第二話
第二話
魔王を倒して一月後、アンリ王子に婚約を破棄され、実家のグラハム伯爵家へと戻った私を待っていたのは、両親の温かい抱擁ではなく叱責だった。
両親にとって私は王子と結婚し、王家と家を結び付ける道具でしかなく、婚約を破棄され、さらに国を救った手柄すら得られなかった私は、できそこないの烙印を押され、顔も見たくないといわれた。
私は調べ物やいくつかの調査をした後、自分から辺境のカシュー地方に行くと伝え、両親は顔も見ずに許可した。
カシュー地方に都落ちする私についてきてくれたのは、長年私を育ててくれた乳母のカイロ婆やと、その夫のカタン爺やのみだった。
婆やは、私を辺境に追いやったことが納得いかず、旦那様は奥様はと馬車の中でぶつぶつ言っていたが、私は別にショックでもなかった。
王子に焦がれて屋敷を飛び出したころのウブな私なら、両親の冷たい仕打ちに涙の一つもこぼしただろうが、王子というか男という生き物に幻滅し、世間の冷たさを知ったいま、こんなものだろうと半ば納得していた。
逆に温かく迎え入れられたりしたら、調子が狂うところだ。
「婆や、いい加減にして、全ては終わったことよ」
「ですが、ロメお嬢様。これから行くカシューの地は辺境も辺境。魔物も出るっていうじゃありませんか。そんな地にお嬢様を行かせるなんてあんまりです」
「知ってるわよ。でもそんなに悪い所じゃないわよ。自然が豊かでいい所よ」
まぁ、それしかないといえるが。
「お嬢様は、行ったことがあるのですか?」
「一度だけね」
カシューには一度行ったことがあった。旅の途中、予定外の出来事で立ち寄ることになったのだが、そのおかげで面白いことも知ることができた。
「はい、もう愚痴はそれぐらいにして頂戴。やらなきゃいけないことはたくさんあるんだから」
状況は悪い。だからこそスタートはできるだけ早くしないといけなかった。
「これから忙しくなるわよ」
首をかしげる婆やと爺やを連れて、あてがわれた新居に向かうと、そこは屋敷というよりは砦であった。
周囲を石でできた壁に囲まれ、門の前では槍を持った兵士が暇そうにあくびをしていた。
武骨な砦を前に、婆やはめまいを起こしていたが、ここがそういう場所であることは知っていた。
私が欲していたのは、美しい邸宅でも整えられた庭でもない。兵士が駐屯できる軍事施設だ。
砦に到着してずいぶん待たされると、砦の管理者であり、この地方を任されている代官がようやくやってきた。
「よくおいで下さいました、ロメリアお嬢様。私がこの領地の代官を任されているセルベクというものです」
セルベクは鎧甲冑をまとっているが、サイズがあっていないのか、あちこちから肉がはみ出ていた。彼はこの砦の隊長も兼任しており、魔物や魔王軍が現れれば、陣頭指揮をとって戦う立場のはずだが、この分だと馬に乗れるかも怪しいところだった。
「セルベク代官殿、ごきげんよう。これからよろしく頼む。ところで早速で悪いが、一つお願いがある。この地方は頻繁に魔物や魔王軍が出没していると聞く。隊を編成し討伐に当たるので兵士と武器食料などを提供していただきたい」
開口一番の私の言葉に、セルベクは驚いた後笑った。
「勇ましいことですが、領地の守護は私の仕事です。ロメリアお嬢様にはお部屋にいていただかないと」
「そうしたいのは山々だが、その仕事が滞っているようだから、手伝うと言っている。村のあちこちから、魔物の襲撃の報告が上がっているぞ」
私はまとめておいた書類を渡す。各地の村から寄せられた嘆願書だ。
「こんなもの、村の者が金目当てに言っている戯言です。連中は少しでも困ったことがあると泣きついてくるので困ったものです」
笑いながら書類をしまおうとしたが、そうはさせない。
本来嘆願書は代官に送るものだ。だが一向に動かない代官に業を煮やし、領民たちが直接我が家に送り届けてきたのだ。一体これまで何通の嘆願書を握りつぶしてきたことか。
「それはどうかな? 来るときにあちこち立ち寄ったが、実際村に被害が出ていたぞ。それに伴いこの領地の税収も右肩下がりだ」
辺境であるためお父様はまだ気が付いていないが、金にがめついお父様が知ればどうなることか。
無能の証明をほのめかしてやると、セルベクの目の色が変わった。
「お嬢様、勘違いされては困ります。私はグラハム様よりお嬢様をしっかりお守りするように命じられております。もしお嬢様が私の言うことを聞いていただけないのであれば、心苦しいですが、部屋で謹慎していただくことになりますぞ」
ちらりと後ろの兵士に目をやる。
力に物を言わせた軟禁宣言だが、それも予想通り。
「ああ、そうだ、もう一つ書類を渡すのを忘れていた、写しだがこれも君にあげよう」
さらにいくつかの書類を見せると、セルベク代官の顔色が一気に悪くなった。
そこに書かれていたのは、代官の数々の不正行為の証拠だ。
公金の横領に税のピンハネ。新たに畑が作られても報告せず、逆に災害で畑がつぶれ、税収が減ったと報告している。
「こ、これはその、りょ、領地を運営するためには仕方なく。誰もがやっていることだ」
「領民を思ってのことか、それは素晴らしいな。しかし武器を横流ししたのはまずかったな。しかもそれが盗賊に流れ使われたのは大失態だ」
税のピンハネ程度であれば、書類の間違いや他の者が横領していたと言い逃れをすることもできるが、武器の横流しはさすがに言い訳できない。
場合によっては反逆罪にも問われる重罪だ。
「地方に行くとよくあるのだよ、中央の目が無いのをいいことに、暴走する輩が。旅をしていて何度も見てきた」
地方貴族たちは自分を止める者がいないため万能感に酔いしれるのか、それとも中央で蔑まれている事への反動か、まるで王か神のように振る舞い、破ってはならないルールを簡単に破る。外から見ていれば自殺願望でもあるのかと思うほどだ。
脅しの言葉に、代官の目に刃が宿る。一見すると無能だが、この代官、なかなかに肝が座っている。
それに、記録では前の代官は、なかなか面白い死に方をしていた。意外に食わせ者のようだ。これは今夜にでも殺されるかもしれない。
「お嬢様、どうやら私のいった意味が分からなかったようですね。おい、お前たち。すぐにお嬢様を塔の最上階にお連れしろ。誰にも会わせず一歩も外に出すな」
代官の命に兵士たちが歩み寄るが、抵抗する気などさらさらない。
「分かった、そうしてくれ。君がお父様にどんな言い訳をするのか楽しみだ」
「どういうことだ!?」
「それは写しだと言っただろう。私が手紙を送らなければ、原本が公開されるように手はずを整えてある」
「なっ」
セルベクは目を見開いたが、どうでもいい。
「さぁ、兵士どの、私の部屋に案内してくれ。安心しろ、抵抗するつもりなどないし、誰かと会いたいとも言わない。それどころか、手紙の一通も出す気はないから」
「ちょ、ちょっと」
代官が私の腕をつかんだが振りほどく。
「女性の体に触れるとは、失礼にもほどがありますよ」
自分でもたまに忘れるが、こう見えても貴婦人の一人なのだ。
「お、お待ちください、お嬢様。なにをお望みです」
「いえ、もういいですよ、お願いは次に赴任される新しい代官にしますから」
にっこりと笑って返事をすると、代官は今にも泣きそうな顔をした。
「いえ、私がやります。私にお命じください」
セルベク代官は早々に折れてくれた。
うなだれる代官を見て、内心一息つく。
とりあえず最初はうまく行ったが、これでようやく一歩目だ。あと何歩進めばいいのか、考えると少し憂鬱になる。だがすぐに気を入れ直した。まだまだ先は長いのだから。