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第二十七話

第二十七話


くすぶる火が煙となってあちこちから上り、小さなうめき声と悲鳴が木霊のように続いていた。

眼前には死体。後ろに横にも転がっているのは死体ばかりだった。

死体の合間を兵士たちが行き交う。

兵士たちが泥にまみれた旗を、気にすることなく踏みつけ足蹴にしていく。

黒い旗に金糸で刺繍された紋章は大鷹。

栄えあるライオネル王国聖騎士団、黒鷹騎士団の紋章だ。


軍部最強硬派のザリア将軍率いる黒鷹騎士団は、王国最強騎士団とその名を知らぬ者はなく、その栄光と共に風を切っていた旗も、今は血と泥に埋もれ顧みられることもない。


城が焼け落ちたあと、私の予想通り、いや、予想よりも早くザリア将軍麾下の黒鷹騎士団は王都に進軍してきた。

私は焼け落ちた王都で戦う不利をさけ、難民と共に王国第二の都市ラクリアへと逃げ延びた。

そこで私はファーマイン枢機卿長と交渉し、謀反を共謀したことを不問にする代わりに、いくつかの密約を結び、その一つとしてザリア将軍が王に対し謀反を働き、王を殺害した事実を証言させた。


さらにザリア将軍を我々が討ったことを公表し、黒鷹騎士団には降伏を命じたが、騎士団のカレナ副将がこれに反発、真相は逆であり、お前達が王と将軍を殺し、謀反を図ったのだと徹底抗戦の構えを見せた。


王や王妃の身柄が無くては、こうなることは予想されたので、私は第二第三のカードをきった。

ファーマイン枢機卿長にザリア将軍とカレナ副将を破門してもらい、そして私を聖女であると公式に認めさせたのだ。


自分で自分を聖女と認めさせることには抵抗があったが、必要なことだった。

これにより私は教会勢力の公認を得て、国中から認められる存在となった。


教会の手前、これまで公に手を貸すことができなかった辺境の領主達から、続々と援軍が集まり勢力は拡大。逆に破門されたカレナ副将は、騎士団から離反者こそ出なかったものの、味方する勢力は現れず孤軍となった。

十分に勝てる頃合いを見計らって決戦に挑み、黒鷹騎士団を撃破した。

黒鷹騎士団は最後、策を弄さず、正面からぶつかってきた。

謀反に失敗した彼らにとって、生き残っても得るものはなく、華々しく戦って死ぬことだけが救いだったのだろう。


何とか勝つには勝ったが、これからどうするか、頭の痛い問題が残っていた。

政治に空白は許されない。新政権を樹立する必要があるが、国の中枢で働いていた者の半分がこの争いで死んでしまった。特に王妃と、その子供達まで死なせたのは痛い。

誰を王座に据えるべきか、私の一存では決められない。


もちろん死んだ王の代わりに、私が王位につくなどは論外だ。

清廉潔白な聖女であることが、今の私の最大のうりだ。政治的野心を見せれば神聖は瞬く間に薄れ、欲深いみだらな女に一変する。


どこかで王の係累を見繕い、王に仕立て上げねばならない。

政治の中枢は、癪だがお父様に握って貰おう。変わり身の早いお父様なら、こういうときにも上手く対応してくれると思いたい。


軍部に関しても再編を急がないといけない。

国の柱であった黒鷹騎士団が消滅した現在、王国の戦力はかつて無いほどにまで低下している。

今なおこの大陸に残る魔王軍や、虎視眈々と領土を狙っている隣国に攻め入る隙を与えるわけにはいかず、早急に再編し、戦力の回復を図る必要がある。


アルとレイを独立させ、それぞれ騎士団を率いさせる事になるだろう。

私たちの勢力が拡大しすぎることに一抹の不安もあるが、今後も混乱が予想されるので、今はとにかく強力な騎士団が必要だ。


あとは教会勢力も手を加えないといけない。

謀反を不問にすると言っても、ファーマイン枢機卿長をこのままというわけにはいかない。

身柄と財産を保証する代わりに、引退して貰うことで話は付いている。

ただ引退の前にノーテ司祭の破門を解き、枢機卿にでも引き上げて貰おう。そして融和路線を進め、現体制の見直しを計らせよう。


他にも辺境領主達と話をつける必要があるし、王都の再建に経済の立て直し。貴族達との折衝とやることは多すぎて、頭が破裂しそうだ。


「相変わらず小難しい顔してるわね」

「そんな顔してると、顔に皺が残るわよ」

不意に後ろから声がかけられた。


声を聞いた瞬間に誰かわかり、慌て振り返る。

そこには二人の女性が立っていた。

ドレスのような黒いローブを身にまとい、頭にはつばの大きな三角帽子を被ったエカテリーナと東方の武闘着に背中に剣を背負った呂氏がいた。


最低の別れ方をした旅の仲間との再会だが、怒りはこみ上げなかった。それ以上の戸惑いが私を襲っていたからだ。

「え? ええ? 子供?」

最後に見た頃より、少しは大人になった二人は、胸にそれぞれ子供を抱いていた。

「いつの間に? おめでと、う?」

祝福していいのか分からず、自分でもなんだか良くわからない言葉になってしまった。

凄い驚いた。っていうか、なんというか敗北感に似たものを感じる。


「いつ結婚を?」

結婚式に呼んで貰える間柄ではないことは分かっているが、全く知らなかった。


私が二人に相手は誰だと尋ねると、エカテリーナと呂氏は二人して顔を見合わせて、困ったように笑った。

その笑いを見て、二人がまだ結婚していないことを、私はなぜか悟った。


二人の腕の中ですやすやと眠る子供、エカテリーナが抱える子供は二歳から一歳半ぐらい。呂氏が抱く子供は生後半年と言ったところだ。

二人ともエカテリーナにも呂氏にも似ておらず、その寝顔はどこか死んだアンリ王を思わせた。


「まさか」

驚き二人を見ると、エカテリーナは私が気付いた事を察したらしく、首を振って否定した。

「言っておくけれど、王子と私たちの子供じゃないわよ」

否定の言葉を聞きほっとした。正直王の隠し子など見たくもない。


「アンタと別れたあとに、エリザベートが凄い剣幕で迫ってきてさ。王子は譲らないっていうもんだから」

「そーそー。凄い気迫で。私もエカテリーナも何にも言えなくなってね。身を引くことにしたの」

あのあとどうなったのか、気になっていたが、まさかそんな展開になっているとは、さすがに想像も出来なかった。


「じゃぁ、その子供は」

脳裏に消息不明となっている、アンリ王とエリザベート王妃の遺児の事が思い出された。

確か子供は二人。年は生後半年と、一歳半。二人が抱えている子供は丁度それぐらいだ。


あの炎と城の崩壊に、二人の嬰児が偶然生き延びたとは思えない。しかしエリザベートは私と同じ奇跡の力を持っていた。

愛する者を、死の淵からさえも蘇らせることが出来る癒しの力。

その力が、二人の赤子を守ったのだ。


「エカテリーナ、呂氏」

その子を王位につけよう。

喉まで出かかった言葉を、私は無理矢理飲み込んだ。

王と王妃の子であることが証明されれば、これ以上ないほどの正統な王位継承者となる。

だが二人はあまりにも幼すぎた。


幼い子供の王位は、容易に傀儡政権へと移行する。

ただでさえ私やお父様に権力が集中しすぎている。この上、国王まで意のままに操れるとなれば、この国を牛耳ったようなものだ。

こちらにそのつもりが無くても、周りが黙っていない。確実に反乱がおきる。外に魔王軍や列強各国が控えている現状で、中にも火種があってはやっていけない。


それに幼い王子のためにもならない。

王宮の内部は陰謀渦巻く毒蛇の巣だ。

権力闘争の策謀が横行し、暗殺や毒殺すら起こりうる。

王家が安定していればある程度秩序も保たれるが、王と王妃のみならず、主立った王族や有力者がいない今、王宮の内部がこのあとどうなるか、もはや予想も付かない。

そんな状況に乳飲み子を放り込めば、殺したも同然だ。十を数えるまで生きていられるかどうか。


王宮の混乱や権力闘争。国家の立て直しなど、この子たちには何の関係もない。

せっかく生き延びたあの二人の子供だ。健やかに育ってほしい。


私が言葉を飲み込むのを見て、二人とも小さく笑った。二人の笑みを見て、私も笑った。三人とこんな風に笑い合う日が来るとは思わなかった。


「エリザベートの最期を看取ったのはアンタなんだって?」

どこから聞いたのか、エカテリーナが尋ねる。

「うん、愛した王と最後を共にするって」

「そうか、結局、王子を一番愛していたのはやっぱりあいつだったのね」

そう、愛。愛だ。


わたしはエカテリーナと呂氏の両名を見た。

私とエリザベートは奇跡の力を授かっていた。だがそれを持っていたのが、私たち二人だけと考えるのも早計だろう。この二人も、同様の力を授かっていたとしても不思議ではない。


思い返せば、少し心当たりがある。

エカテリーナと呂氏が仲間に加わった頃から、王子の魔法の力と剣の腕が上がっていたようだった。

てっきり王子が二人に魔法と剣を教えて貰い、そのせいで上達したのだと思っていたが、もしかしたら奇跡の力が王子に力を与えていたのかも知れない。


「愛か」

美しく罪深い言葉だ。

愛の名のもとに、私たちはこぞって王子の人生を歪めてしまった。

私が幸運を、エリザベートが癒しを。呂氏とエカテリーナが剣と魔法の力を良かれと思って与えていたのだ。


もし私たちがいなければ、王子は勇者とはならずとも、人々を導く王として善政を敷いたかも知れない。

時々失敗しつつも、弱さと至らなさを認め、一歩ずつ成長していく王に。

そんな王子の姿が幻視できた。できれば立派な名君として成長していく彼の傍らに立ち、そのそばで支えてあげたかった。今更言っても詮無きことだが。


「二人はこれからどうするの?」

何かできることがあるなら、二人の力になりたかった。

「もちろんこの子を一人前に育て上げる。私の剣の全てを教え込むつもりだ。軍に入れるつもりはないが、最高の冒険者にしてみせるよ。目指せS級」

呂氏は年端もいかない子供を掲げ、高らかに宣言する。


冒険者とは魔物を狩り、前人未踏の秘境を踏破する者達のことだ。

傭兵や便利屋としてみられる向きもあるが、一部の高名な冒険者は伝説となり、人々の間で語り継がれる。

功績に応じて等級が授与され、過去数人しかいないS級となれば、国家的な英雄となる。

並大抵のことではないが、呂氏が手塩にかけて育て上げれば、不可能ではないかも知れない。


「エカテリーナは?」

「私は森に帰るよ」

「魔女に戻るの?」

賢者と呼ばれているが、帰らずの森に住んでいたエカテリーナは、正真正銘の魔女だ。

教会を気にして、表向きは賢者と言うことにしてあるが、人の入れぬ森の中で、魔術の実験を繰り返し、禁断の秘術を産みだそうとしている。魔王討伐への旅は、彼女の魔法がなければおそらく成功しなかっただろう。


「そうなるかな、でも魔女の仕事もしばらくはお休み。この子を育てないと。そろそろ弟子を取る時期だし、呂氏のように、この子に魔術を教えてみてもいいかもね。一人前に育ったら集会にでも出してみようかな」


噂で伝え聞く魔女の集会。

何でも魔女は時折集まり、自身の研究成果や術を見せ合い比べ合うのだという。

集会で一人前に育てた弟子を披露することは、魔女にとって名誉なことであるとか。

「そのときがきたらアンタにも手紙を出すよ、魔女の集会で会いましょう」


エカテリーナと呂氏が手を振って去っていく。

子供を抱えて行く二人の後ろ姿を、私はじっと見つめていた。

二人の子供が立派に成長し、活躍する姿が今からでも待ち遠しい。


「ロメリア様」

二人が見えなくなると、入れ替わるように騎士団のみんながやってきた。

過去を振り返り、夢を見る時間は終わった。私には現実が待っている。

やらなきゃいけない事はたくさんある。二人の子供が成長し、立派な大人になるまで最低でも十数年はかかる。だがこれからの仕事を考えればきっとあっという間だ。


「さぁ、行きましょうか皆さん」

私はみんなに声をかけた。


ロメリア戦記の書籍化が決定いたしました

これも皆さんの応援のおかげです。ありがとうございます


明日から第二章の連載を開始します。

これからもよろしくお願いします


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