第十三話
今日は早めに投稿
明日もこのぐらいの時間に投稿できると思います
第十三話
ノーテ司祭の協力を取り付けた後、私はミレトの街へ向かった。
ミレトの街はこのカシューで一番の商業都市だ。にぎわいを見せるミレトの街に着くと、真っ直ぐにヤルマーク商会の商館を訪れた。
ヤルマーク商会は王国きっての大店だ。全国制覇を狙っているのか、こんな辺境の土地にも商館を出している。
事前に手紙を送っておいたので、応接室に案内され、出されたお茶に手をつける間もなく、痩せた切れ長の目を持つ男性が部屋に入ってきた。
「お待たせしました。グラハムお嬢様。当商館の番頭をしておりますセリュレと申します」
「初めましてセリュレ様。私のことはどうぞロメとおよびください。知っておられると思いますが、家からは半ば勘当されており、家名を名乗ることにはいささか抵抗があります。それにセリュレ様とは親しくしていきたいと思っておりますので」
「それは嬉しいお言葉です。それで今回はどのようなご用件で? お嬢様が望むものでしたらどんなものでも取り寄せて見せますよ。ここは辺境の地ですが、最新情報は常に手に入れております。流行りのドレスや宝石類など、都にいるのと変わらぬ品揃えを保証致しますよ」
セリュレは流れるような言葉で、店の品ぞろえを力説した。
「ドレスや宝石もいいのですが、私は客としてではなく、取引相手としてここに参りました」
私は事前に用意しておいた、三本の矢のうちの一本目を放った。
「ご存じと思いますが、現在カシュー地方の魔物を討伐し、治安の安定化を図っています」
「ええ、存じております。いや。領民のためにここまで心を砕いていただけるとは、この地に住まうものとして感涙に耐えません」
セリュレは大げさにのたまうが、その目には涙が出ているようには見えない。
「しかしまだ十分とは言えません。領地のあちこちで魔物が跳梁し、魔王軍の影もちらほらと見えています。新たに兵士を募集し、武器をそろえなければいけません。しかし我らには先立つものがない。ぜひヤルマーク商会に資金を提供していただきたい」
私が切り出すと、セリュレは眉も動かさずに首を振った。
「確かに領地の治安は大事ですが、しかし我々も薄利多売の商売で、そのような資金をとてもとても」
芝居がかった答えに、私は少しおかしくなった。
「別に押し借りをしようと言うのではありませんよ」
治安のためと商家に金を出せと脅す地方軍閥は多い。しかし商人には金を貸せというのではなく、一緒に儲けようと声をかけるべきだ。
「主要街道に兵士を巡回させようと考えています。その費用を負担してほしいのです。もちろんヤルマーク商会だけでとは言いません。他の商人にも声をかけて、資金を集めていただきたいのです」
私は持参した計画書を手渡した。計画書を一読したあと、セリュレはしばらく考えるふりをして頷いた。
「そういう話でしたら分かりました、この地の治安回復のため、皆さんに声をかけてみましょう」
「ありがとうございます」
もちろんこの話は、初めから飲んで貰えることは分かっていた。
兵士を定期的に巡回させ、そのあとに商人達が付いていく。商人達は護衛料を節約できるし、通商を護衛できるので守る側としてもやりやすい。
しかしこんな事は、よそに行けば当たり前のようにやっているのだ。していなかった今までの方が怠慢である。
前任者である代官の顔が浮かんだ。
あの男のことだ。わざとやらなかったのだろう。治安が悪くなった後に軍を率いて街に赴き、商人たちから金を巻き上げるつもりだったのだ。
「さて、一つ話がまとまったところで恐縮なのですが、もう一つ話があってここに来たのです」
次に放つのが二本目の矢だ。セリュレがどう出るか。
「どのようなお話でしょう?」
「実は現在、ギリエ峡谷に巣くう魔物の討伐を計画しています」
ギリエ峡谷の名を出すと、セリュレの眉がわずかに動いた。
「これもご存じと思いますが、あそこは金鉱脈があると噂されているところです」
かつて黄金を求めて、何度もあの地を平定しようと兵士が繰り出されたが、多くの魔物に阻まれた。
「金の採掘ですか。それは魅力的なお話ですが。その資金の出資をお求めですか?」
言葉とは裏腹に、セリュレはあまり興味がなさそうだった。
「いえ、さすがに金の採掘となりますと、王家と相談と言うことになりますので」
金の採掘はあまり儲からない。
いや、儲かることは儲かるのだが、その魅力は誰の目にもあきらかであり、採掘するとなると、あちこちに利権を取られる。
まず王家が黙っていないし、お父様も指を伸ばしてくるだろう。
しかし採算に見合う利益が出るかどうかは正直博打だ。
金がどれだけ採掘できるかなど、誰にも分からない。期待された鉱脈が、すぐに枯れてしまったと言うことは良くある話だ。
リスクは高いが、もうけはそこそこ。セリュレにあまり熱意がないのもそれが理由だ。
「金の採掘は、王家と伯爵家が主導となって行いますが、採掘にあわせて、労働者が住む村を作る必要があります。村の開拓と開発に出資致しませんか?」
「ほぅ」
私が切り出した二本目の矢のプランに、セリュレは初めて商人の顔を見せた。
金の採掘が始まりゴールドラッシュが起きれば、当然採掘に来た労働者達が使う道具や食料、住居などが必要になる。
取れるかどうかわからない金などより、こちらは確実に利益が見込める商売だった。
「それはなかなか魅力的なお話ですが、しかし新たに村を作るほど、金が取れるでしょうか? せっかく村を開拓しても、いざ掘り出してみるとすぐに鉱脈が枯れて廃村、などと言うことになれば、投資した資金が無駄になりかねませんが?」
当然のごとくセリュレは慎重だ。しかし私の狙いは、その奥にある。
そこで私は最後の矢を放つことにした。
「ここに持参した地図がありますのでご覧ください」
持参した地図を広げた。
カシュー地方は山に囲まれた僻地であり、特にギリエ渓谷を抜けた先には北の屋根とも言うべきガラエ連山が剣のように切り立った尾根を見せている。
万年雪に閉ざされたガラエ連山の向こう側は、外国につながるメビュウム内海が広がっている。
「ここ、ギリエ渓谷を越えた先に、この地図には載っていませんが、入り江があるのです」
「本当ですか? あの辺りに船がつけられる入り江があるなど、聞いた事もありませんが」
セリュレの目の色が変わった。さすがに聡い。これだけで私がやろうとしていることの意味を理解した。
「本当です、入り江は崖に囲まれるような形で存在しており、海側からも発見が難しく、あの辺りを航行している船も、その存在を知らないでしょう」
「なぜその入り江があることを貴方が知っているのです? あそこは魔物が多く、本格的な調査は行われていないはずですが?」
「以前に内海を航行中に船が難破し、王子と二人、偶然その入り江に流れ着き助かったことがあるのです」
あの時は本当に危なかった。あの入り江に流れ着かなかったら、死ぬところだった。
「そしてギリエ渓谷を抜けてきました。こちらに来てようやく王国と通じていることを知ったのです」
「ああ、そういえばありましたね。魔王討伐に旅立った王子が、この辺りに立ち寄ったと言う話を聞いたことがあります」
王子は遭難したことを恥だと考えたのか、入り江を含め、ここに来たいきさつを人に話さなかった。しかし王子が立ち寄ったことは、多くの人が知っていることだ。
「ガラエ連山の向こう側は、切り立った崖が連なり、船がつけられるような場所はありません。あの入り江は、カシュー側から唯一内海に出る航路となり得るのです」
これまでは峻険なガラエ連山に阻まれて、メビュウム内海にでるのに大きく遠回りをしていた。しかしギリエ峡谷を抜ける通商路が出来れば、カシュー地方は辺境の地から一気に交易の中心地へと姿を変えることが出来る。
その利益は計り知れない。
「金の採掘が上手くいけば、もちろんそれがいいのですが、上手くいかなくても開発した村を中継地として入り江まで道を延ばして港を作る。周りは岩ばかりですから資材には事欠かないですし、砂金を夢見て破産した労働者を使えば無駄がない」
私の言葉にセリュレは吹き出した。
「私も金がすべての冷血漢と言われていますが、貴方もなかなかにお人が悪い」
「失礼な。失敗したときの再就職先まで斡旋してあげるんです。人が良すぎるぐらいですよ」
私の言葉にセリュレがたまらず笑った。
「しかし、これには少し調査が必要ですね」
「ええ、それは分かっています」
今日話したことを、そのまま鵜呑みにするなどあり得ない。それに通商路となると、安全性や利便性を考える必要もあるし、入り江が港として使えるのかと言うことも、しっかりと調査しなければならない。
「もちろん調査隊を出そうと思うのですが」
「いいでしょう。調査隊の費用を、幾分か我々で負担しましょう」
全額と言わない辺り、セリュレはホント商人だ。値切れるところは値切ってくる。しかし多少の資金を出してもいいと思う程度には信頼されたようだ。上手くいくと分かれば、さらに資金を提供してもらえる様になるだろう。
「しかし当面の問題としては」
「分かっています、あの辺りの魔物を駆除できるか、ですね」
全てはそこからだ。ギリエ渓谷はこれまで何度も人類の手を拒んできた。金の採掘も通商路も、全てはギリエ渓谷を確保できるかにかかっている。
今頃渓谷に到着しているころだろう。
彼らを待ち受けている困難を想うと胸が痛んだが、顔には出さなかった。




