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第三話

 第三話


 代官は早速私の望みをかなえてくれ、兵士二十人。軍馬五頭。荷馬車一台。魔法の力が込められた爆裂魔石三つを提供してくれた。

 しかし集められた兵士を見ると、代官の心の内が分かると言うものだった。

 集められた兵士はみなどれも若く、体格もよくない。

 今年集められた新兵、その中でも出来の悪い者たちばかりだった。


 とはいえ、不正を盾に文句を言うつもりはない。私は彼を脅したのだ。快く精鋭部隊を貸してもらえるとは思っていない。

 それに、これはこれでいい。癖のついていない新兵。まずは彼らを鍛え上げ、一人前の兵士にすることが私の仕事だ。

 まずは彼らにその気になってもらわなければならない。


「聞いていると思いますが、これから領内を跳梁する魔物を一掃する討伐隊を結成します。あなた達には存分に働いてもらうつもりです」

 私がまず一声をあげると、それぞれから失笑が漏れた。


「何で俺達がそんな事を。貴方の王子が、いや貴方を捨てた王子が倒してくれるんでしょう?」

 生意気な顔の青年が言うと、周囲から笑いが漏れる。


「貴方、名前は?」

「アルと申しますが? お嬢様?」

 慇懃無礼な物言いだったが、今はいい。


「アルか、悠長なことですね」

「はい?」

「王子率いる討伐軍が来ると言うが、それはいつの話です?」

「え?」

「ですからいつ来るのかと聞いているのです。一体いつ来るので?」

「それは……」

 言い淀むアルに、私が答えてやった。


「答えは永遠にこない、です。王都の兵がこんな辺境を守るために出兵してくれるわけがないでしょう」

 王都が討伐軍を編成することは間違いないが、それらは交易路や主要都市の防衛に当てられる。こんな辺境のカシュー地方に派遣されるわけがない。


「そんなことだと、世間知らずと笑われますよ」

 年下の小娘に世間知らずと言われ、さすがにアルは顔をしかめ、兵士たちも機嫌を悪くするが、彼らはもっと焦るべきだ。


「私はあなた達より年下ですが、魔王軍の怖さはこの中の誰よりも知っているつもりです。王子と一緒に旅をして見てきましたが、魔王軍に滅ぼされた村や町というのは、それはもう悲惨なものです」

 思い出すだけでも胸が痛くなる光景だ。


「家も畑も失い、生き残った者たちは逃げて逃げて荒野をさすらい。金もないから街にも入れず、凍死するか病で死ぬか、あるいは飢え死にのどれかしかありません。しかし彼らはまだ幸運といえましょう。魔王軍や魔物に殺された物たちの悲惨さと言ったら。魔王軍は捕まえた捕虜の人間をなぶり殺しにするし、魔物たちは生きたまま人間を食います。その死にざまと言ったら。『やめろ、俺を食わないでくれ』と屈強な男が泣き叫ぶ声は、今も耳に残っています」


 私が見てきた戦場の地獄を語ると、兵士たちは声を失くしていた。

 今年集められた新兵達には、ちょっときつい話だったかもしれない。私も初めてその光景を見たときは、何日も眠れずにすごし、一刻も早い魔王討伐を心に誓った。

 どうしようもない王子とその女達について行ったのも、ひとえに殺された人、これから殺されるかもしれない人たちを思ってのことだ。


「アルの言う通り、近々王子が討伐軍を結成されるでしょう。しかしその結果、どうなると思います?」

 あの王子がうまく戦えるとはとても思えない。

 だが魔王が倒され、補給路も断たれた魔王軍はさすがに戦力を維持できない。どれだけ手間取っても、討伐軍は最終的には勝ちを拾えるはずだ。


「彼らの本国は海を渡った向こうの魔大陸にあり、帰る船はありません。討伐軍に蹴散らされた魔王軍の残党は、本国に逃げかえることができず一斉に四方へと広がり、各地で盗賊化するでしょう。当然こういった辺境の地は格好の狙い目となります。今はまだ被害は少なくて済んでいるかもしれませんが、いずれ連中は必ず来ます。それがあなた達の故郷でないとは、誰にも言えない」


 近い将来、確実にくるであろう現実を指摘され、兵士たちがうつむく。

 彼らの脳裏には、故郷の家族や恋人のことがよぎっているに違いなかった。


「別に王国のため、私のために戦えとは言いません。あなた達はあなた達の故郷のために戦うべきなのです」

 兵士たちの中で、何人かの目つきが変わる。自分たちで故郷を守らなければならないと言う火がついたのだ。しかし大部分はうつむいたままだった。戦闘経験のない新兵である彼らは、自分たちが魔王軍や魔物と戦い勝てるとは思えないのだろう。

 それに命の危険を冒してまで、戦いに赴く気にもなれないのだろう。

 生存本能を考えれば当然のことだ。だからその本能をくすぐってやろう。


「故郷を守るためとはいえ、あなた達をタダで使うつもりはありません。ちゃんと褒美は考えています」

 私は持って来た革袋を取り出し、中から一枚取り出して見せた。


 小さな歓声とともに、四十の瞳が私の指先に吸い込まれるように集まる。

 私がつまむ黄金色の物体は、ピカピカに磨き上げられた金貨だった。

 お父様の金庫から失敬してきた金貨だ。それも貴族が国家に税金を納める時に用いる大金貨。

 見たこともないだろうし、これがいくらするのかも知らないだろうが、二十人の兵士は黄金に吸い寄せられていた。


「働きに応じて褒美を出します、手柄を立てれば、この金貨はあなた達のものです」

 私の言葉に兵士たちは色めきたった。

 黄金とは不思議だ。ただの綺麗な金属でしかないのだが、多くの人の心を惹きつける。

 見せびらかすように金貨を左右に振ると、全員の視線が一斉に動く。

 私はよく見えるように、ひとりひとり鼻先にまで近づけて見せて回った。


 こうすることで、黄金の臭いをかがせる事が出来るらしい。

 もちろん黄金に臭いなんて存在しないが、心で臭いをかがせることが重要らしい。

 以前、旅で知り合った商人がやっていた手だ。

 金のためなら何でもする最低の商人だったが、人を動かす手法に関してだけは長けていた。

 商人いわく、金と脅しで動かない人間はいないと言う。

 黄金に取りつかれた人間の言葉だが、ある程度は真実なのだろう。事実兵士たちの目は明らかに変わっていた。


 故郷を守るという大義に、黄金の魔力。

 正義だけで人は動けず、欲にかられる人間はここぞと言う時にもろい。二つが合わさることで、一つの力となる。


 ようやく兵士たちをまとめることが出来たが、これで二歩目。次は実戦だ。

 ここまでは事前に計画を練っていたことだが、ここから先はさすがに思い通りとはいかないだろう。

 うまくやれるか自分でも分からない。

 だがやるしかない。人々を救うにはそれしか。


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