第一話
第一話
強く引き絞られた弓から、矢が放たれる。
矢は風を切り放物線を描きながら飛翔、盾を掲げて荒れ地を走る一人の兵士に降り注ぐ。
兵士は向かってくる矢に気づき盾を構えるが、木製の盾は容易に貫かれ、兵士の右目を貫通。目を撃ち抜かれた兵士は、喉から最後の声をこぼし地面に倒れる。
倒れた兵士を後ろから走っていた兵士がよけて通る。さらに後ろの兵士はよけるのが間に合わず腕を踏み抜き直進した。
兵士たちが目指すのは、あまりにも高い壁だった。
壁の上からは爬虫類の顔をした魔族が弓を引き絞り、また矢を放つ。最前線の指揮官が矢の到来を告げて兵士たちが盾を構える。
運がよかった者は無傷で済み、少し悪い者は手足から血を流す。そして悪すぎた者はそのまま倒れて動かなかった。
お返しにと、後方に控えていた弓兵部隊が矢を放つが、高すぎる壁に半分以上が届かない。
さらに後方のローブをまとった一団が、杖を掲げる。
虎の子の魔法兵団だ
掲げる杖は高価な魔道具だ。
扱うには魔法の素養は必要となるが、それほど訓練しなくても振るうものに一定の力を与えてくれる。
一本で家一軒ほどする魔道具から、光の玉が放たれて巨大な壁に殺到する。
破壊の力を秘めた爆裂魔法だが、壁の向こう側に配置された魔法使いたちが結界魔法を発動。薄い青い光が砦の壁を覆う。
結界に遮られ爆発が壁の手前で起きる。ほとんどの魔法が防がれたが、後から放たれたいくつかの光球が結界を貫通、要塞の壁で爆発するが、壁は無傷。高価な対魔法装甲がされた城壁には、傷一つつけることが出来なかった。
弓も魔法も効果なし。しかしそれでも兵士たちは盾を掲げて突進した。
後方の指揮官が号令を出すと、密集隊形の歩兵の一団が繰り出される。全員が巨大な鋼鉄の盾を掲げ、隙間なく盾の屋根を作っている。
壁の上にいた魔族の指揮官が、ざらついた指を向けて盾の一団への攻撃を指示する。
大量の矢が降り注ぐが、鋼鉄の盾が矢のほとんどをはじき返す。
不運な兵士が矢に貫かれて倒れるが、それでも隊列は崩れず、巨大な壁の中央に作られた大きな門に向かって突進する。
勢いを止められないことに、魔族の指揮官が新たな命令を出すと、こちらも温存していた魔法兵を出し、壁の上から一斉に光の玉が放たれた。
爆裂の嵐に盾を掲げた兵団が吹き飛び、隊列が崩れる。
しかしその時、割れた実から種子が飛び出すように三人の兵士が飛び出し、門に向けて全力で駆ける。
その体にはいくつもの爆裂魔石が括り付けられ、走る顔には決死の決意。
狙いに気づいた魔族の指揮官が、三人を討てと命じ矢が放たれる。数本の矢が兵士の肩や腹に突き刺さったが、男たちの歩みは止まらない。
先頭を走っていた兵士の一人が城門にとりつき、後ろの二人が先頭に抱き着く形で取り付く。
三人は死ぬときは一緒だと、互いを固く抱きしめあう。
次の瞬間、閃光が三人の体から放たれ、直後に衝撃と振動が戦場を震わす。
今日一番の爆発が起き、城門付近には細切れになった血肉と破片が降り注ぐ。
敵味方すべての兵士の目が城門に注がれたが、煙が晴れた後に見えた城門は無傷。鋼鉄で作られた巨大な門はびくともせず、爆発の跡は周囲に残るのみだった。
決死隊の攻撃さえも通じないと知り、これ以上の攻撃は無意味と指揮官が退却の号令を発して兵士たちが引き上げていく。
兵たちが退却する光景を、ロメリアは連なる丘の上から見ていた。
否でも目に入る壁を見ていると、どうしてもため息がでる。
難攻不落のガンガルガ要塞。噂にたがわぬ鉄壁の要塞だった。
もともとこの要塞は、魔王軍に滅ぼされた旧ローベリアン王国のものだった。北に広がる半島の喉元に作られ、同じく魔王軍に滅ぼされた旧ジュネブ王国を締め上げる重要な軍事拠点であるだけでなく、西に広がる自国の防衛も兼ねていた。
国が傾くほどの資金が投じられて作られたこの要塞は、壁の高さは通常の倍。厚さはさらに三倍。城壁すべてを対魔法装甲で覆い、最大五万の兵員を収容可能と、まさに難攻不落の要塞だった。
すり鉢状の窪地の中心に立つ、巨大な要塞を改めて見る。
かつて天から石が降り注いだという伝説を持つこの地は、災いの地とされていたそうだ。現在では文字通り、要塞を攻める兵にとって、これ以上のない恐怖の対象となっている。
敗北し、傷だらけになって帰還する兵士たちを見て、ロメリアは心の中で傷つき命を失った兵たちに哀悼の意を表した。特に決死の覚悟で城門を破ろうとした三人の勇士には、その勇敢さと決意を称えた。
もっとも国の違う私などに称えられても、うれしくもないだろうが。
「ロメリア様」
後方からややとげのある声が放たれる。声だけで誰かが分かった。
「世界各国の皆様がお待ちです」
「わかっています。シュピリ」
シュピリ秘書官に声だけで返事をして、瞑目を終えて振り返ると、シュピリが目をやや吊り上げていた。
感情が目に出やすい秘書官を一瞥して、護衛の兵士とともに丘の上に作られた天幕へと向かう。
丘の反対側では、壮麗な騎士団が隊列を作っていた。
騎士団の列は六つ。そのほとんどが煌びやかな鎧を身にまとい、立派な軍馬にまたがる屈強な騎士たちで構成されていたが、一つだけ貧相な装備が目立つ騎士団があった。
私が連れてきたライオネル王国の騎士団だ
後ろに控えていたシュピリが、自国の騎士団を見てため息をつく。
「ロメリア様、やはりもう少し軍備を整えたほうがよかったのでは?」
自国の軍隊を見てひどいことを言う秘書官だった。
「アルやレイ、いえアルビオンの騎士団やレイヴァンの騎士団を連れて行ってはいけないと、アラタ王の命令でしたから、仕方ないでしょう」
今や王国最強の騎士として名高い二人は、それぞれ騎士団が与えられ、王国を守る軍備の要となっていた。
列強各国の軍がそろうこの状況では、彼らの騎士団を連れてくれば見劣りはしなかっただろうが、一年前の謀反で王が殺され、国内の情勢が不安定な状態で国の柱である騎士団を派遣するわけにはいかない、というのがアラタ新王の言葉だった。
もっともそれは建前で、私に強力な騎士団を持たせたくなかったというのが新王の本意だろう。さらに言えば私もそれは読んでいたので、断られる前提でアルとレイの騎士団を要求していたのだが。
おかげで編成に無理を言い、私の要求を通すことが出来た。私が編成した軍団を見て、新王は首をかしげていたが、理由までは話さなかった。
「それでもほかに立派な騎士団はあったと思いますが?」
まだぶつくさ言うシュピリの隣から、突然深く響く声が聞こえた。
「おや、シュピリ秘書官はわが騎士団に何かご不満がおありで?」
突然シュピリの横に、漆黒の鎧に身を固めた男が現れた。
「か、カイルレン騎士団長」
真横に突然現れた騎士に、シュピリが声を凍らせる。
最初の二十人。俗にロメリア二十騎士と言われる騎士の一人、今はカイルレンと名を変えたカイルその人だった。
昔はがりがりにやせた子猫の様だったが、今では肉付きもたくましく、全身に力がみなぎり歩く姿はまるで豹。
力強くしなやかでありながら、足音は全く立てずに歩いている。
私に対してはしないが、音を殺し気配を殺し、死角から影の様に近づいては人を驚かすのをひそかな楽しみとしている。
いつでも殺せる位置から声をかけられたことに、シュピリが冷や汗をかく。
「いえ、決してそんなことは」
「そうですか、それは申し訳ない。いや、私のような日陰者は、つい人の言葉を勘ぐってしまいますので、悪い癖です。本当に申し訳ない」
まったく笑っていない目で、カイルが謝罪する。
「そうそう、先ほど兵站部の指揮官がシュピリ秘書官を探しておいででした。ロメリア様のお供は私がしますので、秘書官はそちらに行かれてはいかがで?」
有無を言わさぬ言葉に、シュピリがうなずき、逃げるような足取りでこの場から去っていった。
「失礼な女です。しかし油断はなりませんね、あれの目には殺気が宿っていますよ」
「油断などしていませんよ」
新王が派遣してきた秘書官だ。信用できるはずがない。
一年前の謀反でアンリ王が暗殺され、王家の重要人物もこぞって殺されてしまった。
系譜をたどり傍流の王族を見繕い王座に据えたが、これがもめにもめている。
何人かの王族は自分こそが正当だと主張しているし、王本人も私たちのことを目障りと思っている。新王に忠誠厚いシュピリは、謀反の兆しがあれば私と刺し違えるつもりなのだろう。
ご苦労なことだ。私が死ねばアラタ王の地位も危ういというのに。
「内にも外にも、敵ばかりですね」
貴族たちの反発はお父様が抑えてくれているが、権力が集中しすぎていることに対しての不満は大きい。
経済はまだ順調とは言えないし、教会勢力ともうまく行っていない。軍部も女の私が指揮官として兵を率いていることに難色を示している。
この一年で経済の立て直しや復興などを行ったが、国内は安定しているとはいいがたかった。
本来ならあと数年は内政に努め、地盤を固めたいところだが、列強各国が自国に進軍してきていた魔王軍を撃破した。さらに魔王軍に支配された地を解放すべきと檄を発し、連合軍が結成された。
これに参加しないわけにはいかず、二万の兵を連れてこの地に来た。
「さて、各国の皆様と、お話しますか」
ため息をつきながら、お歴々が待つ天幕へと向かった。
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