第十話
今日はちょっと短めですが、キリがいいのでここまで。
順調にブックマーク数が伸び、皆さんに楽しんでもらえていて何よりです。
これからも頑張っていきますので、お付き合いのほどよろしくお願いします。
次の更新は早めにできるかもしれません
第十話
兵士たちが渓谷へと向かっていくのを見送ったあと、私は馬車に乗り街へと向かった。
商人達と話をつけるためだが、真っ直ぐ街には向かわず、寄り道をしてカレサ修道院に足を運んだ。
カレサ修道院は辺境の小さな修道院で、少し前まではこの地に住む人たちでさえ、その名前をほとんど知らない全く無名のところだった。
しかし修道院に着くと、小さな建物の前には、周辺からやってきた住民達が列を作り、長い尾となっていた。
列を作る住民達は、皆が体に包帯を巻き、咳をして痛みに苦しんでいた。
このカレサ修道院は、今や地方唯一の診療所と変貌していた。
病人やけが人の間を、新米の修道士達が駆け回り、怪我や病気の重さを判別している。
列の前で待っていると、修道士が私たちに気付き駆け寄ってくる。
「私はグラハム伯爵家のロメリアと申します」
身分を名乗ると、修道士は驚いていた。まぁ、伯爵家の令嬢がこんな所にいるのは不思議なのだろう。
「ここの責任者である。ノーテ司祭にお話があって参りました。お取り次ぎをお願いします」
取り次ぎを願うと、慌てた修道士が走って修道院に向かっていく。少しするとまた走って戻ってきた。
「ノーテ司祭はお会いになるそうです。ですが、今は病人やけが人の治療に手が離せず、すみませんが、手が空くまで、お待ちくださいとのことです」
伯爵令嬢の訪問に対して、待てと言うことに、若い修道士はおびえていた。下手をすれば打ち首になるかも知れないからだが、もちろん私はそんなことはしない。
「分かりました、待ちましょう」
初めからこうなることは分かっていたので、待つ準備は出来ている。
「ですが、その……なんと言いますか。凄く待たされることになりますよ?」
若い修道士はさらにすまなさそうに事実を告げる。もちろんそれも分かっている。
怪我や病気の程度が重い者から順に見ているのだから、怪我も病気もしていない私たちの順番は当然最後。この分だと日暮れかそれ以降まで待つことになるだろう。
「構いませんよ、いくらでも待ちます」
伯爵家に連なる者として、地位を楯に強引に病人やけが人を追い散らし、順番を前に進めることも出来るが、それは控えた。
これから会うノーテ司祭の経歴を考えれば、行儀良く待っているのが一番だろう。
事前に予想していたので、いくつか持ってきた仕事を片付けることにする。
馬車の中で書類と格闘していると、気が付けば日暮れとなっていた。
見れば病人達の列もだいぶ短くなり、取り次ぎに来た若い修道士がこちらにまたやってきた。
「お待たせしました、司祭様がお会いになられるそうです」
「取り次ぎ、ありがとうございます」
丁寧に礼を言うと、恐縮される。
供を連れて一緒に歩くが、新米修道士の足どりには力がない。疲れていることは一目瞭然だった。そもそも今日一日中、ほとんど休むことなくやってきた患者の対応に追われていたのだから当然だ。
「貴方もお疲れだったでしょう」
ねぎらうと、さらに恐縮された。
「いえ、そんな。私はただの雑用係です」
「それでも、頑張っていると思いましたよ」
例え雑用でも、誰かがしなければならないことだ。
そしてどんな仕事でも、一生懸命出来る人は良い人間だと思う。
褒められることになれていないのか、新米修道士は顔を赤くして照れていた。
「僕なんて全然です。もう三か月も練習しているのに、癒しの技が少ししか使えなくて、同期はもう怪我人の治療を始めているのに、僕は落ちこぼれで」
三か月で、少し、ね……
私は内心少しあきれた。
確か教会が癒し手を育成するために作った治療院では、一人前の癒し手を育成するには最低五年の歳月がかるとしていて、最初の一年などろくに癒しの技が使えず、苦労していると聞く。
たった三か月で癒しの技を少しでも使える時点で、十分すぎることだと思うのだが、どうやらこの新米修道士は、本場の現状を知らないらしい。
努力していればいずれ報われますよと声をかけておくと、大きな声で返事をされてしまった。
最近思うのだが、私は結構たらしだ。まぁ、これでこの新米修道士がやる気を出して、腕をあげてくれれば、周りの人にとってはいいことなので、励ます行為はこれからもやっていこうと思う。
新米修道士にノーテ司祭の部屋に案内されるが、ノーテ司祭の姿はなかった。ここでお待ちくださいといわれたので、言われた通りおとなしく待つ。
待つ間、司祭の部屋を観察したが、ノーテ司祭はなかなかいい趣味をしていた。
感心して部屋の調度を眺める。すべてを見終わったころに足音が聞こえ、使い古された司祭服を着た初老の男性がやってきた。
「大変お待たせして申し訳ありません。急患が舞い込んだものですから。私がこの修道院を預かるノーテと申します」
「いえ、こちらこそ、急な訪問に無理を言って申し訳ありませんでした」
軽く挨拶をして椅子に座り話をする。
「それで、伯爵家のご令嬢が、このような修道院にどのような御用でしょうか?」
「まずは地域住民のため、治療にあたってくださっていることに対して感謝を」
私はノーテ司祭の活動を丁重にねぎらった。
「いえいえ、私はただ神のお導きと、癒しの御子の教えに従っているだけです。それに私こそお礼を言わなければなりません。兵たちを率い魔物の脅威にさらされている村々を、救って回っている伯爵令嬢のうわさは私にも届いております」
「いえ、私はただついて回っているだけの女でしかありません。兵士の方々のように戦うこともできず、司祭様のように癒しの技も使えません。真に称えられるべきは、前線で戦う兵士や、人を救う皆様のような方々です。これは僅かばかりですが、活動資金としてお使いください」
持参した金貨が入った小袋をテーブルに置いた。
うちも台所事情は厳しいが、それはここも同じ。
いや、ほかに収入の当てがある私たちより、よっぽど厳しいはずだ。
地方の修道院。教会本部から与えられる資金などないに等しく、かといって貧乏な農民たちが治療費を払えるわけもない。
治療の対価としてもらえるのは、せいぜい畑でとれた野菜などの農作物ぐらい。資金はいくらあっても困らないはずだ。
ノーテ司祭は断らず、ありがたくいただいておきますと受け取ってくれた。
「私はかねてより、救世教の医療制度。癒し手の在り方には疑問を感じておりました」
救世教会は民衆の治療と救済を目的とした治療院を設立し、癒しの技を使う癒し手を育成してきた。
その技は傷薬やポーションよりも確かで、傷の直りは早く、熟練の使い手は失われた手足すら再生させる。まさに奇跡の技と呼ぶにふさわしいが、教会にとってこれは金もうけの道具に過ぎない。
「拝金主義にまみれ、高額の謝礼や寄付を要求する教会には嫌気がさしていたのです。司祭のような方が、癒し手を育成し、このように治療を施してくれることに、感謝の言葉しかありません」
「いえ、私は治療に際して癒しの技を使ってはおりません。また、修道士たちに手ほどきも行ってはおりませんよ。ただ怪我をした友人に傷薬を塗り包帯を巻いただけです」
ノーテ司祭は嘘をついた。いや、これは方便という奴だろう。
救世教会は癒し手の育成を治療院だけに限定し、治療院以外での癒し手の育成を禁じている。さらに無許可で癒しの技を使った治療を認めてはおらず、許可を得た場合、毎年高額の認可料を支払わなければならない。必然治療費は高額になる。
ノーテ司祭がやっていることは、教会に知られれば破門間違いなしの行動である。よってここには癒し手などはおらず、治療行為も行っていない。
ただ、怪我をした友人に薬を塗り包帯を巻くのは、個人の善意の範囲内であり、文句を言われることでもない。というのが、教会に対する建前なのだろう。
「わかりました、そういうことにしておきましょう」
私はこの話題はここで打ち切ることにした。




