第四話
第四話
雄たけびと怒号が空を埋め尽くし、幾千もの足音が連なる。
天幕の中で鬨の声を聴いていたロメリアは、いくつかの書類仕事を終えたあと、身だしなみを確かめてから外に出た。
天幕の外では護衛の兵士とともに、カイルが丘の上からガンガルガ要塞を攻略する軍勢を眺めていた。
すでにこの地に来て一ヵ月、未だ変わることなく要塞はそびえている。
いや、違った。要塞はずいぶんと様変わりしていた。それも奇怪な方向に。
「どうです? カイル?」
要塞攻めの進捗を訪ねるが、答えはわかっていた。
「いまハメイル王国が攻城兵器を出したところです」
見ると確かに、巨大な櫓がゆっくりと前に進んでいる。
通常城や要塞を攻略するときは、弓兵と魔法兵で牽制して歩兵に梯子をかけさせ、破壊槌で城門を打ち破るか、巨大な攻城兵器で城壁にとりつき、壁を乗り越えて攻略するのが常だ。
守る方としては、壁から弓で射掛けて石を上から落とし、攻城兵器には魔法か油をまいて燃やすなどして対処するのが一般的だ。
しかしガンガルガ要塞では、そんな常識を軽々と打ち破る、信じられない方法で要塞を守っていた。
力自慢の兵士たちが押す攻城兵器に、巨大な影が差す。
それはまるで要塞から延びる巨大な腕だった。
木材で組み上げられ、幾本のロープや鎖が張られた巨大な腕。それがガンガルガ要塞の壁の上から突き出ていた。
巨大な腕からは太い鎖が伸び、鎖の先には鉄球が括り付けられていた。
要塞から突き出た腕が動く。
おそらく向こう側で魔族がロープを引いて、必死に動かしているのだろうが、まるで生きているように動き腕が振るわれる。
腕の動きに合わせて鎖の先の鉄球が動き、近づいてきた攻城兵器を横から打つ。
一見すると攻城兵器は頑丈に見えるが、現地で組み立て、さらに人力で押すことから、可能な限り軽量化が図られており、見た目ほどの強度はない。特に横からの衝撃など想定すらしていないので、小突かれただけであっさりと崩れ落ちる。
攻城兵器にとりついていた兵士や下で押していた兵士は、高所から振り落とされ墜落死し、上から落ちてきた木材の下敷きとなり圧死する。
見ていられず視点を変えると、壁に梯子をかけて、取り付いた兵士たちが必死になって登っていた。しかしここでも魔の兵器が彼らを出迎える。
それは木で作られた大蛇のごとき姿をしていた。
まるで要塞に絡まる蛇のように首を伸ばし、壁を上る兵士を蟻のように見下ろす。
その大蛇の口先から炎が噴き出し、壁を上る兵士たちを薙ぎ払う。
炎にまかれ、火だるまになった兵士たちが、まるで虫けらのように落ちていく。
あまりにも残酷な光景。歴戦の兵士ですら目をそむけたくなるような地獄絵図だ。
戦争には予想外のことが起きる。
それは覚悟していたが、まさにこんな地獄が広がるとは、本当に予想外だった。
これが戦争なのだと自分に言い聞かせていると、戦場でまた動きがあった。盾を掲げた部隊が城門に突撃する。おそらく初日にも見せた決死隊の攻撃だろう。
だがもはやその手も通用しない。
城門の上に備え付けられた巨大な弩が狙いを定め、柱のごとき矢が放たれる。
鋼鉄の盾を背後にいる兵士ごと串刺しにする。
仲間がやられても決死隊は止まらないが、巨大弩の発射も止まらなかった。
弩は強力だが装填に時間がかかる。巨大であればなおのこと間隔は開くものだが、城門の上に備え付けられた巨大弩は弓と同等の間隔で連射してくる。
巨大な矢の集中攻撃を受け、決死隊は城門にたどりつく前に砕け散り、無残に屍をさらした。
「まるで生きているようですね」
巨大な腕に火を噴く蛇、無数に矢を放つ巨大弩。カイルの言葉通り、ガンガルガ要塞は奇怪な怪物に変貌していた。
ハメイル王国側も、やられっぱなしではなく、魔法を巨大兵器に集中させているが、魔族側もそこは守りに来ている。要塞内の魔法部隊に、何重にも結界を張らせて兵器を守っている。
打つ手なしと思われた時、戦場で一人の兵士が疾駆した。
疾風のごとき速度で戦場をかけ、崩れた攻城兵器を足場に宙を飛ぶ。
跳躍するのは、一ヵ月前に会談で顔を見た護衛の騎士ライセルだ。
宙を舞う彼の狙いは、鉄球をつなぐ鎖。刃が降りぬかれ、鋼を断ち切る音が戦場に響き渡る。
鉄球を吊るす巨大な腕が震える。遠すぎて見えないが、鎖の一部が断ち切られているのだ。
斬られた鎖が鉄球の重さに耐えきれず、引きちぎれる。
巨大な鉄球が戦場に落下し、その振動はここまで届いた。
戦場に歓声が上がったが、私の目は鉄球ではなく伸びた巨大腕に注がれていた。
鉄球を失い、バランスを崩した腕が大きく揺れ動くが、崩れそうになったところをぎりぎりこらえ、崩れなかった。
壁の上では、周囲にいた魔族たちが必死になって巨大腕をつかみ、支えていたのが見えた。
巨大腕は惜しくも倒れなかったが、鉄球を失い、すごすごと腕を要塞に引っ込める。
初めての快挙に兵士たちの中でも歓声が上がったが、その声はすぐに落胆へとかわる。
引っ込んだと思った腕だが、新たに鉄球を吊るし、また姿を現したのだ。
当然だが予備が用意されていたのだ。
これ以上の攻撃は無意味と、前線の指揮官が撤退を命じる。
攻城兵器と兵たちの屍をガンガルガの足元に残して。
「しかし魔族があんなものを作るとは。ロメリア様は知っておられたのですか?」
退却するハメイル王国の兵を眺めていると、隣のカイルが訪ねるが、これには苦笑いで答える。
「カイル、私は何でもすべてを知っているわけではありませんよ」
交渉などでは有利であるため、知ったふりをしておくことはあるし、あるいは逆に知らないふりをしていたりすることもある。おかげで兵の中には私が万事すべて心得ていると思っている節がある。
しかし私にも知らないことはたくさんある。
「あんなものを要塞の上に取り付けるなど、想像の埒外でしたよ。誰が考えたかは知りませんが、大した人物がいるものです。しかし発想には驚きますが、あれを作り上げた技術に関しては驚いていません。似たようなものは見たことがあります」
この大陸に魔族がやってきて、すでに十年以上が過ぎているというのに、人類はいまだ魔族のことをよく知らない。
よくて未開の地の蛮族。下手をすれば二足歩行のトカゲ程度にしか思っていない。
だが彼らの実態は違う。海を越えた魔大陸では、彼らは壮麗な都を建設し、独自の文化をはぐくんでいる。
巨大な重量機械もその一つ。王子とともに渡った魔大陸では、似たようなものを見た。
「彼らは私たちが思っている以上に高度な文明を持っています。それどころか、部分的には私たちを超えているといってもいいでしょう」
救世教会のおかげで人類の文明は停止した。すでに追い抜かれている分野があっても驚かない。
魔大陸に作られた都を見た時、戦慄と危機感を覚えた。
彼らが見た目通りの蛮族ならば、私もここまで恐れはしなかった。
しかし彼らは見た目に反し、高度な知識と知性、技術を持った民族だ。油断していれば人類などあっという間に滅ぼされてしまうかもしれないほどに。
「ロメリア様」
赤い服を着たシュピリ秘書官がこちらにやってくる。
「各国の皆様がお呼びです」
ハメイル王国の攻撃も失敗に終わり、この軍議もまたもめそうだった。
「わかりました。カイル。行きますよ」
前回のこともあるので、カイルを護衛に連れていくことは決まり事となっていた。
シュピリ秘書官はカイルのことがまだ怖いようで、離れて歩いている。
「ロメリア様、我がライオネル王国は一度も要塞を攻めていません。もっと積極的になられてはいかがですか?」
歩きながらシュピリが毎度同じことを言う。
確かにこの一ヵ月、攻撃には参加していなかった。私に何もさせないことで、功績を下げようと、各国が連帯してきているのだ。好都合なので彼らの思惑通りにしてあげている。
「何度も言っているでしょう。私には私の考えがあるのです。それに、あなたは軍師や参謀ではなく秘書官です。自分の仕事をしていなさい」
そもそも、あの鉄壁の要塞を攻めろとか無茶を言う。この子はこの一ヵ月何を見てきたのか。
「しかし、本国ではロメリア様の行動を疑問視する声もあります。何より、各国の代表が集まっているのですよ、我が国の力を見せつけなくては威信にかかわります」
気楽に言ってくれる。
「確かに威信は大事ですが、そのためだけに兵を死なせるつもりはありませんよ」
国家として守らなければならない威信や、信条。正義などは確かにある。だがそれはこの戦場ではない。
「では、本陣の位置を移してはいかがです? 川を背にして陣を張るなどありえません。周りの国から、ライオネルは用兵の基礎も知らないと笑われているのですよ」
「笑いたい奴には笑わせておきましょう。それに魔王軍が要塞から打って出てくるなどありえませんよ」
もし魔王軍が出てきたら正直ありがたい。私たちはひどい目に合うだろうが、全体の被害はぐっと目減りすることだろう。
私の言葉に、シュピリが眉を吊り上げる。
「そんなことだから、軍議で発言させてもらえないのです!」
確かにこの一ヵ月、私はまともに発言せず、相手にもされていなかった。自分からそうしていたわけだが、シュピリには国の代表が軽んじられているようで我慢できないのだろう。
言いすぎだとカイルが眉をひそめたが、抑えるように目で示す。
「そんなに攻撃したいのなら、まぁいいでしょう。今回の軍議では、攻勢を提案してみましょう」
正直に言えばあと数日は欲しかったが、そろそろ限界だろう。要塞攻略がうまく行かない苛立ちを、要塞ではなくこちらに向けてくるはずだ。 一応折れたという形にしておき、各国の代表が待つ天幕に向かった。
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現在編集部と今後の予定を話し合っています。月末までに結果を発表できると思います
第二章の連載は、キリのいい所までは続けるつもりです。
これからもよろしくお願いします
 




