5、大学にて
「ということがあり、アルバイトをはじめました」
ゴールデンウィーク明けの大学構内の学生食堂にて、連休中に起こったことの説明を終えたよつははそうしめくくった。
すっかり話し合えた、と視線を手元に落として、本日のおすすめメニューに箸をのばす。話しながら食べていたものだから、最後のひと口になったそれはすっかり冷めてしまっていた。
けれど、並んで座る級友は、それで納得して終わってくれるひとではなかった。
「いやいやいや、ちょっとよつはちゃん? なんでその流れで、すなおに仕事しに行っちゃってるわけ、あなた」
整った眉をきゅうっと寄せて、すこしつり気味のまなじりをきゅっとあげる。美人ににらまれると怖いと聞いていたが、目の前の美少女がちっとも怖くないのは、にらんでくる目いっぱいに「心配でならない」と書いてあるからだろう。
「おかしいでしょう、どう考えても。怪しいでしょう、そのお店。好きなときに好きなだけ居ればいいお仕事なんて、聞いたことないわ。そのうえよつはちゃん、あなた完全に丸め込まれてるじゃない。そこはてきとうに返事しておいて、そんなお店には二度と近寄らないの一択でしょう!」
かためたこぶしを震わせる美少女に返事をしたいところだが、口のなかの鶏肉を飲み込まないことにはしゃべれない。ちなみに今日のおすすめメニューはチキン南蛮で、からっと揚がった衣に甘酸っぱいタレとたっぷりのタルタルソースがからまっていて、口のなかが幸せだ。
そんな幸せを噛みしめながらうん、うんとうなずけば、彼女はずいっと身を乗り出してきた。
「わかってるなら、どうして働きに行ってるの! だめよ、ひとを見た目で判断しては。いくらひとの良さそうな紳士に見えたからって、じつはよつはちゃんに不埒な真似をしようと狙っているかもしれないのよ!」
それはよつはも一度疑ったことであったから、この美人でかわいくて親切な級友がそう考えるのも無理はない。
もぐもぐもぐ、ごっくん。
できるだけ早く咀嚼して飲みこみ、彼女の心配を軽くするため口を開く。早く彼女を安心させねば、彼女の前に置かれた手付かずのうどんが、冷めてぐにゃぐにゃの悲しい物体になってしまう。
「たしかにはじめは疑ったけど、数日間様子を見たところ珠串さんは笑顔の絶えない紳士。お客さんも来ないので忙しくはないし、いまのところ問題はないかと」
「あるでしょう、問題! ありありよ! お客が来ない店なんて成り立たないし、笑顔の絶えない紳士なんて物語のなかだけの存在よ。それか、人類じゃないんだわ。そうよ、きっとひとじゃないのよ、その男。だってこんなかわいいよつはちゃんとふたりきりで過ごしていて、おだやかな気持ちでいられるなんて、信じられないもの!」
鼻息も荒く言い放った彼女は、椅子に座ったままにじり寄ってきて頭をなでてくる。
「あああ、いますぐ店に行ってその変態紳士を吊るし上げたい! きっとすぐに尻尾を出すに決まっているわ。サークルなんて入ってさえいなければ……!」
やさしく頭をなでながら、火を吹かんばかりの勢いを見せる彼女の手をそっとたたく。
「尻尾はないと思うけど、遊びに来てくれるとうれしい。礼華ちゃんにもあのステンドグラスを見てほしい」
「行く行く! 行くわ! 待ってね、用事のない日を探すからっ」
目のなかに燃えていた怒りを瞬時に溶かして目を輝かせると、彼女はかばんから取り出した手帳をせっせとめくりはじめた。
明るく美人で社交的な礼華はひととの付き合いも多いらしく、入学早々にサークル活動に参加し、あちらこちらで知り合いを作り、先輩同輩に関係なくさまざまな付き合いをしているようだった。
そのつながりで大学近くのおいしい店や、単位が取りやすい講義、あとあと資格を取るときに有利な講義などの情報を得てきてはよつはに教えてくれるので、たいへんありがたい存在である。
よつはと正反対といっても良い性質をしている彼女はどういうわけか、大学の入学式でぐうぜんことばを交わして以来、自分を気にかけてくれている。講義にサークルに人付き合いと忙しい合間に、これといった面白みのないよつはに構い、あれやこれやと心配してくれる。
よつはは彼女の存在をとてもありがたいと思っているのだが、それをうまくことばにまとめて伝えられずにいる。
なので、せめて心配してくれる気持ちに報いようと、よつはは手にしていた箸を置き、胸ポケットからペンを取り出した。いっしょに入れていたメモ帳を一枚やぶって文字を書き、手帳をめくる彼女のほうにそっと差し出す。
「店の名前と住所です。もし行方不明になったときには、証言をお願いしたいので」
ここ数日で珠串への警戒心はずいぶん薄れていたが、万が一ということもある。
家族にもアルバイトをはじめたことは知らせてはいるが、いざというときに駆けつけてもらうには距離がありすぎる。遠くの身内より近くの他人というし、彼女ならば他人よりも近しい仲だと思っても許してくれる気がする。
それになにより、忙しそうな彼女のひまな日を見つけるのは難しそうなので、ちょっとした空き時間にでもふらりと立ち寄ってもらえるといいな、そう思ったのだけれど。
「……よつはちゃん? 行方不明になるなんてふきつなこと言わないで。そんな可能性があるお店なんていますぐ辞めて、健全なお仕事を探すべきよ!」
礼華ちゃんがふたたび吠えた。
自分の発言は、どうしてか、彼女の心配に火をつける結果となってしまったらしい。
真剣な顔で説得してくる彼女をなだめたころには、うどんはすっかり伸びきっていた。そして、そんなうどんでも律儀に食べた礼華ちゃんは約束に遅れる! とあわてて席を立った。
「いまの時間があれば、ちょっと行って変態紳士を締め上げるくらいできたのに……!」
という叫び声を残して、駆けて行った。叫びながら駆け去るそのフォームは、運動神経の良さをうかがわせるものだった。




