第二十六話
第二十六話
「なんだ?!」
爆発と震動。天井からは砂が降り注ぎ、爆発はさらに断続的に起きている。
「外へ出ます、枢機卿長もつれてきてください」
レイが枢機卿長をつかみ、とらえた獲物のように引きずる。アルはうずくまる高僧たちを手荒くつかんでこちらは荷物のように運んだ。
急いで玉座の間に戻る。
玉座の間にはすでに人は残っていなかった。ここも危ういと、貴族たちは自主的に避難してくれたようだ。
騎士団が退路を確保してくれている。アルが高僧たちを投げ捨て、尻を蹴って逃がすと手から血をこぼしながら、高僧たちは枢機卿長を見捨てて逃げていった。
枢機卿長を引き連れてバルコニーへと出ると、もう混乱は鎮められないところまできていることが分かった。
王都のあちこちで火の手が上がり、魔法による爆発が起きている。
「ああ、教会が、教会が燃えている!」
枢機卿長が悲鳴のような声を上げる。
見ると確かに、様々な彫刻が施された壮麗な教会が燃えていた。
暴徒があちこちで発生している。だが早い。早すぎる。
「そんな、教会は狙わないという約束だったのに」
枢機卿長のつぶやきを、私は聞き逃さなかった。
「事前に計画していたのですね」
王都を見下ろせば、混乱の中、組織的に動いている一団が見られる。
ザリア将軍派の部隊だ。それぞれがこの混乱の中でも的確に行動し、王都の要所を押さえにかかっている。
事前に入念に準備された謀反。
王の発言と暴動までは予想外だっただろうが、もともとこの日に謀反を計画していたのだ。
しかも連中、この不測の事態をうまく利用している。
民衆に潜り込んでいた兵士が扇動して暴動を加熱させ、暴走を止めようとする警備部隊は、将軍麾下の精鋭が殲滅。あちこちで爆発や炎の魔法が放たれ、恐怖と熱狂に煽られて、民衆の暴走はもう止められない。
「ロメリア様、不味いです」
レイが城の一部を指さすと、火の手が上がっているのが見えた。
全く仕事の出来る奴らだ。城にまで火を放ち、全ての証拠を消し去るつもりだ。
どさくさにまぎれて、対立している官僚や貴族達も、始末されていることだろう。
さらに今ごろザリア将軍の騎士団が、こちらに向けて進軍してきているはずだ。
王が死に混乱した王都を武力で鎮圧。治安維持の名目で居座り、王国を牛耳るつもりだ。
「ここはお逃げを」
レイが撤退を提案する。
確かに、もうどうしようもない。ザリア将軍を殺してしまった以上、迫り来る部隊を止める手だてもない。
「分かった。城外へ脱出する手はずを整えてください。暴動に参加していない者があれば、味方として出来る限り救出してください」
指示を出しながら私は身を翻す。
「どちらに?」
「王と王妃を助けます。あの二人が生きていれば、あとはどうとでもなります」
私は急ぎ足で奥の小部屋に戻った。
ザリア将軍を殺した今、迫り来る将軍の部隊は頭を失った蛇だ。だが頭がないだけに、どう暴れるか予想も付かない。王と王妃を保護しファーマイン枢機卿長にザリア将軍の死と謀反を証言させ、軍に降伏を勧告する。それでも軍事衝突は避けられないだろうが、王と王妃がいれば多勢はこちらに付く。
とにかく二人をこの城から連れ出さないと。
奥の小部屋を開けると、熱気が私の頬を撫でた。
「なっ」
扉を開けると、そこは一面火の海だった。
炎の草原の中、エリザベートがアンリ王を抱きかかえながらたたずんでいる。
「エリザベート? 何を?」
火を放ったのはエリザベートしかいない。
「何をしているのです。早く王を治して逃げるのです。まだ王国を再建する道はあります」
私の言葉に、エリザベートは小さく首を振って答えた。
「駄目、もう助からない。治せないの」
「何を言っているのです。出来ないはず無いでしょう!」
エリザベートは私などとは違う本物の聖女だ。私は何度も見てきた。
死ぬほどの深手を負ってもなお王子を癒し、復活させたその奇跡のような癒しの術。
特に忘れられないのが、魔王との決戦の時だ。
魔王が放った渾身の爆裂魔法を受け、王子は吹き飛んだかに見えた。
しかしいつの間に治癒の術を放ったのか、エリザベートは致命傷を負った王子を即座に癒し、王子は反撃の一撃を魔王に食らわせ、その命を絶ったのだ。
あの癒しの力があれば、どのような深手でも問題ではないはずだ。
「ロメリア、貴方も持っているのでしょう? 神から授かった奇跡の力を」
突然エリザベートが私の『恩寵』の力を言い当てた。だが知っているはずがない。私はこの力のことを誰にも言っていないのだから。
「隠さなくてもいい、私も持っているから」
エリザベートの言葉は私に衝撃を与えた。
今まで奇跡の力を持つのは自分だけだと思っていた。だが私だけが特別に、天から奇跡の力を授かったとする理由はない。
「王子に初めて会った日に、彼のことを思ってお祈りを捧げていると、天から『慈愛』の力が授けられたの。この能力は、私が愛する者に対する癒しの力。私がこの人を愛している限り、この人は決して死ぬことがないはずだった」
二度目の衝撃は悲しみに包まれていた。
奇跡の力は発動していない。つまり二人の間にはもう愛がないことを、まざまざと突きつけられているのだ。
あれほど愛した人をもう愛していないのだと、天にさえ告げられてしまったエリザベートの心境は、いかばかりのものか。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
王の亡骸を抱え、嗚咽のような声でエリザベートが謝った。
時が止まったように、それを見ていることしかできなかった私を、現実の衝撃と震動が我に返した。
爆発が連続しておき、城が倒壊し始めている。
「エリザベート。早く来てください。貴方まで死ぬことはない」
エリザベートは王と共に死ぬつもりだ。だがそこまでする必要はない。
「いいえ、行きません。例え私と王の間に愛がもはや無かったとしても、歴史書にはそう記させない。王と王妃は深く結ばれ、死さえ二人の愛を分かつことは出来なかった。私たちの愛は唄となり物語となり、伝説となって永劫の時を生きる」
エリザベートがいっそう力強く、決して離すまいと王の亡骸を抱き寄せた。
「しかし」
エリザベートを助けようと、火の海に一歩を踏み出そうとした私の体を、力強い手が引き寄せた。
「ロメリア様、駄目です」
引き留めたのはアルだった。レイもすぐ側にいる。
「ロメリア様。もう持ちません」
「駄目だ、あの二人を」
私はなおも二人を助けようとしたが、アルとレイは無理矢理私の体を抱え部屋から引きずり出した。
部屋から出てみると、二人が私を引きずり出した理由が分かった。
こちらもすでに火の海となっていた。爆発の余波で天井が崩れ、火の手が回り、城は崩壊寸前となっている。
「仕方ありません。撤退します。負傷者を救出しつつ撤退します」
苦渋の決断を下し、城から逃げ延びた。
火の手が上がり、崩壊する城を駆け抜けていると、不意に私の耳に歌声が聞こえた。
私以外に誰も歌声に気付いた者はなく、気のせいかも知れない。だが私は確信した。
「エリザベートが歌っている」
それは旅の途中、エリザベートが時折歌っていたものだった。
野営のたき火を見ながら、あるいは大海原に沈み行く太陽を眺めながら、満天の星が瞬く砂漠の夜で、心の慰めに彼女が歌っていたものだった。
「エリザベート……」
私たちは共に歩き旅をした。いくつもの平原と山を越え、あらゆる苦難を味わい、多くの冒険を乗り越えた。
私たちは、どこで道を違えてしまったのか?
その答えは燃え尽きる城に埋もれていった。
ようやくテーマが出せました。
今回の話は、このシーンを書くためのものでした。
反響が気になるので、感想とか頂けるとありがたいです。
次回、第一部最終話は七月二十一日に更新予定




