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第二十四話

 第二十四話


「諸君」

陛下はよく通る声で民衆に話しかけた。

「我々は魔王の脅威にさらされ、苦難の年月を過ごすこととなった」

王が言葉を区切ると、集まった民衆の間にこれまでの苦難が思い起こされていた。


魔王が現れてからこれまで、厳しい日々の連続だった。

そして魔王が倒されてもそれは変わらなかった。いや、王が魔王を倒したことで、仇を討とうと多くの魔族や魔王軍がこの地にやってきて、戦乱にさらされた。


王が魔王を討ったことを、責める者はいない。それはこの国の誇りだ。しかし長い戦乱にさらされたことも事実だ。

度重なる兵役に重税。民は苦しみ、国も疲弊している。誰もが疲れ切っていた。


「苦しい戦いだったが、それももう終わりだ」

ようやく一息つけるのだと、民衆が胸をなでおろすのをエリザベートは肌で感じることが出来た。

さらに自分自身、一息つけることに安堵している。

だがこれはつかの間の一息だ。この国から魔王軍の脅威は去ったが、魔王軍は他国にも侵略しており、征服された国々の人々は奴隷として扱われていると聞く。彼らを解放し、我々の大陸から魔王軍を駆逐することは、人類の悲願と言える。

そのためにはまだまだ戦わなければならない。民衆もそれがわかっているだけに、わずかに訪れた平穏がうれしいのだ。


「全ては陛下と聖女様のおかげだ!」

広場にいた愛国者が陛下とロメリアの功績を称える。同列に扱われたことに、陛下は怒らずうなずいた。

「ありがとう。確かに私も戦ったが、それは皆も同じだ。我々全員が戦い、そして勝利したのだ。これは国民全員の勝利だ」

王の言葉に、歓声と拍手がわき起こる。

事前に草案があったとはいえ、そこに説得力を持たせるのは、まさに王の資質といえた。


「とくに、カシュー守備隊。通称ロメリア騎士団の働きはめざましく、彼らの功績が無ければ魔王軍の脅威は未だ払拭されてはいなかっただろう。よってその功績を認め、カシュー守備隊を正式に騎士団として認める! 騎士団名は聖ロメリア騎士団。初代団長はその名の通り、グラハム伯爵家第一令嬢。ロメリア・フォン・グラハムを任命する」

二度目の歓声は、まさに爆発といって良かった。音の衝撃が城全体を包み込み、ガラスが震え城の塔に羽を休めていた鳥さえも飛び立つ。


陛下がロメリアを騎士団長に任命すると発言した瞬間、私は即座に軍部の動向を探った。

ザリア将軍こそ顔色を変えなかったものの、側にいた副官達は明らかに不快感を示し、目配せをしている。事前に話がなかったことへの抗議だろう。


次に教会勢力の実質的長である枢機卿長を見ると、こちらはガレリア将軍ほど内心を隠せず、渋面を作っている。

高位の癒し手は、傷を癒すだけではなく生命を即死させる術も身に着ける。

使用は決して許されず禁術とされているが、枢機卿長は今にも即死魔法を放ちそうだ

側に控える高僧たちも、納得がいっていない様子だ。


二人とも危険ではあるが、ここまでは予想通り。

問題は陛下自身だ。

陛下は大歓声が収まるのを待ち、手を掲げて再度歓声を鎮めた。

そして軽く咳払いをしてから、また声を発した。


「諸君、我々は苦難を乗り越え。勝利した。しかしこれで終わりではない。私は諸君にさらなる勝利を約束する」

陛下の言葉に、民衆のみならず、文官や武官達も訝しむ。勝利すると言っても、もう国内に敵などどこにもいないのだ。


まさか。


不意に私は陛下の次の言葉が予想できた。

いけない。それだけは言ってはいけない。


「我々は魔王軍に国土を蹂躙された。今度は私たちが奴らに逆襲する番だ。私はここに魔大陸侵攻を宣言する。ロメリア騎士団を先鋒に百万の軍を送り込み、占領された国々を解放し、海を渡り我らが仇敵魔大陸を切り取るのだ!」

陛下の宣言のあと、一拍の空白があり、悲鳴とも怒声とも付かぬ声が民衆の中からわき上がった。


「ははっ」

陛下はやってやったと、やりきった顔をして笑う。

「貴方は、貴方はなんと言うことを」

唇が震え、まともな言葉が続けられなかった。


「どうした、なぜだ? これで全て万事解決ではないか。邪魔なロメリアや軍部を魔大陸に追いやる事が出来る。国民達も、さらなる勝利に歓声を上げているではないか」

「歓声? これがですか!」

私はひしめき合い、怒声と共に石や物を投げる民衆を指し示す。

群衆の動きはうねりとなり、城に今にも殺到しそうだ。


怒声を歓声と聞き違えていた陛下が、ようやく民の怒りに気付く。

「なぜだ、なぜ奴らは怒っている?」

「そんなもの、決まっています。ようやく戦争が終わったというのに、貴方がまた始めると言ったからです」


長く続いた戦乱に、国土は消耗し国民は疲弊していた。ようやく平和が訪れたと思った矢先に、また戦争が始まると言われて、黙ってなどいられない。

暴徒と化した民衆は警備の兵の囲いを突破し、王城に侵入してきている。あの民衆達がここに来るまで、もうそれほど時間はない。


「なぜだ、どうして?」

民衆の怒りを理解できない陛下は、茫然自失となっている。もはや冷静な判断は期待できない。

「衛兵。何とかして民衆を防ぎなさい。近衛兵。少しでもいい。時間を稼ぐのです」

とにかく命令を出し時間稼ぎを命じる、少しでもいい時間を稼ぐ必要があった。

私はさらにバルコニーから身を乗り出し、広場を見下ろす。


広場は暴徒と逃げようとする民衆が入り交じり、混乱の鍋のようだ。しかしその中にあって、秩序を保ち、暴徒を寄せ付けない部分があった。ロメリアの兵達だ。

さすがに兵隊は簡単には暴徒化しない。


「ロメリア!」

バルコニーから身を乗り出し、あらん限りの声を出し呼びかける。

兵士が壁を作る中央で、赤マントに囲まれた一団の中の、白い鎧が声に反応して見上げる。

互いに目があった。


「来い!」

私の言葉に、ロメリアは即座に頷き、兵に指示を出すと、赤マントの一団が矢のように動き出した。

もはやこの状況を治めることが出来るのは、ロメリアしかいない。

なんとしてでもロメリアをここに立たせ、暴徒を鎮めさせるのだ。それしか止める方法はない。


振り返り、とにかく頭を働かせ、指示を出そうとする。だが途中で思考が停止した。

陛下の姿がない。


「陛下は? 陛下はどこにおられる。陛下はどこに行かれた!」

私は金切り声に近い声を上げた。自分がこんな声を上げるなど信じられないほどだった。


「ご、ご安心ください。陛下はご無事です」

侍従の一人が進言する。

「そ、そうです。今しがた兵士の方に連れられ、奥の間に避難されました」

「枢機卿長もご一緒です」

側に仕えていた侍従達がそれぞれに証言する。


玉座の後ろ、謁見の間の奥には小さな扉があり、小部屋につながっている。王やそのほか重臣だけが入れる会議室だが、その部屋には城外へとつながる秘密の通路が隠されている。

この事態で守りが固く、退路が確保された部屋に逃げ込むのは最善の行動だ。しかし……


「兵士? 兵士だと!」

陛下を守る近衛は、全て暴徒を足止めするために行動している。あとここいる兵と言えば……

ザリア将軍とその側近達の姿を捜す。しかしその姿はどこにもない。しかも枢機卿長と一緒など。


極大の不安と恐怖が全身を駆け抜けた。

すぐさま私は陛下を追いかけた。靴が脱げるのも構わず部屋を走り、奥の小部屋へと急いだ。

小さく重い扉を開け、奥の小部屋にはいると、目に入ったのはひとかたまりになった集団。

鎧に身を包んだザリア将軍とその側近の将校達。そしてファーマイン枢機卿長率いる高僧の一団が取り巻くように立っていた。


鎧や僧衣に囲まれて、絹の服を身にまとった陛下が立っている。

胸には幾本もの短剣が突き立てられ、口からは血を流し、うつろな目で私を見つめる。

「に……げ」

震える手が私を求めるように伸ばされる。


「陛下!」

絶叫が響き渡った。


次回更新は七月十五日を予定しています


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