7、だれか説明お願いします
なんどまばたきをしたところで、消えた少女は現れない。きょろきょろと目線を動かしてみるけれど、ステンドグラス越しの光に照らされた古い品々のどこにも、ふわふわの栗毛を見つけられない。
「……ええと?」
目の前で起きたことを理解できないよつはがぎこちない動きで振り向けば、そこには額を抑えて天を仰ぐ珠串の姿があった。その姿に吹き出しをつけるなら、かっこのなかのことばは「あちゃあ」だろう。
手のひらのした、いつもやさしいほほ笑みをたたえている顔に浮かぶのも、おどろきではない。
珠串が言うのを聞いたことはないし、おそらく言わないだろうけれど、その顔は「マジか」と語っているようだった。
その挙動を見るに、珠串はあきらかになにか知っている。だが問いただしたところで正直にしゃべりはすまい。きっとけむに巻かれるだけだろう。
そう悟ったよつはは、珠串を見つめることにした。目は口ほどに物を言うというから、それに頼ることにしたのだ。
「……」
元来、おしゃべり好きではないよつはだから、黙っているのは苦にならない。
なにも言わず、じっとりと見つめること数分。
「……はあ、仕方ありませんね……」
珠串はついにあきらめたように息をつくと、よつはに座るように促した。
何気ないそぶりで促された先は、さっきの女の子が消えていった緑の椅子。それを示した腕の持ち主は、にこにこにっこりと穏やかな笑顔を見せている。
このナイスミドル、やはり見た目どおりの善良なだけのひとではない。
「……その椅子とさっきの子、なにか関係があるんでしょう? もし座って壊しでもしたら申し訳ないので」
「そのようにおっしゃってくださる方にこそ、座ってもらいたいのです。あれも言っておりましたでしょう。よつはさんに座ってもらえないなら、もう姿を見せないかもしれません」
「…………」
断りのことばを最後まで言わせない珠串が、よよよ、と悲しげにハンカチを目に添えるものだから、よつはは思わず口を閉ざす。
そして示された椅子に目をやり、あらためてその華奢なつくりをまじまじと見ていやいやと首をふる。
「座る座らないは、お話を聞いてからです」
最低限の意思をきっぱりと伝えて、あとは黙って見つめることしかできない。口では勝てないとわかっているから、自分にできる精いっぱいの気持ちを込めてじっと見つめる。
よく見るとナイスミドルの瞳の色は、明るいながらも年月を経た深みを感じさせる茶色をしていた。思わぬ発見ではあったけれど、白いものがまじる黒髪や和服の似合う顔立ちに、意外にもしっくりくる。
そんなことを思いながらじっと、じいっと見つめているうちに、珠串が折れてくれた。
「そんなに見つめられると、こんな年寄りでも照れてしまいますよ。嫉妬を買わないうちに、口を割るとしましょうか」
ふっと笑って珠串がいつもの縁台に腰かけるから、よつはもちらりとあたりを見回して目に付いた椅子に腰かける。座るのは華奢な緑の椅子ではなく、そのとなりにあった小ぶりな椅子だ。なんだか見覚えがあると思ったら、小学生のとき学校で使っていたあの椅子だ。
座面と背もたれが木でできた椅子は、よつはの知るものとすこし違って足が鉄でできているらしく、ところどころ錆が浮いて、木もはげかけている。けれど六年間お世話になった椅子によく似た見た目をしているから、親しみを持って座ることができた。
珠串もそれについて何か言うわけでもなく、口もとにゆるやかな笑顔を浮かべて、ただただよつはを見つめている。笑っている。笑っているのに、目がなにかを訴えかけている。
その珠串の笑顔がどうにも居心地悪く、よつははもぞもぞと座り直す。けれども珠串の視線からは逃れられず、ぼそりとつぶやく。
「……小学校で座り慣れているので……」
誰にともなく言い訳するようなよつはに、珠串はにっこりといつもの笑顔を見せる。
「そうですか。それは納得のいく理由です。ねえ?」
それこそ誰に向けて言ったのか気になる珠串のことばだったけれど、構っていてはきっと話が進まない。そう思って、よつはは疑問をまっすぐにぶつけることにした。
「さっきの子は、なんなんですか」
椅子のせいだろうか、先生に質問をする小学生のようになってしまったよつはの問いに、珠串はいつになくやわらかい笑みを浮かべた。
「あれは、つくもがみです」
やわらかい笑みのまま、おだやかな声が告げる。
つくもがみ。とっさに頭のなかで漢字に変換できないよつはが黙っているその間も、珠串は静かに笑っているばかり。
「つくもがみ、と言いますと……?」
さらなる説明を請うにもなんと聞けば良いやらわからなくて、問いかけは途中で途切れてしまう。それでも珠串は拾ってくれた。
「つくもがみとは、長い年月を経た道具などに精霊などが宿ったもの、と言われているようですね」
「はあ……」
「そして先ほど姿を見せたのは、そこの椅子に宿ったつくもがみなのです」
聞いたのは自分だけれど、そんなおとぎ話のようなことを至極当然といったようすで言われると、反応に困る。
困ったよつははしばらく考えて、立ちあがった。
「ええと、一旦、帰ります」




