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第二十一話

 第二十一話


 見る者にひやりとさせる笑みを浮かべ、妻が言ったのは異なことだった。

「建国記念日にあの女に兵を率いて凱旋させ、勲章を与えて、正式に騎士団の長としてやるのです」


「勲章だと?! なぜ私が奴を称えてやらねばならん」

「確かに功績を認めることとなりますが、嫌がらせにはなります。全軍を率いてはるばるここまで来るとなれば、維持費にどれだけかかることか。それに人気の高いあの女の騎士団を見ることが出来るとなれば、民衆も喜びます」

確かに軍は金食い虫だ。演習や凱旋パレードは国威高揚の手段としてはもってこいだが、金がかかる。それをまるまる伯爵家に負担させてやれば、嫌がらせにはなるだろう。


「あの女に勲章をやるのは業腹だ」

「いずれは討つためです。一番の問題は、あの女の立ち位置が定まっていないことが原因なのです。ただの伯爵令嬢ではなく、功績を認めて指揮官の座につけてやるのです。そうすれば騎士団の問題を問うて、あの女を罰することが出来ます」

確かにそれは名案に思えた。功績を認めてやるのは腹立たしいが、いずれ落とすために持ち上げてやるのだと思えば、それほど嫌でもない。


「しかし問題がある。我が王国はこれまで女を指揮官に任命した前例はない」

女に軍を率いさせるなど、これまで誰も考えたことがなかったし、指揮官にしようとも思わなかった。

ロメリアの立場があやふやなのも、その前例に起因する。


「確かに前例無きことですが、ここまで人気が出たことも前例のないことです。特例として認めてやれば、民衆や貴族達は、陛下の英断に感服することでしょう」

「ロメリアの人気を逆手に取るワケか」

すぐにロメリアを討てないのは腹立たしいが、悪くない考えだった。


「だが反対されないか? 軍の強硬派が反発するかもしれん」

軍人は何よりも体面を重んじる。いくら人気があるとはいえ、女と同列に扱われることを我慢できないと感じる者も多いだろう。

特に軍部のザリア将軍は、魔王軍との決戦の時から折り合いが悪く、更迭したことを根に持ち、何かと妨害工作を仕掛けてくる。今回も反発することは必至だ。


「それに、教会側もだまっていないだろう」

聖女と崇められるロメリアを、救世教会は苦々しく思っている。

ロメリアは癒し手を連れているが、神の奇跡とされる癒し手は、古くから教会が人事権を掌握している。

あの女はカシュー地方に隠棲していたノーテ司祭を口説き落とし、教え子である癒し手達を引き抜いた。


教会は権威を傷つけられたと反発し、ノーテ司祭を破門してカレサ修道院もつぶしてしまった。

元凶となったロメリアも憎んでいるが、民衆の人気の手前、魔女認定するわけにも行かず、掲げた手を振り下ろせない状態だ。

ロメリアの功績を公式に認めるとなれば、おもしろくはないだろう。


「ファーマイン枢機卿長とは、この前やり合ったばかりだしな」

教会の実務の全てを取り仕切り、実質的指導者であるファーマイン枢機卿長は、エリザベートを見出した人物でもあり親代わりだ。しかしこのところ勝手が過ぎる。

あちこちから多額の寄付金を集め、癒し手達の治療に高額の布施を要求する。王都の教会は日ごと豪華になり、白い法衣の裏地は黄金で出来ていると揶揄されるほどだ。

にもかかわらず、まだ寄付をしろと言ってくる。王国の財政が悪化するのも、教会への寄付金が大きな問題となっているからだ。


「しかしいくら枢機卿長のたのみでも、国民に武器を向けるなど出来ない」

教会の横暴と強欲に疑問を持つ信者達が、独自に集会を開き、現在の教会から離れようとしている。ファーマインは新派など認めないと激怒し、私に異教徒を討ってくれと迫ってきた。


もちろんそんなことが出来るわけがないと断った。

国教の分裂は確かに国家の一大事だが、分派の動きは過激なものではない。

教会を使わず、それぞれの家で集会をして祈りを捧げ、癒し手達が無料で傷の治療を行っているだけだ。

貧困層を中心に数を広げ、兵士や下級役人などの家族達も参加しており、最近では強欲な僧侶達に嫌気が差した商人達も支援する声があると聞く。


数は急速にふくれあがっているが、十分に話し合いの余地があり、彼らもそれを望んでいる。

過激な思想を持っているわけでもない信者達を、武力で弾圧など出来ない。

しかしファーマインは納得できず、さんざん文句を言って帰っていった。

全く何様のつもりなのか。


「枢機卿長の方には私から言っておきましょう。軍部の方に関しては、多少強引に事を進めるほか無いでしょう」

「強引にとは?」

「建国記念日の催しで、国民の前で発表すればいいのです。一度陛下が発したお言葉は、覆しようがありません」

「なるほど、そうだ。そうだな」

私は王なのだ。私の言うことを覆すことなど誰にも出来ない。

国民の前で約束したことは、誰にも止められない。


「エリザベート。君は本当に頭がいい女性だ」

さっきまで頭痛の種だったロメリアの問題が、一気に解決した気さえする。

「君のような女性を妻に出来て、私は果報者だ」

久しぶりに、素直に妻に感謝の言葉が漏れた。氷のように固まったエリザベートの表情も、一瞬だけ和らぐ。

「私は……少し陛下にお知恵をお貸ししただけです」

久しぶりに夫婦に戻った気がする。このままもう少し話をしたいが、しなければならない仕事はまだ残っている。それに息子達から母親を長く奪いたくはない。


「今日はもういい。息子達と休め」

妻に命じると、エリザベートは軽く一礼して退室した。

出ていった妻を見送ったあと、少し考える。

悪くない考えだ。悪くない。名案だ。


これ以上ない考えに思えたが、不意にあることに気付いた。

確かに名案だが、前回妻の策を受け入れたときも、同じように感じた。

しかし結果として後手に回っている。

それに思い返せば、妻の話し方は妙だった。初めは何もするなと言いつつ、途中で仕返しの方法を出してきた。元からこの考えを飲ませるために、私にあきらめろと言ってきたのかも知れない。


そう考えると急に腹が立ってきた。

いいように手の平で遊ばれただけではないか。

素直に感謝の言葉が出ただけに、腹が立った。

「くそ、女め!」

しおらしい顔をしながら私を操る。さかしい奴らだ。


「馬鹿にしおって」

苛立ちが募ったが、ここは冷静になるときだった。

怒鳴っていても始まらない。それに、現実問題として、ロメリアを正式に指揮官として認めるのは悪くないアイデアだ。ロメリア騎士団を正式な騎士団として認めれば、私が自由に動かすことが出来る。場合によっては、死地に追いやることも可能だ。


「死地、死地か」

名案が浮かんだ。


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