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第十八話

第十八話


紳士淑女が向かい合い、互いに手を出し合い、鳥のように頭を下げ、音楽にのせて滑るようにステップが踏み出される。

宴もたけなわ。会場の中央ではパーティー恒例のダンスが行われ、皆が楽しそうに踊っていた。

とくに中央で踊っているアルとレイはなかなかの腕前だった。


「いや、あの二人はなかなかダンスが上手いですね」

ダンスを見ながら、ダナムが口を開く。

パーティー会場の中央。主催者の隣で、下にも置かない接待を受けながら、私も会釈する。


アルは踊りが何とも豪快で、華がある。そしてレイは技巧派だ。ステップが鋭い。運動神経がいい人間は、何をやらせても上手いものだ。


「それにあの衣装。王都でも見ない作りをしていますな」

ダナムがアル達が着ている衣装を褒める。返り血の付いた鎧姿でパーティーというわけにも行かず、持ってきた服に着替えさせたのだ。

「ええ、騎士団が活躍するに連れて、こういう機会が増えましたので、いくつか作らせたのです」

「なるほど。あの光沢のある布は、ベリア産の絹と見ましたが? それにあの服の作り、芸術の国とも呼ばれるパリッスア国のデザイナーのものでは?」

「お見事、その通りです」


ダナムは見識が高い。見事に言い当ててくる。

「いやはや、さすが王国の玄関口カシューですな。内海を通じて、もはや手に入らないものなど無いのではありませんか?」

さすがにそれは言い過ぎだが、カシューはあれから大きく発展した。


金鉱山の採掘は期待されたほどではなかったが、港を作る計画は順調どころかかなり上手く進み、立地条件の良さと、セリュレの腕前から一年で船が着くようになり、王国の物流を大きく変える結果となった。

港には世界中から船が着くようになり、遠い東の国の織物や南国の果実や香辛料が溢れている。

たった三年で大きく成長し、現在も拡大を続けている。

もはやカシューは辺境などとは呼べず、王都に匹敵する経済的繁栄を遂げていた。


「ロメリア様のおかげで、この地では魔王軍の脅威が去りました。交易の街として我々もカシューに販路を築こうと考えています。よろしければヤルマーク商会に紹介状を書いていただけないでしょうか?」

もちろん私は快諾した。セリュレには遠征のために多額の費用を出資して貰っている。見返りにあちこちの貴族や商人とのつながりを仲介するのは、ちょっとした恩返しだ。


いくつかの商談をまとめていると、一曲が終わり、アルとレイが相手を務めてくれた淑女と共にこちらに戻ってくる。

「すばらしいダンスでした、アルビオン様」

「本当です、また踊っていただけませんか? レイヴァン様」

二人の淑女の熱っぽい声に、アルとレイは軽く笑顔を浮かべながら、少し喉が渇いたといい、誘いを辞した。

二人は酒杯を受け取りながら、こちらに戻ってくる。


「なかなかダンスがお上手になりましたね。アルビオン様、レイヴァン様」

私が冷やかしてやると、二人とも嫌な顔をした。

「やめてくださいよ」

長く続く戦いにロメリア騎士団の多くはその働きが認められ、二人は騎士に叙任された。それに伴い名前も改め、アルはアルビオン。レイはレイヴァンという名前になった。

二人とも堅苦しい名前が嫌いなのか、そう呼んでやると微妙な顔をするので、いい嫌がらせのネタになっている。


「しかしさすがに疲れました」

アルが息を吐き、レイも首を回す。歴戦の勇者が疲労困憊だ。

無理もない。二人は今や救国の英雄として知らぬものはなく、二人に思いを寄せる女性は多い。さらにこの町は戦える男は全て出払い、生き残っているのは怪我人と老人子供だけ。

男女比が偏り、必然騎士団の男はダンスに引っ張りだこだ。

戦場で甲冑を着て縦横無尽に暴れまわる騎士たちも、女性の扱いには手を焼いている。


「それでどうです?」

「どうとは?」

アルが聞き返す。全く鈍い奴だ。

「さっきのダンスの相手ですよ、なかなか可愛い娘さんだったじゃありませんか」

 私が尋ねると、二人は顔をしかめた。


「よしてください相手は貴族の令嬢ですよ。俺たちなんかが釣り合うわけ無いじゃないですか」

アルは常識的な対応をした。騎士になったとはいえ、数年前まで平民だったアル達が、貴族と結婚するなど、確かに普通はあり得ない。


「いえいえ、そんなことはありませんぞ」

話を聞いていたダナムが切り返す。

「確かにあの二人は男爵家と子爵家の令嬢ですが、共に軍人の家系です。戦場で名を馳せたあなた方なら、歓迎されこそすれ、肩身の狭い思いをすることはないでしょう」

「そうですよ、二人とも。貴族は確かに世間体を気にしますが、生活に困っている家も多い。名よりも実を取り、家をもり立てようとするところはいくらでもあります」

私の言葉にダナムがうなずく。


「全くです、私も今はこうして領主面はしておりますが、物心付いたときは名ばかりの貴族で、家には借金の督促状しかない始末。しかしこうして財を築き、領主にまでなれました。大事なのは己の才覚と度胸。あと必要な物と言えば……」

ダナムはちらりと反対側に座る奥方を見たあと。

「愛です」

白々しくも言い切った。

隣で聞いていた奥方は鼻で笑っていたが、伝聞では家族仲は良好と言うことなので、ダナム流の冗談というやつだろう。


「どうです? あの二人など丁度良いでしょう。よろしければ、私が取り持ちますぞ」

なかなかダナムは押しが強い。

あわよくばここで二人を取り込んでおこうという狙いもあるのだろう。


「魔王軍の脅威が完全に払拭されぬ限り、身を固めるつもりはありません」

「右に同じです」

アルとレイはきっぱりと断った。

二人はいつもこうだ。言い寄る女性は数多くいるのに、決して付き合おうとはしない。中には良縁と思わしき人もいたのだが、騎士団の者達も、かたくなに身を固めないのだ。

私としてはみんなの結婚式に出席し、子供を抱き上げてみたいのだが、その機会はなかなか来そうにない。


「そういうロメ様こそ、どうなのですか? いい加減身を固められては?」

さっきの仕返しか、アルが切り返してくる。

「私? 私は無理ですよ、適齢期を過ぎてしまったし、こんな悪い噂の着いた女、引き取ってくれる男性など、見つかるはずもありません」


王子との婚約を解消され、実家からも勘当同然で追い出された身だ。結婚相手としてこんな面倒な相手はいない。

それに軍にいるのも問題だ。最近こそ身の回りを世話する侍女等も増えたが、それまでは男ばかりの所にいたし、今も男性の方が多い中にいる。

王都の社交界では、男あさりのために、軍に付いているはしたない女と言われている。

私を嫁になどしたら、相手の方に迷惑がかかるというものだ。


「そんなことはありますまい。ロメリア様を嫁にしたい家など、いくらでもありますよ。たとえば、我が家とかはどうです? ここにはいませんが、息子は三人います。大きいのと小さいのと丁度いいの、どれでも好きな者を持っていってくれて構いませんよ」

ダナムは息子を商品のように紹介した。笑うしかない。


「王家を敵に回しますよ」

やんわりとたしなめる。

ロメリア騎士団は国を救って回り、民衆からの人気は高い。しかし王家との関係は微妙な緊張状態を保っている。


魔王軍の脅威から辺境を救っているのはいいとして、人気が高くなりすぎ、王家のメンツをつぶしてしまっている。

しかし助けられた領民や辺境の領主達は、私たちを支持してくれている。王国としても功労者を罰するわけにも行かず、また腕の立つ騎士を掌中に収めたいという狙いもあり、騎士に叙任し、さらには爵位を授けるという話も出ている。


一方で私の立場はさらに微妙だ。

ロメリア騎士団などと呼ばれているが、私は騎士団の団長でもなければ指揮官でもない。

騎士団の中では決まった役職を一切持たず、何の権限もない。ただみんながロメリア騎士団と呼び、何となく私の命令に従ってくれているだけだ。

軍隊としてはかなり問題のあるあり方だ。

ちなみに、私の立ち位置を何とか言葉にするとすれば、各地で戦う兵達を慰問、あるいは視察に来た伯爵令嬢。と言ったところだ。


そもそもロメリア騎士団の所属は、カシュー地方の守備隊となっている。

一地方の部隊が、半ば勝手に領外に出て作戦行動をしているのだから、ある種の反逆行為でもあるのだ。

もちろん他の領地から、救援要請を受けた上での出動という体裁を何とか保ち、王都にいる支援者や、辺境の領主達が取り繕ってくれているおかげで何とかやっているが、王家との関係は緊張状態を保っている。


魔王軍の脅威がある今はまだ大丈夫だが、勢力を一掃し平和になった折りには、身の振り方を考える必要がある。


「それに、教会も私を目の敵にしていますからね」

聖女エリザベートは魔王討伐の凱旋後、アンリ王子と婚約を発表し、翌年盛大な結婚式を挙げた。

王子を二人ももうけ、教会勢力とも強い結びつきがあり、立場も盤石。


そのエリザベートは私のことを嫌っているし、民衆が私のことを聖女と呼ぶのを救世教会は認めていない。本当は魔女認定したいぐらいだろう。

それに必要だったとはいえ、カレサ修道院で癒し手を育成し、話を通さず戦場に連れ回していることも問題になっている。


さすがに隠し通すことはできず、ノーテ司祭は破門され、カレサ修道院もつぶされてしまった。

司祭の教え子達や、各地から参加してくれている癒し手達は、破門覚悟で付いて来てくれている者達ばかりだ。


しかしこうした教会側の行動に疑問を持つ人たちも多く、過激な者達は救世教から分離し、新派を立ち上げようとする動きさえあるらしく、緊張状態が続いている。

この状況で私が地方領主と結びつきを強めれば、くすぶる火種に油を注ぐ結果になりかねない。


「それに、お父様が何というか」

父との関係も、未だに微妙な関係だ。

軍を率いて討伐に出た当初は、そんなみっともないマネはやめろと、何度も止められ、時には足を引っ張られることもあった。しかしカシューだけではなく伯爵領に侵入してきた魔王軍を討伐して回り、他領に救援に向かった辺りから、対応は変わってきた。


伯爵家は代々王家とは親密な関係を築いている。よって、王家の顔色を気にして、お父様は私の行動を表だって認めていない。放蕩娘の勝手な振る舞いに困り果てているという姿勢は崩さないものの、私たちが救援し、解放した各地からは討伐費用として金をせびり、恩を忘れぬように記念碑を建てさせるなど辺境の盟主気取りだ。

まぁ両方にいい顔をするのは、お父様ならではの政治感覚とも言えるだろう。以前どこかで社交界の狢と呼ばれているのを耳にしたことがある。

私の知らないところでは、意外に狸らしい。


「親子仲に関しては、社交界の噂で、いろいろと聞いておりますよ」

どんな話を聞いているのか、ダナムはしみじみと頷く。

「他人の親子関係に口を挟むつもりはありませんが、一人の親として言わせて貰うと、親の愛情というのは、なかなか子には伝わらぬものです」

「そういうものでしょうか?」

「はい。なんと言いましょうか、愛、と言うものはとかく相手に伝わりにくいもののようですから」

また隣に座る奥方を気にして発言する。


ダナムの夫婦関係はこの際置いておくとして、お父様のことを考える。

正直、お父様に愛されているのかどうかも分からなければ、自分がお父様を愛しているのかどうかも分からない。

「しかしこのように人々を救済し、助けて回る娘さんを持って、鼻が高いとは思いますよ。グラハム卿が主導される劇などでも、それは分かりますぞ」

お父様が作った劇と聞き、私は顔をしかめた。


「あれは売名と収入が目的ですよ」

お父様があちこちで金をせびるのは構わないが、人気取りのために私の銅像を立て、本を出版し戯曲を作り、興行をうつのだけははやめてほしい。

一度見たことはあるのだが、あれは公開処刑だ。

誰だ? これは? と言うほど美化されていて、傷病兵に献身的な介護をしたり、民衆を助けるためにたった一人で軍勢に立ち向かったりしていて、恥ずかしくて最後まで見ることが出来なかった。


ちなみにこれらの本や劇は、恐ろしいことに大人気を博しているらしく、本は常に売り切れ状態、観劇は満員御礼で立ち見が出るほどだとか。

さらに私を主人公にした恋愛小説までもが作られていて、アルやレイを中心とした熱い恋物語が繰り広げられているらしい。

貴族の女性の中では、この恋愛小説が必読書とまで言われており、時々読者さんと会うのだが、誰が本命なんですかと、鼻息荒く問われて答えに困る。


しかし考えてみれば、これらの本や劇のおかげで、民衆の人気が出て、私たちに対する風当たりは常に良好。どこに行っても歓迎され支援を受けることが出来ている。

お父様なりに私のことを思って……


一瞬だけ、お父様に対する愛情的な物がわきかけたが、本人とは似ても似つかぬ美化された銅像や彫像。ねつ造され歪曲された本や戯曲の数々が脳裏に思い出され、芽生えかけた愛情は一瞬で消し飛んだ。

無いな。うん。ないない。

どう考えてもあれは金目的。人気が上がれば上がるほど、本が売れて劇の来場者数が増える。それだけのことだ。

家族問題に簡単に決着をつけ、考えるのをやめた。


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