わが秘書官ながらひどい格好だった。髪は乱れゆっくり眠れなかったのか、目の下はひどい隈が出来ている。いつも隙なく着こなしている赤い秘書官の服も、今日は乱れていた。

「どうやら昨日は寝つきが悪かったようですね、もう少し休んでいてもいいのですよ」

 嫌味ではなく本当にそう勧める。別に今日はいなくてもそんなに困らない。


「私のことなんてどうでもいいのです。それよりももうおやめください。攻撃は失敗してしまいます。被害を出すぐらいなら、その前に各国に、ヒューリオン王国に謝罪するのです。そうすれば」

 あきれた提案をする秘書官だった。


「何をいまさら、あれをごらんなさい」

 各国代表が集まる天幕を指さす。天幕の前ではテーブルが置かれ、各国の代表が集まっていた。私が失敗するのを見物しているのだろう。

 昨日は私に対して激高していたが、今では昨日のことを喜んでいる。

あれだけ大口をたたいて失敗すれば、今後、私の発言権はなくなる。総攻撃の際には、一番危険な場所を押し付けることが出来ると考えているのだろう。

 遠くてさすがに顔色まではわからないが、今にもワインで乾杯しそうなぐらい機嫌がいいのは想像できた。


「いまさら謝っても遅い。一度言ったことは取り消せない。やるしかない」

「ですが、失敗したらどうするのです!」

「その時はその時です」

「そんな、兵が死んだらどうするのです!」

 昨日言った口で、何を言っているのか。


「それが戦争です」

 失敗する可能性は常にある。どれだけ綿密に積み上げてもうまく行かないときはうまく行かない。それでもうまく行くと信じてやるしかないのだ。何もしなければ、それこそ何もしないという失敗なのだから。


「貴方は秘書官だ、貴方が気にすることではない。もし何か役に立ちたいというのなら、兵を信じて毅然とした態度でいなさい」

 秘書官がそんな態度では士気にかかわる。

 もっとも、今回の場合は士気は大して関係ないのだけれど。


「オットー、準備の方はいいですか?」

 改めて確認すると、オットーはうなずく。

「では、始めましょう」

 鎧を着た姿で前に進む。丘には金の刺繍で描かれた鈴蘭の紋章の旗がはためく。


 私は腰の刃を抜き高らかと掲げ、ガンガルガ要塞に向けて振り下ろした。




書き直しの件ですが、新たに書き直すことに決定しました。

活動報告にも書いてありますので、気になる方はお読みください。

いろいろご迷惑をかけて申し訳ありません

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