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第三話

 第三話



 何とか会談を無事終えることが出来、天幕を出て自陣に戻る。

「しかしいきなりあんな場面になるとは、これは私にも予想外でしたよ」

「申し訳ありません」

 足音のしないカイルが謝罪する。

「謝ることはありませんよ、よくやってくれました。カイルを連れてきて正解でしたよ」

 特に刃を抜かせなかったのは上出来だ。


実に下らないが、こういった場では面子が何より大事だ。面子のために刃を抜き、抜かれた以上こちらも相応の対応をしなければ舐められる。

 当事者である私たちが刃を抜かなかったのだから、問題はない。


「しかし、結束を乱してしまい、申し訳ありません」

 どうやらカイルは内省しているようだ。自らを省みることは大事だが、これは違う。

「いえ、あれはあれでよかったのですよ。初めて会った人間同士が、同じ人類なのだから仲良くしろと言われてもできるわけがありませんよ。貴方たちも部隊が編成され、初めてあった兵士同士でうまくやっていくには少し時間がかかるでしょう。ちょっとぐらい衝突があったほうが、逆にまとまりやすいというものです」

 なるほどとカイルがうなずく。


「それよりも良いものが見られました。あの護衛達。さすがの動きですね。あの黄金の鎧に大剣の騎士はやはりギルデバランでしょう」

 ヒューリオン王国が誇る無敵騎士団、その団長であるギルデバランは当代最高の騎士と名高い。私よりも大きな大剣を、音もなく振るったその剣技はまさに絶技と言える。

「そしてフルグスク王国の護衛は魔法騎士ハルマ。複数の魔法を同時に展開できるという話は本当のようですねぇ」

 二種類の魔法を同時に使うのは高等技術とされているらしい。しかもハルマはさらに多くの魔法を使えると聞く。


「ほかの国の護衛は、さすがに名前は知りませんが、腕の立つ人間はいるようですね」

「ええ、あのライセルとか言った護衛も、なかなかでしたよ」

「そうでしたか? 一人だけ動いていませんでしたが」

「私の動きに一番に反応したのは奴でしたよ。刃を抜こうとして、途中で戻しました。あのまま抜けばまずいことになると考えたのでしょうが、抜きかけた刃を戻すのは至難の業です」

 なるほど、一瞬でそこまで判断できるのなら大したものだ。


「世界には強者もいるようですね」

 これはこれで安心できる話だ。

 カイルと話しながら要塞の南に向かうと、丘の上からはレーン川が見えてくる。川の前には布陣した本陣が見える

 本陣の背後を流れる川は、普段は水も少ないらしいが、今は雪解けの季節であるため豊富な水量を湛えている。


カイルとともに丘を下ると、丘のふもとでは上半身裸の兵士たちが土木作業にいそしんでいた。

 鶴嘴で土をえぐり円匙で土をかきだし、一輪車に土を載せて運び出す。


 皆鍛えているだけあって、筋肉たくましく、こぼれる汗が肌をはじく。

 激しい肉体労働で半裸になるのはわかるが、これは半分私の責任だった。

 三日ほど前のことだが、現場を視察している時、つい皆さんたくましいですねなんて、いつものたらし言葉を言ってしまった。それが作業員の方々の琴線に触れてしまったらしく、その後作業員のほとんどが上着を脱いで、私がいるときには、おもむろに大きな岩とか荷物を持ち上げようとする。


 別に不快だとは言わないし、作業にも力を入れて捗っているらしいので、文句はない。ただ、やってしまった感はあるが。もっと考えてしゃべらないといけない。反省反省。

 さっきのカイルのように内省しながら作業員の合間を縫って目的の人を探すと、鉢巻きに無精ひげを生やした男性が若い作業員に指示を出している姿を見つけた。近づくと向こうもこちらに気づき手を挙げた。


「おお、嬢ちゃんか」

「こんにちは、ガンゼ親方」

 一応私はこの部隊の最高指揮官で、ガンゼ親方は一部隊の部隊長だ。命令系統を考えればありえない話し方だが、私は咎めない。周りも注意しなかった。

もともとガンゼ親方は軍人でもなければ騎士でもない。建設業者の親方で、技術士官として無理を言ってきてもらったのだ。

軍歴はほぼないため地位はそれほど高くないが、その技術と知識は高く、敬意をもって接するべき相手である。


「それで、どうです?」

「ああ、問題ない。土は程よく粘土を含んでいて固まる。少し時間はかかるがいける」

「なら安全第一で事故がないようにお願いします。それに時間は多分たっぷりとありますから」

 おそらく私たちの出番が来るまでたっぷり一ヵ月はあるだろう。それまでは各国のお手並みを拝見していればいい。


「オットー、貴方も気を付けてください」

 親方の隣で働いていた作業員に声をかける。

 ずんぐりとした体形の作業員が顔を上げてうなずく。

 土に汚れ、ぼろぼろの作業服姿を見て、彼の本職が騎士であるなど、きっと誰も気づかないだろう。

 しかしこの人こそ、まごうことなきロメリア二十騎士の一人。オッテルハイムと名前を変えた、オットーその人だ。

 だがガンゼ親方と並んでいるその姿は、現場作業の棟梁と、その弟子にしか見えない。


 実際本当に親方と弟子の関係だ。

 工兵としていくつかの仕事を覚えてもらうために、オットーをガンゼ親方のところに放り込んだのが何年か前、仕事上の付き合いのはずだったが、ガンゼ親方の腕にほれ込んだオットーが本当に弟子入りしてしまった。

 親方にしても腕がよく寡黙なオットーを気に入り、家族ぐるみの付き合いをしている。

 そして本当にこの二人は家族になる予定だ。


「あなたに怪我をされては、エリーヌさんに申し訳がありませんから」

 エリーヌ嬢はガンゼ親方の一人娘だ。

 オットーを家に招くようになり、二人は出会った。

 もっとも、エリーヌ嬢は当初オットーが騎士であるとは知らず、親方の新しい弟子か何かだと思っていたそうだ。


 オットーは初めて見た時から一目ぼれしていたらしいが、まともに顔を見られるようになるのに一ヵ月、話しかけられて返事を返せるようになるのにもう一ヵ月。名前を言えるようになるのには半年もかかった。


 普段からボーっとしているオットーが、さらにボーっとしているので、その変化と理由はすぐに伝わり、騎士団の中では噂になった。

 私も騎士団に芽生えた初めての恋愛話を無視できず、一向に進展しない二人の仲にやきもきしたものだった。

 せっかく会いに行くんだから花でも持って行け、もっといい服を着ろ、与えているだろう。デートに誘え。接吻の一つでもしろ!

 じれったくて命令したかったが、これはオットーの恋である。必死に我慢して耐えた。


 何もしなかったという私の自制心が功を奏し、オットーはついに告白し、この度ようやく婚約が決まった。

 わが騎士団始まって以来の快挙であり、ようやく既婚者が出ることとなったが、今回の遠征が決まり、だれがついていくかの話し合いで騎士団がもめ、くじ引きの結果オットーが選ばれてしまった。

 結婚前の者を戦場に連れて行くのは不吉とされ、私も避けたかったが、本人はくじに選ばれたことを喜んでいるし、エリーヌ嬢も頑張ってこいと送り出していたので断るに断れなかった。


 オットーは大丈夫ですとうなずく。

 まぁオットーは手堅い戦い方をするので、それほど心配はしていないが、やはり注意は必要だろう。


「なに、あいつなら大丈夫でさ」

 ガンゼ親方が請け負ってくれる。経験を持つ親方が指導していれば、事故や怪我は防げるものと思いたい。


「しかし嬢ちゃんも面白いことを考えるな。こんな方法で要塞を攻略するとは、聞いたことがないぞ」

「東方では行われているらしいですよ、本で見ました」

 気候が適していないため見られないのだろうが、今回は時期がよかった。


「ここには前にも来たことがあったので、その時もしかしたらできるのではと考えていました」

 ただこればかりは専門家の意見も必要だったので、実際にできるかどうかは未知数だったが、ガンゼ親方はいけると太鼓判を押してくれた。


「以前にも来たことがあるのか?」

「ええ、王子と一緒に」

 四人の仲間とともに、この地に来たのはもう何年も前のことだ。古い記憶の様でもあり、昨日のことのようにも思い出せる。

 それが良い思い出だったのか悪い思い出だったのか、一言では言い表せない。

 一瞬よぎった過去の痛みを胸に押し込み、目の前の問題を見る。


「一番の問題は、これを気づかれないようにやらなければいけないことです」

 私たちがやっていることに気づかれてしまうと、おそらく妨害されるだろう。主に外から。

深く静かに事を進める必要がある。

「だとするなら、だいぶ掘る必要があるな。普通にやれたら楽なんだが」

「そればかりは仕方ないでしょう。戦争ですので」

 東方の言葉に『兵は欺道なり』という言葉があるそうだ。敵味方さえも騙して、予想外の一手を打つことが重要ということだ。

「面倒な話だ。まぁ、気づかれないよう、要塞の方も掘っておくよ」

「お願いします」


 いくつかの打ち合わせをしていると、オットーから声がかかった。

「親方、これどうしよう」

 オットーが困惑顔で、掘り出した岩を見ていた。

 見ると大人の背丈よりもなお大きな岩が掘り出されていた。

「おお、それは使えそうだな。向こうに運んでおけ」

 ガンゼ親方が気軽に南を指さす。


 オットーはただうなずくと、ずんぐりとした腕を岩に回した。

 そして掛け声もなく岩を軽々と持ち上げ。肩に担いで南へと下っていく。

 巨石を担ぐ小男の姿に、周囲で作業していた力自慢たちが目を見開いてみていた。


 さすがは騎士団一の怪力の持ち主だ。

 騎士団で時折開かれる、男の子たちの意地の張り合い。正式名称腕相撲大会では不動の一位が何を隠そうオットーだ。

 ちなみに万年二位はアルで、負けた後にすっごい悔しそうな顔で筋力鍛錬をしている。

 しかしこの分では、次もオットーの勝利は動かないだろう。

 負けて悔しがるアルの顔が思い浮かんだ。


 頭を切り替えて巨石を担ぐオットーの背中を見る。視線をさらに南へとむけると滔々と流れるレーン川が見えた。

 うまく行くか不安もあったが、ガンゼ親方が請け負ってくれたのなら問題ないだろう。

だが油断はできない、何が起きるのかわからないのが戦争だからだ。



実は連載を一時停止して、これまで掲載した部分を書き直そうかと考えています。

理由としては、いくつか設定上あいまいなところや齟齬のある部分があり、また空白の三年間の構想を思いつき、それを書きたいという思いもあります。

書籍化に伴い加筆修正するとなると、連載読者と書籍読者の間に無用な齟齬が出来てしまう可能性もあり、新たに書き直した方がいいのではないかと思っています。


勝手なことを言って申し訳ありませんが、皆様はどうお考えでしょうか?

メッセージなどで返事をいただけるとありがたいです

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