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第二十三話

第二十三話


陛下が姿を見せると、私は立ち上がり皆と共に頭を下げて出迎える。

玉座に着いた陛下のあとに、私も席に着き斜め後方から陛下の顔を窺う。

陛下は口元を弛緩させ、笑みを浮かべられていた

機嫌のよさそうな顔に安堵する。せっかくの祝いの日、できれば楽しく過ごしたい。特に諸侯や大貴族が集う場所では。

幸いにも陛下はここ数日機嫌がよく、家臣に怒鳴りつけることも少なくなった。喜ばしいことだが、その顔を見ると胸が痛んだ。


結婚してわずか三年で会話が無くなり、最近では顔を合わせることも少なくなった。

もはや互いをつなぎ止めているのは、二人の子供だけだった。

だが陛下を責めることはできない


全ては私たちが悪いのだ。

だからこそ陛下に気づかれぬように動き、周りの者をなだめて調整し、影ながら支えている。子供達のため、自らの罪滅ぼしのために。


そういえばすこし前は、珍しく夫婦の会話があり、柄にもなく舞い上がってしまった。しかしその夜に、陛下が私の寝所に来られることはなかった。

もはやかつてのように戻れるとは思ってもいなかったが、あのような事があると、どうしても淡い期待を抱いてしまう。

胸が締め付けられるような感情を、鉄面皮の下に押し隠す。

こういうとき美人で良かったと思う。無表情でも氷のように美しい美貌だと、周りが勝手に思ってくれるから。褒め言葉としては全く嬉しくない言葉だけれど。


わき上がった感情を何とか押し殺していると、耳にかすかな旋律が届いた。

目を向けると、玉座の陛下が鼻歌を歌っていた。

ここのところ、陛下はたいへんご機嫌であった。今日は特に機嫌がよいようだ。

ロメリアを追い落とす準備をするのが、それほど楽しいとは意外だ。

しかし陛下の機嫌がよいのなら、それでいいと納得しかけたとき、胸の中にずっとあった不安が急激に膨張し形を持った。


あまりにも唐突に、私は不安の正体を理解した。


これだ! 不安の正体はこれだった!

陛下のいつにない機嫌の良さ。それこそが胸に巣くう不安の正体だったのだ。


建国記念日の準備を進めている間、陛下の機嫌はいつになく良かった。

しかしそんなことはおかしいのだ。

いくらロメリアを追い落とすためとはいえ、功績を称え、勲章を授けることには納得がいっていないはずだった。

そもそもロメリアと顔を合わせること自体、極力避けたいはずなのである。それなのに、機嫌がよいなど。あり得るはずがないのだ。

何かがある。

陛下は何かをするつもりだ。そしてそれは決して良いものではない。


「陛下、何を、何を考えておいでです」

色を無くして問いかける私に気付いた陛下は、一瞬だけ驚いた顔をしたあと、晴れやかな笑顔を見せた。


止めなければ、止めなければいけない!

陛下が何を考え、何をしようとしているか分からないが、いま止めなければ取り返しの付かないことになる。

目に見えそうなほどの確固とした確信あった。


止めようと腰を上げかけた瞬間、バルコニーの外から大歓声がわき起こった。行進してきたロメリア騎士団が広場に到着したのだ。

一瞬バルコニーに目を取られたあと、玉座に視線を戻すと、すでに陛下の姿はそこになかった。

止めようとする私に気付き、立ち上がり、バルコニーに向かって歩き始めている。


「陛下、お待ちに、お待ちになってください」

重いドレスを引きずるように歩き、何とか袖を掴むが振り払われてしまう。

そして陛下はバルコニーに出てしまわれた。

広場では集まった民衆に、行進してきたロメリア騎士団。警備の兵に役人達や貴族達が揃い、全員の視線が登場した陛下に注がれている。

この場にいたって、もはや陛下を止めることなど出来ない。


私は自分の失策を悟った。

これだけの場で国王が発言した言葉は、誰にも覆せない。

そう陛下に吹き込んだのは他でもない私自身。全ては私が招いたことなのだ。


バルコニーへと出た陛下は国民達の歓声に迎えられ、満足げに頷き手を振り、しばらくして両手を掲げた。

歓声が収まるまで少し時間がかかったが、波が引くように静まり、広場ではどこからか聞こえてくる子供の泣き声以外、何もしなくなった。

こうなっては止めようがないと、私はこれから起きることに覚悟を決め、陛下の脇に立ち広場を見下ろした。

ひしめく群衆に、整列する兵士たち。列の先頭では赤いマントを羽織った十数人の騎士と、その先には白い鎧をまとった女性が一人。ロメリアだ


兜を脱ぎ、金色の髪をなびかせるロメリアは、当然だが、三年前に見たあの時より、少し大人になっていた。

ロメリアもこちらを見て目が合う。三年前と同じく、その顔には毅然とした信念があり、瞳の奥には誰にも汚すことの出来ない輝きに満ちていた。


不思議だった。

ロメリアを見て、怒りがわいてこない自分が意外だった。

この三年間。ロメリアの名前を聞き、思い出すだけで形に出来ない苛立ちがわき上がり、ロメリアを八つ裂きにする妄想をすることで、その苛立ちを押さえてきた。

しかしこうしてその当の本人に会ってみると、なぜかあれだけあったロメリアに対する苛立ちは一向にわき上がらず、心の底が凪いでいる。

自分の心境を自分でも理解できないでいると、陛下が軽く息を吸い、声を発した。


ついに始まってしまったのだ。



次回更新は七月十二日を予定

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