第十七話
明日の投稿は少し遅くなるかもです
第十七話
ロメリア騎士団の象徴である鈴蘭の旗を持ちながら、白馬にまたがり先陣を駆ける。
森が切れ平原に出ると、待ち受けているのは数千にも上る魔王軍の兵士たち。
各地に散らばったとはいえ、魔王軍は精鋭揃い。盗賊化して数年が経つというのに、まだ軍隊と変わらぬ指揮系統を保持し軍事行動を行っている。
一体どれだけ精鋭なのか。
突如現れた私に対し、驚いた魔王軍が道を空ける。その隙間にねじ込むように、兵士たちが付いてくる。
先頭に立ち敵軍に突撃することを、怖くはないのかとたまに聞かれるが、そんなもの考えるまでもなく、死ぬほど怖いに決まっている。
しかし、やらないわけにはいかなかった。
私はこの騎士団の象徴、偶像となっている。
出来ればやりたくはないのだが、偶像には偶像の役目がある。
最初の突撃だけは私がやらないといけない。
もちろんリスク回避は考えている。
最初の突撃なら相手はまだ私に気付いていないから、すぐには反撃されることはない。最初の一瞬だけ目立てば、あとはすぐ後ろの仲間に守って貰う準備は出来ている。
しかし白馬に白い鎧。そしてこの金の刺繍が施された白い旗は、戦場に現れたでっかい的だ。
当然のように弓で狙われ、百近い矢が私を射殺そうと降り注ぐ。
空を覆い尽くす殺意の塊が、私めがけて殺到するが、当たる直前でコースを変え、まるで避けるように明後日の方向に飛んでいった。
これぞ神の奇跡! のわけがない。
『恩寵』の効果は私には適用されない。
全ては今や風の騎士とも呼ばれ、レイヴァンと名を変えたレイの魔法だ。
包み込むような追い風を受けながら、私たちは戦場を駆けている。
風に乗り勢いをつけ、その風により敵軍は裂けるようにかき分けられていく。降り注ぐ矢も、風に遮られてそれていく。
風魔法に人を傷つける力は少ないが、こと集団戦には大きな力を発揮する。
しかしさすがに目立ちすぎた。レイの風魔法の効果も万能ではない。それに私の仕事は目立つこと。これだけやれば十分だ。
もう時間切れだと、後続の仲間が前に出て私を取り囲む。
一仕事終わったが、まだやることは残っている。周囲を見回し、敵の動きや自軍の動きを捉えるのは、戦場で何もしない私の仕事だ。
前を見ると、私たちを受け止めようと、重装歩兵が方陣をくみ上げている。この混乱の中、これだけ早く陣形を組み替えるなんて、どんな練度をしているのか。
しかも連携しているわけでもないのに、左翼からは騎馬の一群。
中に入り込んだ私たちの横を付き、後方とのつながりを断つつもりだ。もしそうなれば包囲されて殲滅されるのはあきらか。
しかし誰も馬首を変えず速度も落とさない。
「突き崩すぞ」
槍に赤い飾り布をつけた、今はアルビオンと名乗っているアルが、小さくつぶやく。
隣を走るレイも、他の誰も反対することなく矢のように突撃する。
迎え撃つは、完全な陣形を整えた重装歩兵の槍の穂先。
互いの槍がふれあった瞬間、まさに鎧袖一触。魔王軍重装歩兵の戦列が吹き飛んでいった。
繰り出される槍はことごとく魔王軍の兵の命を突き殺し、切り裂いていく。
特に先頭を走るアルとレイの働きが大きい。
今や国中にもその名をとどろかすほどに成長した二人の騎士は、競うように敵を倒していく。
アルが槍を振り抜けば敵兵が吹き飛び、レイが槍を繰り出せば、瞬く間に数人の喉や眉間を打ち抜いていく
「アル、レイ、後ろ」
歩兵はほぼ殲滅できたが、後方から騎馬の一群がこちらに向かっている。後方の味方と連携がとぎれると、私たちは良くても後ろが辛い。
「了解」
いちいち言わなくても分かっていた二人が馬を返す。
アルの体が一瞬赤く光ったかと思うと、槍から猛烈な火炎が吹き出し、魔王軍を飲み込む。
その隣でレイが頭上で槍を旋回させると、気流が生まれ渦を巻き小さな竜巻となる。
「行くよ、アル」
レイが竜巻を操りアルの生み出す炎に近づけると、炎と風が互いにのみ混み合い、巨大な火柱となる。
火炎旋風と呼ばれる現象だ。
山火事などで条件が整うと、ごく希に発生する。
巨大な炎の竜巻となり、一瞬で周囲の温度が上がる。
近くにいるだけで呼吸さえ辛くなる火柱が、魔王軍を飲み込んでいく。
これほど被害を出しつつも、魔王軍は持ち直し包囲を始める。だがその動きに会わせて、こちらも第二波が襲いかかる。
第二波は、辺境各地から集ってくれた志願兵の部隊だ。
勇猛果敢に戦い、魔王軍にも引けを取らない。
ポルヴィックの城塞を見ると、城門が開き守備兵が打って出てくる。勇ましいことだ。
しかしこれで流れが大きくこちらのものとなった。
『恩寵』の効果を考えれば、勝ちは決まったと言えるだろう。
戦場を見回していると、一際統率の取れた部隊を見つける。
「アル、レイ。あそこ。一部分だけ練度が他よりもさらに高い。きっと指揮官がいる本隊です。討ちに行きますよ」
「やれやれ、もう勝ちは決まったようなものなのに、まだやるんですか」
「当然です。戦場では何が起きるか分からない。常に全力を尽くさないと」
「了解。行くぞ、お前ら!」
兵達の声が続き、馬を返した。
指揮官が倒されてなお、魔王軍は最後までねばり強く抵抗し、戦闘を終えることが出来たのは日暮れ前になってからだった。
血で染まった大地を、夕日がさらに赤を付け足す。
まるで血で出来た平原のようだ。
負傷者を収容し、損害を確かめる。負傷者は多いが死者は二百人ほど。同数の相手とぶつかったにしては、最小限の犠牲といえるが、それでも少なくない数の人たちが死んだ。
特に死者は開放した辺境の地から付いてきてくれた、志願兵の被害が多い。
故郷を守るためではなく、国を守るために私たちに付いてきてくれた勇者達だ。後でお葬式に行かなければいけない。
負傷者の方は癒し手達が治療に当たっているが、数が多い。それにみんな連日の戦いで疲れ切っている。しかも今回は、時間的にかなりギリギリで、強行軍の連続だった。
しかし急いで正解だった。あと一日、いや半日遅れていれば、城塞都市が落とされていたかも知れない。
城門が開き、守備隊と思わしき一団がこちらに近づいてくる。
「私はポルヴィック守備隊長のザルツクと申します。救国の聖女ロメリア様でいらっしゃいますね」
「いかにもそうですが、聖女はおやめください。ザルツク様」
最近救国の聖女と言われることが多いのだが、聖女と言われると嫌なイメージしかわかない。それに柄じゃない。
「救援に駆けつけていただき、ありがとうございます。全市民を代表してまずはお礼を。また、我が主が直接お礼をしたいと、そしてささやかですが宴を設け、皆様を歓待したいと。是非我が主の館にご足労いただけないでしょうか?」
「有り難くお受けさせていただきます。ただ、一つお願いがあるのですが、負傷者の収容と手当をお願いできないでしょうか?」
「もちろんです。すでに手配をしております。市民達も、我々を救ってくれた勇者の力になりたいと、名乗り出てくれています」
有り難い言葉に私は頷き、ザルツクに先導され、兵達と共にポルヴィックの城壁を潜った。
城壁を抜けると、そこは歓待の嵐だった。
町中の人が通りに集まり、花吹雪や紙吹雪が舞い、歓声と音楽が出迎えてくれる。
皆が笑顔で喜び、私たちを讃えて?くれていた。
これまでの苦労が報われる瞬間だった。傷だらけで疲れ切った兵達も誇らしげに胸を張っている。荷車で運ばれ、今にも死にそうな兵士も、このときだけは痛みを忘れて頬をゆるめていた。
領主の館まで続いた歓待の列に手を振り、館の門を潜ると、そこにも館の使用人達が列を作っていた。
私たちが姿を見せると、使用人達は一斉に頭を下げる。頭を垂れる人たちの前を、通り抜けていると、なんだか不思議な気分になる。
一部の貴族が、自分を神か何かだと勘違いする気持ちが分からないでもない。まぁ、私も一応貴族なんだけれど。
使用人達の列を抜けて館の中にはいると、広間に通された。広間には今度はドレスで着飾った淑女や、礼装姿の年配の男性が集まり列を作っていた。おそらくこの街の有力者達だろう。
私たちが部屋にはいると、紳士淑女が盛大な拍手で私たちを出迎えてくれる。
有力者たちの列を抜けた先に椅子が置かれ、浅黒い顔をした背の小さな中年男性が椅子に座っていた。
なかなかがっしりとした体格の顎が大きな男性が、この街の領主ダナムだろうと推測する。
「ロメリア様。良くおいでくださいました。私がこの地の領主をしておりますダナムです」
「お招き感謝致します。ダナム様」
私は軽く頭を下げる。
「何の、感謝をするのは私の方です。よく街を、領民を救ってくださいました。ささやかですが宴を用意しております。今日は心ゆくまで楽しんでいってください」
「お心遣い、ありがとうございます。兵達も喜びます」
外では炊き出しが行われ、酒も振る舞われている。
ここ数日は強行軍の連続で、温かい食事さえままならなかった。英気を養うには丁度いいだろう。
「さぁ、皆さん。今日は楽しんでいってください」
ダナムが手を叩くと、左の壁にあった大扉が開きパーティー会場が見えた。
すでに料理が運び込まれ、楽団が演奏を始める。酒が注がれた杯が配られ宴が始まった。




