第五話
第五話
天幕に入ろうとすると、外にまで声が聞こえてきた。しかし話し合いと言うよりは罵り合いの様だった。
要塞攻略がうまく行っていないのだから仕方ない。
しかし私の見るところ、決して落とせないわけではない。
確かにガンガルガ要塞は、難攻不落と呼ばれるにふさわしい要塞だ。
しかしここには現在、強国とされる六か国の精鋭の騎士団が集っている。
もちろん要塞に設けられた新兵器や、魔王軍の頑強な抵抗も侮れないが、先ほどの戦いでライセルの刃が鉄球の鎖をたたき切ったように、卓越した騎士ならばあの兵器も十分に攻略可能だ。
にもかかわらず攻略が進んでいない最大の要因は、これが連合軍であるせいだ。
どの国も自国の損害は少なく、功績は多くほしいと考えている。結果戦力を出し惜しみし、それぞれの国は主戦力を未だ温存している。
国家を代表する騎士を連れてきているのに、彼らは未だ戦場にすら立っていない。唯一ハメイル王国のライセルが気炎を上げたぐらいだろうか? だが戦力を温存するつもりで、逆に傷口を広げているのだから馬鹿げた話である。
このままでは半年たとうとガンガルガは落ちない。後ろに魔王軍の本拠地があることから、兵糧攻めもできない。私たちを守りの硬い要塞でひきつけ、疲弊したところを本拠地から大軍を送り込み、挟み撃ちをしようとしているのは明らかだ。
魔王軍の援軍が来る前にここを抜かなければならないのに、一ヵ月たっても攻略のめどがつかないのは大問題と言えた。
ため息一つついた後、カイルとシュピリを伴って天幕に入ると、各国の代表が私を見た。
「遅いですぞ。ロメリア殿」
ハメイル王国のゼブル将軍が入るなり私を叱責する。
遅刻はしておらず、そちらが早すぎるのだが、反論せず聞いておく。
「要塞が攻略できないのは士気の低さが問題にあるからです」
ハメイル王国のゼブル将軍が私を見る。
「特に、ライオネル王国の士気の低さは目に余ります。大事な軍議に遅参することを見てもわかるように、やる気が感じられません」
ついに指摘されてしまった。確かに、各国は損害を恐れて戦力を出し惜しみしているが、一番それをしているのは何を隠そうこの私だ。各国の消極的な戦いも、私の考えに無意識に同調しているせいかもしれない。
「そのようなことはありません。我が国は士気高く、兵の戦意も旺盛です」
しれっと発言しておく。
「ではなぜ何もしないのです。この一ヵ月、貴国は未だ一度も攻撃をしていない。いったい何のために来たのです!」
ゼブルの言葉にほかの国の代表が同調する。
確かに攻撃していないのは事実だが、これは異なことだ。
「確かに我が国はいまだ攻勢に出ておりませんが、しかしそれは皆様に順番をお譲りしたまでです。昨日、わが国だけで要塞を攻略してみせると息巻いていたのはゼブル将軍でしょう? 助攻が必要でしたのなら、お手伝いいたしましたのに」
当初は女の私を後回しにしていただけだが、途中から功績が得られないことにいら立ち、私に何もさせないことで、功績を与えないようにしていたのは彼らだ。
「しかし、連合軍ならば、貴方も兵を出すべきだ」
自分たちが損害を出したように、お前の国も被害を出せという本音が、いまにも聞こえてきそうだ。
「確かに、ライオネル王国も攻撃に参加すべきだ。どうかね、そろそろ腰をあげられては?」
議事進行役のレッカリア将軍が訪ねる。問われて私はまっすぐに全員を見た。
「わかりました、ではあの要塞。落としてごらんに入れましょう」
堂々たる言葉に、各国代表が息をのむ。後ろのシュピリからは小さい悲鳴が漏れた。
「馬鹿な、ありえない」
「本気で言っているのか」
各国代表が驚きというより怒りをあらわにし、ゼブル将軍がまた声を荒げた。
「落とすだと、よくもそんなことがいえる。貴様にガンガルガが落とせるわけがないだろう。攻城兵器の一つも持ち込まず、何を言うか!」
確かに攻城兵器は持ってこなかった。行軍の速度は遅くなるし、金がかかるので好みじゃない。
「私にやれといったのはあなたでしょう? そして私にはやる自信がある。やる前から出来るわけがないといわれても困ります。私には私の方法があるのです」
言い切るとゼブルは笑った。
「ハッ、あんな見え見えの土竜攻めが成功すると、本気で思っているのか?」
「土竜攻め? 何のことでしょうか?」
とぼけてみせるとゼブルはいやらしく笑った。
「お前がこの地に来てから、毎日土を掘り起こしていることはわかっている。気づかないわけがないだろうが、坑道戦術など古い手だ。ここにいる全員が気づいているわ。だが言っておくが、うまくはいかんぞ。貴様は知らないだろうがガンガルガは土竜攻め対策に壁を作るとき深く穴を掘り、地面にまで壁を築いている。ほかにもいくつか対策が施されている。それに坑道戦術は秘匿性が何より重要だ。だというのに、貴様は川に土を捨てているだろう。おかげで川の幅が狭まり、遠くからでも水量が減ったことがわかったわ。当然魔族も気づいておるぞ」
後ろでシュピリが息をのむのが分かった。自分たちの戦術がばれていると思っているのだろう。
「さて、何のことかわかりませんね。それよりも先ほども言いましたが、ガンガルガ要塞は私の国だけで落として見せます。しかし、落とせた暁には、ガンガルガ要塞はいただきますよ」
突然の言葉に、ゼブルだけではなく、列強各国の将軍も言葉を失った。後ろにいるシュピリの顔色が見られないのが残念だが、今にも卒倒しそうな顔となっているはずだ。
それもそのはず。今回の遠征では、始まる前から戦後の分配がおおむね決まっていた。
特にガンガルガ要塞は北方半島の喉元に位置し、唯一の陸路となる。しかも魔王軍が本拠地を置く西への入り口にもあたり、対魔王軍反抗作戦においても重要な軍事拠点だ。
ここを取ることの軍事的、政治的な価値は計り知れない。
当然、この要塞は連合軍の盟主であるヒューリオン王国がとることが、暗黙の了解として決まっていた。私の要求はヒューリオン王国に対して、戦争を仕掛けるようなものだからだ。
「貴様、本気か」
「もちろん。なぜいけないのです? 私の国だけであの要塞を落とすのです。なら、当然我が国が要塞をいただいてもおかしくはないでしょう?」
「ばかばかしい。できるわけがない。要塞には三万の魔王軍がいるのだぞ。土竜攻めが成功しても勝てるわけがない」
確かに我が国の兵は二万。普通に戦えば勝てるわけがない。
「ならなおのこと、要塞をいただかないと。出来ないことをやってのけるのです。褒美がその分大きくなるのは当然のことでしょう?」
私はレッカリア将軍を見た。各国代表の前で言質をとっておく必要がある。
私の法外な要求にレッカリア将軍も気分を害していたが、声を荒げることはなかった。
「落とせるというのかね?」
「わが国だけで間違いなく。ただし、その暁にはガンガルガはいただきます。よろしいですね?」
ならばやって見せよ。
そういうことになった。
感想やメッセージありがとうございます。書き直しについては来月には正式発表できると思います




