第十九話
第十九話
ダナム主催のパーティーをしばらく楽しんだ後、私は席を立った。
「すみませんがダナム様。今日はもう休ませていただきます」
「おや、もうですか。もっとお話を聞きたかったのですが」
「申し訳ありません。おつきあいしたいのですが、ここ連日夜を徹しての強行軍でしたので、正直このまま眠ってしまいそうで」
「それはそれは、気が付きませんで、寝室をご用意しておりますので、案内させましょう」
「ありがとうございます。しかし休む前に、負傷した兵達をねぎらいたいと思いますので」
戦闘があったあとは、負傷した兵士たちの所に訪問することにしている。
「それはすばらしい。まさに本に書かれているとおりの聖女ぶりですな」
そういわれると笑うしかない。
「いえ、見て回るだけですよ。治療などは癒し手に任せておりますから」
本などでは私が手ずから治療をし、最期を看取るシーンなどが書かれていたりするが、さすがにそんなことは出来ないし、専門家に任せた方がいい。
ただ私が戦えと言い、そして傷ついたのだから、彼らを見舞うことは私がしなければいけない。
パーティーを中座し、兵舎に設けられた傷病兵の収容所に向かう。
背後にはアルとレイがついてくる。
私が出歩くとき、騎士団の者達が必ず護衛に付いてくれるのだ。
あちこちの勢力を敵に回しているので、暗殺への配慮だ。食事などにも気を使い、毒見役もいるし、最近では影武者を作ろうなんて話もある。さすがにそれは止めているが。
二人を連れて傷病兵の収容所を訪ねると、傷だらけの兵士たちが私のことに気付き、起きあがって礼を言う。
正直頭を下げたいのはこちらなのだが、兵達は私の来訪を涙ながらに喜んでいた。
私は彼らの怪我をいたわり、勇戦を褒め称えた。
褒められた兵士たちは、子供のように喜び、怪我が治ればまた恐れずに死地へと飛び込んでいくだろう。
慈母のような顔で兵士たちと接するが、彼らの手を握り、喜びの顔を見るたびに、心が割れていく気がする。
聖女や聖人と呼ばれることを否定しつつも、兵達の前ではそのように振る舞い、戦意を鼓舞し、士気を高める。
兵達の中には私に褒めて貰うために、怪我をするものもいる。
そして何人かは命を落とす。
私のせいで、と考えるのは傲慢なのかも知れないが、これまでの戦いで一体何人の兵士が命を落としたことか。
彼らのことを考えると胸が痛むが、この痛みすら偽善的な感情だ。
どれほど胸が痛んでも、口は戦って死ねと言っているのだから、何の言い訳にもならない。
内心と顔を切り離し、笑顔で傷病兵の手を取り、ねぎらって回る。敵と戦うことよりも、こちらの方が何倍もつらい戦いだった。
恒例の見回りを終えると、ダナムが用意してくれた部屋に戻る。
連日の強行軍で、さすがに本気で眠い。
部屋の前まで来ると、付き添ってくれたアルとレイが部屋の前で立ち止まり警備についてくれる。
「今日の当番は二人なのですか?」
「ええ、途中で他と交替します」
私の寝室には、騎士団の誰かが歩哨に立つ。
私を題材にした恋愛小説で、二十騎士との恋愛が中心となる理由だ。
しかし身の回りの世話をしてくれる侍女達以外は、決して私の寝室には入らない。
最古参であるアルとレイに関しても、そこは同じだ。みんな決してそれ以上は踏み込まない。
男だらけの場所に長くいたが、これまで女として身の危険を感じたことはない。
枕元にはいつもナイフを忍ばせ、不埒者がいたら刺し殺すつもりでいるが、いまだ役に立ったことはない。もっとも騎士団の誰かがその気になったら、私がどんな抵抗をしようが一瞬でひねり上げられて終わりなんだけど。
「そういえばさっきのことですけど」
お休みと言おうとしたとき、アルが話しかけてきた。
「さっき?」
「結婚の話です。ロメ様が誰と結婚したとしても。俺が幸せにしてみせますよ」
アルの言葉を反芻し、整理して考え直す。
「プロポーズの言葉にしては、おかしくありませんか?」
俺と結婚すれば幸せにしてみせる。と言うのなら、実に情熱的な言葉だと思うのだけれど、誰と結婚しても俺が幸せにするとはこれいかに?
「俺がロメ様とどうこうなろうなんて思ってもいませんよ。でも、ロメ様が誰と結婚しても、俺が幸せにしてみせます」
「具体的には?」
「ロメ様の幸せを邪魔するものは皆殺し、障害は全て取り除きます」
うーん。愛が重い。
「レイ、何とか言ってやって」
「そうだぞ、アル。お前は間違えている」
冷静沈着なレイは、アルの間違いを指摘した。
「ロメ様が誰と結婚しても、この僕が幸せにしてみせる。の間違いだ」
レイの言葉に、アルが拳を握りしめながらにらみ返した。
「ほぉー お前が俺にそんなデカイ口利けるとは知らなかったぞ?」
「へー 知らないのは君だけで、みんな知ってることだよ?」
アルの挑発の言葉に、レイが受け返す。まったくこの二人は。
「やめなさい」
今にも殴り掛かろうとする二人を仲裁すると、アルとレイは即座に手を放し背筋を伸ばした。
『はい、やめます』
全く、仲がいいのか悪いのか。
この話はこれ以上広げても、不毛な気がするので置いておく。
「それよりも、明後日にはここを出て、次の街を目指します。あと少しでこの国に残った魔王軍を一掃できます。あと少しですが、気を引き締めてかかるように」
私の言葉に二人は敬礼する。
「魔王軍の掃討は我々の悲願ですが、それに伴い、王家との対立が懸念されます。規律正しい行動を心がけるよう、兵達にも徹底しておいてください」
「了解しました」
「ところで、魔王軍を掃討したら、騎士団を解散するのは変わらないんですか?」
アルがまた同じ事を聞く。
「ええ、変わりませんよ。前から言っているとおり、魔王軍の脅威を一掃したら、騎士団は解散です。魔王軍討伐のために結成したのだから、当然でしょう?」
「しかし、まだ王国のあちこちに、魔王軍は残っていますよ」
確かに、数人から数十名規模の魔王軍は、王国にあちこち点在している。しかし大規模なものはもうほとんど存在しない。
「それに関しては、以前から言っているとおり、騎士団を分割し少数に分けて対応します」
カシューに戻る最中に隊を細かく分けていく、王国のあちこちを経由させてカシューに戻す。途中立ち寄った町や村の周囲にいる魔王軍や魔物を討伐し、駆逐しながら帰還する。
「それでも多少網からこぼれるでしょうが、それぐらいなら地方の守備隊でも対抗可能なはずです」
組織的な行動さえとれなければ、魔王軍とて恐れることはない。
「しかし」
アルとレイはまだ食い下がろうとする。二人とも、いや騎士団の全員が、まだ終わらせたくないようだった。
しかしどんなものも永遠に続かない。そして我々は少しばかり大きくなりすぎている。このまま戦力を保持し続ければ、この国にとって良くない存在となるだろう。
「アル、レイ。貴方たちは本当によく戦ってくれました。貴方たちだけではありません。カシューからついてきてくれたみんなが、よく戦ってくれました。はじめは二千人いた騎士団も今や半数。二十騎士も五人が死に三人が戦線離脱を余儀なくされました」
彼らはみな勇敢だった。中には私が見捨て、死地へと追いやった者すらいる。そうすることが最も犠牲が少ないと判断したからだ。
その判断を誤ったとは思っていない。だがそれでも死に過ぎた。
「最後は綺麗に終わりましょう」
私は二人にそう言い聞かせた。
そして一ヶ月後、ロメリア騎士団は解散した。




